ちくまプリマー新書

マヤ文明の驚くべき天体観測と暦の話
『古代文明と星空の謎』より本文を一部公開

ストーンヘンジ、ピラミッド、古墳、数々の暦、民話――人類と星空の関係を読み解く一冊『古代文明と星空の謎』(ちくまプリマー新書)が好評発売中! 本書が扱う「古天文学」は、いにしえの人たちが星空をどのように眺め、何を見出してきたのかを歴史上の遺跡や記録などを手掛かりに読み解く研究分野です。今回の記事ではマヤ文明の宇宙観、すぐれた天体観測技術と暦の関係をひもときます。

太陽暦と儀礼暦のカレンダーラウンド

 儀礼暦の1周期は、260日とされています。マヤ文明では「20」と「13」が神聖な数字であることは、すでに紹介しました。そこで、儀礼暦では、この20日周期と13日周期がそれぞれ独立に変動していき、260日を数えていたようです。

 マヤ文明では、365日暦の太陽暦と260日暦の儀礼歴(ツォルキン)が独立でカウントされ、二つの組み合わせで日付を表していました。

 ちなみに、365と260の最小公倍数は18980ですから、18980日(太陽暦で約52年)でひとめぐりして、また1年の始まりの日が一致します。これを「カレンダーラウンド(Calendar Round)」と呼びます。

 マヤ文明ではもう一つ、暦のようにその周期が意識されている天体がありました。

 金星です。

 この金星が太陽と地球と一直線に並ぶ周期「会合周期」をマヤの人たちが理解していたのではないかという話があるのです。

金星の光でも影ができる

「地球と金星の会合周期」の話を始める前に、なぜ、マヤの人たちは金星に注目したのかについて、少し考えてみましょう。

 実は、その理由は、まだはっきりとはわかっていません。

 ただ、天文学から言えることは、金星は、夜空でとても目立つ存在であることです。昔から「明けの明星」「宵の明星」と言いますが、いわゆる一番星は大抵「宵の明星」の金星です。金星はいわゆる内惑星なので、地球から見ると、太陽から大きく離れることはないため、真夜中に見えることはありません。

 また、金星は、その輝きが明るい。月を除くと最も明るい天体です。恒星の中で一番明るいシリウスでもマイナス1・4等ぐらいですから、金星のマイナス4等は非常に明るい。みなさん、驚かれるかもしれませんが、金星の光で影ができるほどです。

 たとえば、街灯のない真っ暗な河原に行って、明けの明星が出てきた直後、朝焼けが始まる前の、いわゆる〝天文薄明〞の頃に、白い紙を持っていって、手を紙の前にかざしてみてください。金星の明るさで白い紙の上に手の影ができているのがわかります。私は何回かやったことがあるのですが、本当に影ができますので、みなさんも、暗いところに行って試してみてください。

 話はそれますが、一般的に「影ができる天体」は三つあると言われています。

 太陽、月、金星です。

 しかし、1996年1月に「百武彗星」を発見したアマチュア天文家の故・百武裕司さんに教えてもらったのですが、もう一つ、影ができる天体があります。

 天の川です。

 百武さんに「オーストラリアでは天の川で影ができる」という話を伺って、次の日、私は国立天文台で天の川の輝度分布図を出して、積分してみたら、マイナス3等になりました。「これほど明るいのなら、もしかすると、影ができるかもしれない」と思った私は、2004年、プライベートでオーストラリアに行った際に、ちょうど新月で、天の川の中心の一番明るいところが真上に来たとき、白い紙を置いて手をかざしてみたら、見事にぼやっとした手の影が白い紙に映りました。天の川でも影ができるのです。

 日本では、天の川の一番明るいところが南の空の低い位置にあるので、オーストラリアほどではありませんが、機会があったらぜひ、一度、やってみてください。天の川も本当に明るいので、その光で影ができたら、きっと感動するでしょう。

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