ちくま文庫

優れた身体感覚が発動する贅沢な一冊

ちくま文庫『ファッションフード、あります。』(畑中三応子著)に平松洋子さんが寄せてくださった解説を転載。同時代を体験してきた平松さんならではの視点で、本書の読みどころを鮮やかに提示します。

 本書を初めて手にしたときの衝撃は忘れがたい。食べ物をめぐる世相のありさま、または日本人と食べ物との関係を「ファッションフード」というわずか九文字で看破する著者の批評眼に感じ入った。
 そもそも、ファッションは一過性の性質を持ち、フードは普遍的な意味合いを有する言葉である。ところが、「ファッションフード」としてひとつの言葉に結び合わさると、化学反応が生まれる。いっけん耳ざわりよく聞こえるが、「日本文化への皮肉と愛をこめて」編みだされたこの造語は、節操なく新しいものを取り入れてきた日本という国、日本人という民族の本質までも照らし出す。「本格的なファッションフード成立元年」一九七〇年以降、国を挙げて燦めかせてきた万華鏡の内部を、ひとつずつ星くずを拾い上げながら解読する手つきは、いっそ残酷なほど正鵠を射ている。
 創刊まもないファッション雑誌『アンアン』『ノンノ』の誌面を飾った料理写真は、こう分析される。「「捏造」と呼びたいほど過剰な物語性は、主婦雑誌における実用一辺倒から料理を切り離し、趣味の世界へと旅立たせるのに十分だった」
 当時をなつかしむ読者なら「過剰な物語性」という文言に反応しがちだけれど、ここで注目したいのは「捏造」と一刀両断する客観性であり、丹田に力をこめて事象を見る強い目線である。あのころ誰もが目を奪われた料理写真のフィクション性とテキストの叙情性は、長らく日本人が呪縛されてきた実用という名の勤勉から脱却するための装置だったと思いいたれば、すべてが腑に落ちる。ファッションフードの背後には、政治、経済、社会、くわえて個々人の日常生活がぴたりと密着している。
 本書がクロニクルの枠を超えているのは、著者、畑中三応子さん自身の足跡もまた微細に反映されているからだ。中央公論新社刊「シェフ・シリーズ」「暮しの設計」編集長を務め、船の舳先で荒波を浴びながら諸相をつぶさに観察してきた畑中さんは、めまぐるしく変貌する景色に逐一反応し、意味と価値を量り続けてきた。そのタフな経験が、時代の記録者としての眼力を養っていったことは想像に難くない。ただし、つとめて客観性を心掛ける記述の行間から、肉声が響いてくるところがとても魅力的だ。当事者だからこそ見知ったトリビアルな事実、肌で感じた直感、揺れをともなう感情。味や匂いの記憶によって誘発されたそれらが、リアルな証言としての機能を高めている。
 例えば、こんにちまでファッションフードの重要な役割を担うチーズケーキについて。
「創刊号(『アンアン』一九七〇年創刊号:筆者註)は六本木エリアのお店紹介で、カメラマンの加納典明が「チーズケーキが抜群にうまい」と、旧防衛庁並びにあったユダヤ料理店「コーシャ」を推薦。初期ファッションフードの重要なアイテムで、ホームメイドブームの火つけ役になるチーズケーキの発信源のひとつは、この店ではないかと私はにらんでいる」
 あるいは、紅茶について。
「インド政府が紅茶の普及のため一九七三年に開設した東京・新宿の「タカノインディアティーセンター」は、政府から派遣された広報官が淹れる本場の紅茶を一〇〇~一五〇円の低料金で味わえ、若い女性で大繁盛した。飲み方は約四〇種と豊富。茶葉の量り売りはダージリン、アッサム、ニルギリの三種が五〇グラムから買えた。紅茶を産地で選ぶ習慣は、東京ではこの店から始まったと思う」
 いずれの指摘にも、諸手を挙げて賛成する。私は地下通路の階段途中にあった、屋台のような「タカノインディアティーセンター」に通っていたひとりで、サリー姿のインド人女性から説明を受けた通りに淹れると、紅茶の風味とインドの気候風土が繋がる心地を覚えたものだった。紅茶にも新茶があること(ファーストフラッシュという言葉を知ったのも、ここだった)、茶葉を少量ずつ買い分ける方法にしても、初めて教えてくれたのはインド政府だったとは。ファッションフードにはそれぞれの個人史が無数に絡んでいるのだと思うと、鼻の奥がつんとする。
 七〇年代、奇しくもオカルトブームと同調して日本中を狂乱させた紅茶キノコのいかがわしさ。ヘルシー志向と裏表一体の食品公害や薬害の事実。突然ニューファミリーの必須アイテムになったワインの気恥ずかしさ……あらためて思うのだが、時代に埋もれた多彩な感情を掘り起こす起爆剤としても、ファッションフードには多大な力がある。
 八〇年代は、日本人の味覚にビッグバンが訪れた時代だ。私にしても、当時アジア各国に向かう旅を重ねたのは、エスニック料理と十把ひと絡げにされたアジアの食文化を解きほぐし、自分なりの構築を試みたいと考えてのことだった。ちなみに、畑中さんが八六年に編集担当なさった『シェフ・シリーズスペシャル版 エスニック料理 ―― 東南アジアの味』は、文化誌の記念碑的存在として、いまも私の書棚に大切に並んでいる。この場を借りて告白すれば、私は、日本人はカレーを自家薬籠中のものにしたけれど、唐辛子を多用するキムチには嗜好を向けないだろうと踏んでいた。日本の食文化において、唐辛子はそれだけ唐突な存在だったから。ところが八〇年代半ばに“激辛ブーム”が勃発、キムチまで消費されはじめたときは仰天した。白米をおいしく食べるバリエーションとしてキムチに触手を伸ばしたのである。日本人の味覚の貪欲さ、獰猛さの証として。もっとも、いまだにキムチが「正しく」理解されているわけではないから、ファッションフードの賞味期間は意外に長いらしい。
 さて、九〇年代は「ファッションフード自体が産業化した」バブル景気終焉期であり、「食品の本質とは乖離した情報消費のファッションフードが日本の食を覆い、自己増殖をはじめた」。“イタめし”という身も蓋もない言葉がカタルシスさえもたらした理由は、こう指摘されている。
「欧米に対してつねに二等国意識を持っていた日本人がはじめて親近感を抱け、フランス料理への劣等感から解放してくれたのが、イタめしだったのではないだろうか」
「かくしてイタめしは文明開化以来、日本人が堂々と居酒屋気分で食べられるはじめての西洋料理になった」
 註釈が、また泣ける。
「私の経験では、イタリア料理の本の場合、レシピページの原稿量はフランス料理の半分程度ですんだ」
 ファッションフードは、便利な言葉にもきわめて敏感だ。文化的背景から質のよしあしまで、すべてを曖昧にしたまま成立させる「スイーツ」というきわめて雑駁な言葉は、ファッションフードの文脈から生まれた一大発明品だろう。本書で逐一取り上げるティラミス、チーズ蒸しパン、クレームブリュレ、焼きたてチーズケーキ、チェリーパイ、タピオカ、ナタデココ、パンナコッタ、バジルシード、カヌレ、ベルギーワッフル、クイニーアマン、なめらかプリン……徒花の数々が、さらにタコツボ化する「スイーツ」の世界を占うかのようだ。一世を風靡した「スローフード」は、こう腑分けされている。
「粗食と同様、スローフードはアメリカ型食生活を否定して、いまこそ『美食』に戻ろうと説いた。しかし、こうした食の伝統回帰思想に出会うたび気になるのは「だれが作る?」かだ。食材の調達からして手間と労力のかかる昔の料理は、女をもう一度台所に縛りつけないだろうか」
 家事労働という補助線を引いてみると、ファッションフードの役割が透けて見えることがある。いま女性のあいだを共感とともに駆け巡る「名前のない家事」という言葉が、「スローフード」や「和食」とどんな角度で交差しているのか、考察に値すると思う。
 さて、ゼロ年代突入以降、ファッションフードの目玉は、健康、エイジレス、弁当、ダイエット等々。大小のあぶくが不況下で浮き沈みするなか、ファッションフードのあらたな局面として「スシ」が挙げられている。日本の伝統文化から生まれ、江戸時代に完成をみた鮨はグローバル化を展開、世界中で自在に姿を変えながら増殖・拡散中だ。ラーメンの広がりも、それに迫る勢いである。つまり、ペリー総督率いる四隻の黒船登場以来、外来の新しいものを受容し、消費と生産を繰り返してきた日本が、自国の伝統食をファッションフードとして消費される側にまわったのである。私たちはこの先、「スシ」をどのように継承してゆくのだろう。半年ほど前、知人に案内された都心の鮨屋で、熟れた魚を多用する鮨に遭遇し、締めくくりに抹茶を振りかけたパンナコッタを供されながら、“鮨の初期化”という言葉が、不意に頭に浮かんだ。
 明治四十三年、森鴎外による短編小説『普請中』を思い出してしまう。西洋料理屋を舞台に、ドイツ留学の経験をもつ日本人官吏と、かつての恋人であるドイツ人女性との再会を描く一編なのだが、鴎外は「普請中」という言葉を日本にあてがい、文明批評を託している。本書に登場するファッションフードのエネルギーを帯びた数々の食べ物が浮かび上がらせるのは、臆面もなく普請を更新し、あるいは普請に逃げこみつつ次の扉を開き続けてきた日本の姿だ。しかし、もはや道が行き止まっているのは誰の目にも明らかだろう。
 熱い血の通う贅沢な一冊である。膨大な事象や情報のなかから星くずをひとつずつ掬い上げ、洞察し、ファッションフードという役割を与える作業は、知識や情報収集力、分析力だけではなし得ない。本書があまたの類書と一線を画すのは、味覚をふくめた一個人の優れた身体感覚がのびやかに発動されているからだ。背後に隠れた緻密な作業に胸打たれるが、五感を刺激して本能に訴えかける記述のたしかな質量にも痺れる。なんといっても相手は食べ物、味わうそばから消えてなくなる宿命なのだから。あらためて、ファッションフードという概念を提示した著者に敬意を表したい。

 

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