からだは気づいている

第2回 掛け声の謎(2)

マイクロインタラクションとは何か?

人間行動学者の細馬宏通さんが、徹底した観察で、さまざまな日常の行動の謎を明らかにする連載、 第2回のテーマは前回に引き続き「掛け声」。 今回は、私たちがふだんなかなか意識できない100ミリ秒単位の「マイクロインタラクション」の話です。

「せーの」は少しずれている
 「せーの」の最初のs音を発したのはL2さんだった。このL2さんのs音の始まりを0秒としよう。L2さんはそれから70ミリ秒後に早くも「せーの」のe音に移るのだが、R2さんは120ミリ秒後にようやく「せーの」のs音を発し始める。つまり、コンマ秒単位(100ミリ単位)で見ると、L2さんのほうが少し発声が早いのである(図1)。「だるまさん」の「だ」くらいのほんのわずかな差ではあるが、スピーカーできくとこの程度の音声のずれははっきりと聞こえる。

                           図1

 おもしろいのはこの後だ。250ミリ秒後、R2さんが遅れて「せーの」のe音を発し始めると、その直後の300ミリ秒後、L2さんはちょっとだけ机を持ち上げる。ところがR2さんはまだ机を動かさない。結局L2さんは机をちょっとだけ持ち上げたまま、2人のe音は続く。そしてR2さんが570ミリ秒後に「せーの」の「no」を発し始めた直後、L2さんも「no」を発し始め、この「no」とともにようやくR2さんも遅れて机を持ち上げ始める。 
 つまり、「え」のところでL2さんだけが机を持ち上げたものの、R2さんはそこをスルーした。その結果、L2さんの持ち上げはちょっとした「お試し」のようになり、本格的な持ち上げにはならなかった。2人は「の」のタイミングでようやく大きく持ち上げ始めたというわけなのだ。
 「の」の部分も細かく見ると興味深い。「の」の前半、600ミリ秒から700ミリ秒にかけて、L2さんとR2さんはまずちょっとだけ机を動かし、母音を本格的に鳴らし始める後半部でぐいっと机の動きが高まるのである。つまり、「の」の前半には100ミリ秒くらいの短いお試し期間があり、そこでちょっと動かして、2人がともに動くことが明らかになったあとに、本格的に2人の動作が始まるというわけなのだ。
 さらにおもしろいのは、前半の「se」では2人とも内緒話でもするような無声音を発していたのに対し、「no」ではL2さんははっきりと有声音で発音し、その直後に2人の本格的な持ち上げが始まっている点だ。もしかすると、L2さんによる無声からはっきりした有声へと変化した発声が、R2さんの本格的な持ち上げを誘ったのかもしれない。
 こんな風に、細かく見ていくと、1秒単位では息が合っているように見えたL2さんとR2さんはけして「同時に」机を持ち上げているのではないことがわかる。そして、おそらくはL2さんとR2さんの間には、声と動作をどう合わせるかについてちょっとした考えの違いがあったであろうことも推測できる。L2さんは「せーの」のeで力を入れており、R2さんはeをスルーして「no」で力を入れているからだ。

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