筑摩選書

ついに出た! 京マチ子に関する決定版

コラムニストの中野翠さんに、今年2月刊の『美と破壊の女優 京マチ子』の書評を特別寄稿していただきました。戦後日本女優史のなかで一、二を争う大女優、京マチ子。それなのに、その功績を十分に評価し記録した本は、これまで少なかった――。こうした中で、満を持して刊行されたのが、この本。中野さんの愛情あふれる書評をぜひお読みください。

 ついに出た! やっと出た!――本書『美と破壊の女優』を手に取って、頭に湧きあがったのは、そんな言葉。

 どう考えたって京マチ子は戦後日本女優史の中で一、二を争う程の大女優なのに、その功績を十分に評価し、記録した著書は少なかったのではないか? 私は研究的なセンスが乏しく、自分ではできないけれど、誰かに綿密なオマージュ本を作ってもらいたいなあ、と思っていたのだった。それが、今回、『美と破壊の女優 京マチ子』という本となって実現した。

 

 まず、今さらながらに驚いたのは、京マチ子は一九二四(大正十三)年生まれであり、今年三月二十五日に九十五歳――ということだった。今なお健在。まったくありがたく、頼もしいことです。

 

 日本女優史の中でどういう世代に属するかというと、同年に高峰秀子と淡島千景、三学年上に原節子という世代。あらためてこのことを知ると、京マチ子という人の、生きものとしての強さ、健やかさ、といったものを痛感せずにはいられない。

 

 溝口健二がいて黒澤明がいて小津安二郎がいて成瀬巳喜男がいて……という、今にして思えば邦画が最も力があった時代に、京マチ子はこの大監督四人の作品に出演しているんですよね。それぞれだいぶ違った作風だというのに。女優としてのスケールの大きさ、そして多面性。本書はとりわけその多面性に注目。役柄イメージを固定することなく、次から次へと〈破壊〉して行くさまに今さらながらに圧倒される。

 

 一九四九年に女優デビューした、その翌年にはもう黒澤明監督の『羅生門』に出演。その後も溝口健二監督『雨月物語』、衣笠貞之助監督『地獄門』に出演。それらの映画が海外の映画祭で高く評価されて、「グランプリ女優」と呼ばれた。

 

 当時、京マチ子は二十代だったが、それに浮かれることなく、着々と芸域を広げて行った。これは案外難しいことなのでは? 若くして、あるイメージを打ち出して成功した者は、そのイメージをみずからこわすようなことはなかなかできない。それなのに京マチ子はそれができた。本書はその道筋を丹念にたどってゆく。

 

 小津安二郎監督の『浮草』では、地方回りの一座のスター女優という役柄で、座頭(ざがしら)役の中村鴈治郎(二代目。今の鴈治郎の祖父。すばらしい名優だった)と、どしゃぶりの雨の中、道を隔てて、えんえんと口ゲンカをするという小津映画には珍しく激しいシーンがあるのだが、著者はそのシーンについて詳細に言及している。小津映画が好きで『小津ごのみ』という本を出版した私としては、そこが一番の読みどころになった。

 

 京マチ子というと、強いまなざしとグラマラスな肉体で、妖艶なイメージだけれど、本書を読めば、一つのイメージに固まることなく、もっと多面性を持った、まさに「美と破壊」の大女優であることがわかる。

 

 日本の男の人はセックスアピールの強い女優に惹かれながらも、どこかおじけづいて、恋人や妻に求めるのは「清楚」「従順」「おとなしい」――だったりする。いまだに。女の多面性がわかっていないのだ。

 

 いや、やっぱり、京マチ子を抜擢した明治生まれの溝口健二や黒澤明や小津安二郎や成瀬巳喜男のほうが「女を見る目」があったというべきか。

 

 「永遠の処女」と謳われたのは原節子だが、異性とのスキャンダルとしてのスクープもなく生涯を過ごしたスター女優という意味で原節子との類似を指摘しているところも面白い。 

 著者は一九八二年生まれ。リアルタイムでは京マチ子映画(およびTVドラマ)は観られなかった世代だが、こうして一冊の本をしあげる程の京マチ子ファンになったのだ。嬉しいことに。

 

 折りしも二月二十三日から「デビュー70周年記念企画 京マチ子映画祭」が角川シネマ有楽町ほかで全国順次上映中。それを観たら、本書を読まずにはいられなくなるだろう。京マチ子に関する決定版なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

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