からだは気づいている

第3回 人は気づく間もなくブレーキを踏んでいる

人間行動学者の細馬宏通さんが、徹底した観察で、さまざまな日常の行動の謎を明らかにする連載の第3回です。 人は、実は気づく前にすでに動いている?! ぜひお読みください。

 前回は「だるまさんがころんだ」で測るくらいのあっという間のやりとり、机運びで起こるマイクロインタラクションを取り上げた。
 ほんの束の間の取るに足らないできごとであるマイクロインタラクションが、なぜ問題なのか。その理由の一つはわたしたちが自分のからだの動きに気づくのに時間がかかるということだ。

マインド・タイム:動作のタイミングと意識のタイミング
 
ベンジャミン・リベットは『マインド・タイム』の中で、わたしたちの意識的な気づき(アウェアネス)がいかに身体動作の準備に遅れるかについて記している。
 たとえば、ドライバーが突然通行人を目にしてブレーキを踏むとしよう。わたしたちは日常生活の中でこうした一連のできごとを「ドライバーは通行人に気づいてブレーキを踏む」という風に説明しがちだ。しかし、わたしたちが何かのできごとに対して意識的な気づき(アウェアネス)を得るには約コンマ5秒(500ミリ秒)かかることが知られている。つまり、何かが目に入った瞬間から、早口で「だるまさん」と言うくらいの時間が経ってから、ようやく頭の中に気づきが立ち上がることになる。もちろん、こんな悠長なことをしていたらブレーキは間に合わない。実際にはわたしたちは、危険を察知してブレーキを踏むというけっこう複雑な行動を、わずか150ミリ秒ほどで行ってしまう。つまり、気づく間もなくブレーキを踏んでしまうのである。わたしたちはつい、まず意識的な気づきがあって、次にその気づきに基づいて「ブレーキを踏む」という動作を行う、という風に考えがちだが、実は、まず動作があって、あとから遅れて自分の動作に気づくのである。
 通行人を見てブレーキを踏む、という状況はあまりにもとっさ過ぎる。しかし、もし自分であらかじめタイミングを意識して手足を動かす場合はどうだろう。実はリベットの実験が衝撃的なのは、こんな風にわたしたちが今だと狙いすましたつもりの動作でさえ、実は気づきが動作に遅れているということだ。
 リベットは、参加者に、自分でいまだと意識した瞬間に手を動かしてもらい、脳の電位変化と比べてみた。すると意外にも、自分で意識的に気づくよりも早く、脳の中では動作のための準備電位が立ち上がっていたのである。まず、先に脳が準備電位を立ち上げ、それから300ミリ秒たってようやくわたしたちは手を動かそうというアウェアネスが立ち上がる(今だ、と思う)。そこからさらに150ミリ秒たって実際に手は動き始める。つまりわたしたちは意識的な動作を行うとき、意志→脳内の準備→動作、という順番ではなく、脳内の準備→意志→動作、という順で行っているらしいのである。
 自分で気づくよりも早く、脳の中ではすでに次の動作のお膳立てができている。では、わたしたちが意識的に気づこうが気づくまいが、その動作はもう起こるしかないのか。だとすれば、わたしたちの「意志」は実はあとから脳が付け足した飾り物に過ぎず、本当の自由意志など存在しないのではないか。リベットは、この点に関しては否定している。確かにわたしたちの気づきは、脳内の準備電位には遅れる。しかし、気づきが立ち上がり動作が行われるまでの150ミリ秒に、最後のチャンスが残っている。ここでもし、この動作に関して何かまずいことが感知されたなら、わたしたちは動作を中断することができる。つまり、わたしたちには、脳内の準備電位に先んじて動作に気づくことはできないが、実際の動作に先んじて気づくことはでき、それを途中で止めることもできる。この、地味な選択肢が残されている点では、わたしたちには意志があると言えなくもない。

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