からだは気づいている

第2回 掛け声の謎(2)
マイクロインタラクションとは何か?

人間行動学者の細馬宏通さんが、徹底した観察で、さまざまな日常の行動の謎を明らかにする連載、 第2回のテーマは前回に引き続き「掛け声」。 今回は、私たちがふだんなかなか意識できない100ミリ秒単位の「マイクロインタラクション」の話です。

 前回は、机運びという作業を行うときに、実はお互いの掛け声を微妙に調整していることを考えた。この例に限らず、わたしたちが誰かと簡単な作業をみるみる成し遂げてしまうときには、自分の意識や記憶が追いつかないような速さで、相手ととても複雑なやりとりを交わしている。この、わずかコンマ秒単位から秒単位で起こるすばやいやりとりのことをこれから「マイクロインタラクション」と呼ぶことにしよう。マイクロインタラクションということばは、すでにユーザーインターフェースの分野でも小さな作業を表すことばとして使われているけれど、ここでは人と人との、コンマ秒から数秒ていどのごく短い時間の間に交わされることばや動作のやりとりを指す。

コンマ秒単位とはおよそどれくらいの時間か
 
わたしたちの日常動作を形作っているマイクロインタラクションでは、100ミリ秒(コンマ秒)単位でみるみる事が運ぶ。1秒より短い時間となると秒針でも表すことはできない。しかし、ちょっとしたやり方で想像することはできる。
 「だるまさんがころんだ」と早口で唱えてみよう。日本語の音声は子音と母音、もしくは母音のみからなる「モーラ」と呼ばれる単位でできており、だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ、は10モーラということになる。これを時計を見ながら早口で唱えるとおおよそ1秒くらいかかる。ということは、早口の「だるまさんがころんだ」では1つ1つのモーラは、1秒の10分の1、すなわちおよそコンマ1秒(100ミリ秒)ということになる。このやり方を覚えておくと、たとえばコンマ5秒(500ミリ秒)と言われたら、ははん、「だるまさん」くらいの長さだなとおおよその感覚が摑める。
 これから先、100ミリ秒のできごとが何度も登場するけれど、頭でイメージしにくいときはこんな風に「だるまさんがころんだ」を早口で唱えてみるとよい。

コンマ秒単位のやりとりを調べる方法
 
では、「だるまさんがころんだ」を頭に携えて、まずは机を運ぶときに人がともに「せーの」を発した2組目 のペアのマイクロインタラクションに注目してみよう。
 ペアは左右に分かれて机を持つので、左の人をL2さん、右の人をR2さんと呼ぼう。L2さん、R2さんは2人とも「せーの」を発して机を持ち上げ始めた。1秒単位で見るなら、2人の発声は見事に重なっているし、動作にもほとんどずれはない。しかも2人は大声を張り上げたわけではなく、まるで内緒話でもするようなひそひそ声で「せーの」と言ってから、あっという間に机を持ち上げてしまった。15ペアの中でもひときわ息の合ったペアに見える。けれど、コンマ秒単位で見ると、1秒単位では見えなかった2人の間の微調整が見えてくる。
 L2さん、R2さんの発声は別々にマイクで拾っているので、2人の掛け声のタイミングを細かく知ることができる。また、動画の中のL2さん側、R2さん側の机の脚の画素の動きを測ることで、2人が机を動かす微妙なタイミングのずれを知ることができる。これらの方法を使って、2人のマイクロインタラクションを調べてみよう。

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