コールハース

建築と都市が重なる奇妙な空間へ

レム・コールハース『S, M, L, XL+』刊行記念・連続書評

 ぼくは大学時代は都市デザインの専攻で、よく建築学科の連中とお互いのちがいについてバカ話をしたものだけれど、ぼくのお気に入りの説というのは、都市デザイン屋は建築の細かさと近視眼ぶりに耐えられない連中であり、建築屋というのは都市デザイン屋の雑でいい加減なところに耐えられない連中なのだというものだった。
 もちろんこれは決定的なものではないけれど、それでも実務家は概ねこのちがいを漠然と受け入れて活動している。が、レム・コールハースはこのちがいを(おそらくは意図的に)無視する。かれは都市に建築を持ち込み、建築に都市を持ち込む。都市は建築的な精度では描けないし、建築に都市的な粗雑さやあいまいさを持ち込むことも、本当はできないか、やっても面倒なだけだ。コールハースも、それくらいわかってはいる。それでも、無理にそのスーパーインポーズをやり、都市の論理を建築に持ち込み、その逆もやる。
 これはかれの建築に、ある種のおさまりの悪さというか居心地の悪さのようなものを持ち込んでいる。が、その一方でその居心地の悪さは、現在の都市・建築の置かれた状況をそのままストレートに反映したものでもある。現在でも、もちろんちっこい居心地のいい盆栽じみた家を作ることはできる。でも、いまの建築の大きな課題は、一方でそれが巨大になりかつての建築的なスケール感をはみだし、都市的な相貌を見せてしまうところにある。そして逆に、かつて都市的に対処するしかなかった数百軒の家屋が、再開発で一気に一つの建築で置きかえられたりする。都市が建築化しつつある。本書で扱われている「ビッグネス」という問題意識だ。その規模の変化の中で、都市も建築も変化せざるを得ない――でもどう変わっていいかわからない。その居心地悪さに対する答えをコールハースが出せているか、という評価は人によってちがうだろう。でも、少なくともそれを最も自覚的に理解し、あれこれ考えている1人がコールハースだという点については、異論はないはずだ。
 そして、『S,M,L,XL』の原著は、都市と建築との関係を、いわばテキストと本の関係に置きかえたとでも言おうか。おそらくあれを通読した人はほとんどいない。このぼくですら、4割がいいところだろうか。大量の文章――そしてドローイングや写真――が集積され、総重量2.7キロの巨大な一つのサイコロ本となる。文章は建築に対応し、本が都市に対応する。本が与える全体としてのかたまりの印象は、その個別の建築/文章とはまったくちがうものとして存在する一方で、その両者は完全に無関係ではない。無数の文章が、あの本を構成しているのは事実だ。そしてその文章が、都市を構成する建築のように、無秩序なように見えて多少の秩序を維持しつつ配置されている。その文章が、論理的に起承転結をもって大きな理論体系や結論に結実するわけではない――いや、するのかもしれないけれど、ほとんどの人はそれを確認しない/できない。それでも、その文章のかたまりがもたらす何らかの印象とメッセージはある。ビッグネスが何をもたらすか――そんな実践とすらいえる。
 その観点からすると、日本で編まれたこの抜粋版は、倒錯的な本だ。本書では文章がきちんと抽出され、読める形でまとめられている。これにより原著のもつビッグネス的な部分は消える。原著に見られた騒々しい文字やレイアウトの遊びは消える。原著に収められた各種の文章がきちんと読まれるとは、コールハース自身があまり期待していなかったんじゃないかな。でも本書は、まさにそれをやろうと日本の読者に呼びかける。ビッグネスに溺れ、都市の総体の中で個別には見えなくなっていた文章を、敢えてきちんと読んでみようよ、と。
 それが『S,M,L,XL』自体に新しい見方をもたらす。これまで『S,M,L,XL』をまともに「読んだ」人はあまりいないと述べた。みんな(腕が疲れることもあって)、あれを俯瞰的に都市的な見方で受け止めている。でも本書はそれを敢えて個別の文章/建築の視点から見上げなおそうとする。それは原著の意図を無視したものなのかもしれない。が、その一方ではこれまで目の前にありながらも多くの人が追求しなかった『S,M,L,XL』の別のメッセージを忠実にたどろうとするものでもある。
 そして、その文章も建築と都市の持つ奇妙な関係をそれ自体が実践するものとなっている。ときに過度に衒学的、過度に断片的なその文章群は、やはり建築と都市のおさまりの悪い、居心地の悪い――つまりは決して読みやすくない――ものも多い。が、次第にそれが、ただの気取りではないこともわかってくるだろう。時間がなければまずは「ビッグネス」「ジェネリック・シティ」から。続いて最近のものとして「シンガポール・ソングライン」を。これでおおむね問題意識はわかるんじゃないか。そこからの読み進め方は読者次第。そして本書を皮切りに、やっとあの『S,M,L,XL』を本気で読んでみようかという意識も出て来るんじゃないだろうか。グローバル社会における建築と都市の変な関係――そしてその中に生き、都市と建築を作るぼくたちのおかれた変な状況――を、ある意味で建築の側から見返そうという変わった試みに、できるだけ多くの人が参加してくれますように。そしてその中から、いずれあのサイコロ本たる原著をこんどこそ通読してやろうという蛮勇の持ち主が現れんことを……。

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