加納 Aマッソ

第51回「「指差す」の件で」

 アンガーマネジメントという言葉の流行で、感情的になることの是非が問われている。怒りについて扱ったどの記事にも、「あらゆる場合において抑え込むべき、だとはいわない」と書いてある。私も、全ての大人が感情をコントロールできるようになると困るだろうなと思う。他人に怒りをぶつけられるのは不快だが、それがないと四季のない日本に住むような感覚になりそうだ。「主張」と「怒り」の距離感はどれほどであるべきなのだろうか。相手が怒りを感じていることを知って初めて、物事の輪郭が見えることも多い。いや、逆もある。怒っているからわかる? 怒っているからわからない? 怒ってない? 何に怒っている? 怒ってないけど、怒りたい? なになになに? どっち? たとえば?

 

さす:それほど時間もありませんので早速
差す:お忙しいところすみません、私のせいで
指す:あなたのせいってことはないでしょう
まあかといって、別に私が悪いとも思いませんけど
さす:こちらからお二人にお伝えするようなことでもありませんが、ご存知の通り「指差す」の件で、どうにも看過できないような状況なものですから、一度こういう機会をということで
指す:わかっていたことでしょう
今さら何をどうしようって言うんです?
差す:すみません、そう仰るだろうなとは思ったのですが…
さす:むやみやたらに謝るものじゃありませんよ
品格というのは些細なことで簡単に失われます
指す:品格なんてあってたまるもんですか、ねえ?
差す:はあ…
さす:それはあなたがご自身を狭義に捉えていらっしゃるからです
指す:不都合はありませんけどね
あなたに言われる筋合いはない
さす:その態度でこられたんでは進むものも進みませんよ
差す:失礼ですが、進む、というのは一体どちらに?
さす:かまをかけないでください
その手には乗りませんよ、この人じゃないんですから
指す:ずいぶんな言われようですね
差す:あの、「指差す」での私の居心地の悪さはわかっていただけていますよね?
指す:やっぱりそうだ、あなた「私のせいで」と言っておきながら、責任なんてこれっぽっちも感じていないんでしょう?
差す:いえ、そんなことはありません。私はただ……
指す:なんです?
さす:あなたは望んでいないのにも関わらず「指差す」に駆り出されたことでこの方に疎まれているじゃないかと、こう言いたいわけですね?
差す:疎まれているなんて、そこまでは言いませんけど……
でも「指す」も「指差す」もなにも違わないわけでしょう?
そうなると私のことをどう思っているのかって気になるのは自然じゃありません? のこのこ来やがって、って
さす:あなたはどう思います?

 (照明:サス)

指す:ちょっと、やめてください
差す:やめてあげてください
指す:好きなふざけ方ではありません
さす:ふざけてなんかいやしませんけど
で、どう思うんです?
指す:だから、どうしようもないでしょう
私がここでどう言ったって
差す:それはそうですけど……
さす:この方は怒ってるかどうか聞きたいだけですよ
指す:なに? 私が? どうしてですか?
差す:ご自身のアイデンティティに関わることでしょうから
指す:なにが言いたいんですか?
さす:要は、お金の話ですよね?
差す:違いますよ! 話をこじれさせないでください
さす:一言「怒ってないよ」って言ってあげればいいんですよ
指す:だからなんで私が!
対象:あの、私今日絶対来なくても良かったですよね?
さす:どなたに呼ばれたんですか?
対象:この人です
指す:この人って? 
さす:だから! この人ですよ!
差す:誰? 誰ですか?
さす:は? なんでわからないんですか!
対象:帰りたいんですけど
差す:あなたは黙ってて!
指す:私は今喋ってなかったでしょうが!
さす:ちょっと、本当に、なんですか、やめてください
差す:は、なに? なにを?
指す:なに言ってんの?
さす:は?
差す:は?
指す:やんのかゴラ!!!

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