多摩川飲み下り刊行記念

川を下って世界の酒でべろんべろん

『多摩川飲み下り』(大竹聡著 ちくま文庫)刊行記念対談

『多摩川飲み下り』(大竹聡著)刊行を記念して、下北沢の書店B&Bで大竹聡氏と高野秀行氏の対談が行なわれた(2016年12月26日)。 この本は、多摩川の川沿いに歩いては居酒屋や河原で酒を飲むエッセイだが、大竹氏は、この本に書かれなかった、とんでもエピソードを、そして高野氏は、アジアやアフリカの地で出会ったユニークな酒の話を、それぞれたくさんの写真を見せながら語った。 一杯やりながら、未知の酒の味を想像してご堪能ください。

●奥多摩の懐の深さを感じた瞬間

大竹 おとといまで3連続朝帰りで、きのうは実質上、廃人という状態でした。きのう、山梨県の川浦温泉まで趣味と実益を兼ねて遊びに行ってきました。今日は絶好の体調で来る予定だったんですけど、もう酒が入ってほんわかいい気持ちになっておりまして、大変失礼かもしれません。今日は年末の一番お忙しい時に高野秀行さんにお声をかけて、来ていただくことができました。高野さんも二日酔いらしいんですが、よろしくお願いします。

高野 きのう油断して飲み過ぎてしまいまして(笑)。最近、本当に駄目なんですよね。どんどん酒量が落ちてきて。なのに飲みたいという欲望は落ちてない。それで体が付いていかなくて。

大竹 だいたい明け方、それを思い知る。最近、若い編集者や店のマスターが「なんでこの人、帰らないんだろう」という目で見るんですよ。とにかく意地でも帰らないみたいな(笑)。

高野 今回の大竹さんの本『多摩川飲み下り』では僕が解説を書かせていただいたんですが、これは本当にいい本ですね。もう解説を読まれている方も多いと思いますけど、僕は川下りがけっこう好きで、去年も北上川をカヌーで下ったんです。普通あんなところは4、5日で下れるんですけど、支流にまで足を伸ばしたりして2週間ぐらいかけてしまいました。ただ、楽しいんですけど、基本的に書くことがないので何も書いてない。

大竹 2週間旅をしたのに、それについて書いてない。

高野 ええ。いかんなぁと思うんですけどね。自然については、自分が楽しくても書くことがないんですよ。

大竹 でも、楽しいは楽しいんだよね。

高野 そうそう。山とは違って、川っていうのは自由な感じがしますよね。山は求道的に登って突き詰めていく感じがするけど、川は重力に任せて下っていくんで、むしろほどけていく感じなんですよ。それがいいんですけど、文章にして読ませるのは至難の業だなと思いますね。

大竹 『多摩川飲み下り』は、気持ちのよさそうなところではしばらく泳いで下るとか、そこで酒を飲むとかいろいろなプランがあったんですけど、溺れるなぁと思いまして(笑)。昔、三鷹のトビウオと言われてたので絶対にいける自信はあったんですけど、何しろいつも酒が入ってますので、それだったら川岸をぶらぶら歩いたほうがいいなと。そこには何軒か酒蔵があるのを知ってますし。

 本当は源流のほうからやっていくのが筋なんでしょうけど、それだと奥多摩までたどり着かない恐れがあるので、奥多摩駅から始めることにしました。奥多摩駅には一筋だけ横丁があって、そこに山から帰ったハイカーたちが飲みに来るんですよ。数軒あるんですけど、そこに昔「うみつばめ」という店があって、串焼きしか出さないという頑固なおばあちゃんがいたんですよ。そこを10年ぶりぐらいに訪ねたら、おばあちゃんが引退してた。隣の店に入ってそんな話をしてたら、おじいちゃんが横にパッと座って「俺は子どもの頃から焼いた炭を担がされて青梅や八王子に使いに行ってた。10代の半ばにはもう、八王子の芸者さんたちのところでは顔だったぜ」と話しかけてきて。「そうなんですねぇ」ってさんざん話を聞いてたんですけど、そのおじいちゃんが帰った後に来た電気工事のお父さんに「さっきまで誰それさんと一緒に飲んでたんです」って言ったら、「ああ、あのおじいさんの話は聞いちゃいかん。あれは全部嘘だ」と言われて(笑)。「すげえなぁ、奥多摩は」と思いましたね。あれは、この旅が面白くなった最大のきっかけだったかもしれない。

●「飲み下り」に根を詰めてもねえ

高野 この本では東京と神奈川の飲み屋が出てきますけど、読者は、東京と神奈川がこんなに奥深いものだとは思いも寄らなかったでしょうね。

大竹 青梅ぐらいまではみんなちょっと経験があるんでしょうけど、そこから立川までの間は逆に知らないエリアでしょうね。しかも青梅線は多摩川沿いを走ってないので、川沿いを下ろうとすると線路からだいぶ離れることになる。そうすると、そこを散策している人はほとんど土地の人で、自転車に乗ってる人が少しいるぐらいで。途中途中で酒を飲むといっても店がありませんし、「どうするんだこれ」という感じで(笑)。始めたのはいいんだけど、3回目ぐらいの時に東日本大震災があった。出先でテレビもないから、何が起こっているのかわからない。それでも「もうひと駅先まで行って飲まなきゃ」と思って、釜めし屋さんでテレビを見て情報を仕入れようとしたんだけど、そこにはテレビがない。青梅線が全線止まってたから「これは飲むしかないな」と思って、ひとまず「刺身こんにゃくと熱燗」って言ったんです。店の人は「立川ぐらいまで車を出してやる」って言ってくれたんですけど、まあ帰れないだろうなと思って。

 そうしたら山から下りてきた同じぐらいの年まわりのハイカーから「一緒に民宿に泊まろう」と言われて。2人で同じ部屋に入って、2人で風呂に入った。彼は突然走り出して近くの酒屋まで行って、紙パックのお酒をたくさん買ってきた。2人でちっちゃい炬燵に足を突っ込んでひと晩中それを飲んでたんですけど、テレビをつけたら大変なことになっていて。その人は某企業のエンジニアだったんですけど、「今日のこのご縁について書かせてもらっていいですか?」って聞いたら「会社サボって来てるから絶対に書かないで」って言われて(笑)。

高野 実名を出さなきゃいいじゃないですか(笑)。

大竹 最初の頃はそんな感じでしたね。それも5年ぐらい前の話ですけど。

高野 折に触れて行ってらしたんですよね。

大竹 そうですね。行きたい時に行くという感じで駅をつないでいったんですけど、それだと季節が変わっちゃうので全然つながりがないんですよ。多摩川下りは奥多摩駅から川崎駅まで直線で測ると全部で60、70キロぐらいですから、一気に行こうと思えば一気に行けるんですけど。川っぺりを100キロ歩くとしても根詰めて歩けば、2週間ぐらいで行けるんじゃないですか。

高野 これ、根詰めてもしょうがないですよね。

2017年2月20日更新

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大竹 聡(おおたけ さとし)

大竹 聡

1963年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。2002年10月、雑誌『酒とつまみ』創刊。著書に、『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』『酒呑まれ』『多摩川飲み下り』(ちくま文庫)、『愛と追憶のレモンサワー』(扶桑社)、『ぜんぜん酔ってません』『まだまだ酔ってません』『それでも酔ってません』(双葉文庫)、『ぶらり昼酒・散歩酒』(光文社文庫)、『五〇年酒場へ行こう』(新潮社)などがある。

高野 秀行(たかの ひでゆき)

高野 秀行

1966年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞受賞、『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)で講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。近著に『地図のない場所で眠りたい』(角幡唯介との共著、講談社文庫)がある。

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