僕らはこうして家をつくる

建築の生命線は何か

『建築という対話--僕はこうして家をつくる』(ちくまプリマー新書)刊行記念対談第2回

建築に自分のルールはあるのか?

滋賀にある「ラ・コリーナ」外観
 
 

藤森 「ラ・コリーナ」これが最新の作品です。これは鸛庵の時の炭の技術をここでも使っている。初めてこのために細い枝で炭を焼いてもらったんだけれども、普通の炭を割って使ったらどうだろう?と思ったら、その方がいいの。それに炭を貼る3日前に気がついて慌てて写真を撮って、この感じでやってほしいと。当日現場へ行ったら、割った炭の隣に大量の小さい焼き炭があって、申し訳なくてね……。

光嶋 割れ方によって偶然の味わいが出てくるんですね。

藤森 そうなんです。

「ラ・コリーナ」天井。炭が貼りつけてある

 

光嶋 ここでも感覚的に絶妙な粗密があったりする。

藤森 伊東豊雄さんが見に来た時にこの天井をとても気に入ってくれて、どういうルールでつけたのか、と聞かれた。

光嶋 同業者として、ライバルとして、知りたいんでしょう。

藤森 ルールと言われても、社員がそれぞれ割って貼りつけていっただけです。足場があるので貼っている時には全体像は全然わからない。最後に私が見て少し直しただけです。社長の奥さんが自分の名前を炭で書いちゃって、そういうのは下の方から見たら分かっちゃうんで、でもせっかく書いたので、まわりにもっとたくさん炭を貼りつけてごまかしました。よく見ると分かる……かもしれない(笑)。

光嶋 その貼りつけ方の粗かったり、密だったりはルールではなく身体感覚に基づいているということですか。

藤森 そこが自分ではよく分からない。どういうふうに分からないかというと雑多にやっているけれども、他人がやった雑多はすごく嫌なんです。自分の雑多とは明らかに違う。例えば、漆喰の壁を真っ平らにならないように塗ってもらう時、普通の人が塗ったところは大体僕はOKだけれども、建築家が塗ったのは微妙な違いがあって、それは嫌。その判断は本当に自分でも嫌だとしか言えなくて上手く説明できない。

光嶋 なんか気持ち悪いとか、嫌だということが分かる。

藤森 そう、なんか違うというのがね。私にとって分かるだけで……(笑)。

光嶋 それがフジモリ建築の生命線なのかもしれない。

藤森 私にとって分かって私がいいと思って、それを皆がいいと思ってくれているんだから、それでいいということじゃないかと(笑)。

光嶋 それは、創作の絶対的基準みたいなものがご自身には歴然とあるということですよね。

設計するときに考えていることはなんですか?

多治見のタイルミュージアム

 

藤森 これは多治見のタイルミュージアムです。私にとってもこれは意外な作品で、なぜだかこんな変なものが出来てしまった……

光嶋 設計者としても変なものですか(笑)。

藤森 本当にびっくりしていて、自分でもこれが、実物なのかなと思うような何だかよくわからないものになってしまった。

光嶋 造形もいびつで、大きさも異様です。

藤森 周りの街とも全然ちがうけれど、環境を壊しているわけではない。どこからか飛んできたものがここにドンと落ちたみたいになっています。

光嶋 下がすり鉢状になっているのはどうしてですか。藤森さんは常々、人工的につくった建築との接点としての大地についてよく言及されています。どこからか落ちてきたという、動きを感じる建築にしたということですか? ドン!と落ちてきたから地面がひっこんですり鉢状になった。藤森さんはこの曲線を意識したんですよね?

藤森 最初のイメージから完成まで克明にスケッチを残したことは今までない。でも、私は歴史家だから一度だけちゃんと記録してみようとこのプロジェクトでは残したんです。全部終わってから見返してみたら、最初の方に考えていたことを本当に完全に忘れているということが分かった。

光嶋 えっ、設計のプロセスとは、そういうもんなんですか?

藤森 すり鉢状の部分も最初はここまで凹んでいなくて、緩やかだったの。なんとそのスケッチに石山修武と書いてあった。前に石山さんに世田谷村のアイディアについて、何を考えたのかと聞いたことがあるんだけども、何だか知っている?

光嶋 バックミンスター・フラーの船とかですかね。

藤森 違うんだ、私が聞いたら、あれは足あとだって言ったの。踏むと土が凹むでしょう。その痕跡は屋根の凹みだと言った。こういうすり鉢状の形を思いついた時に、そういえば石山が言ってたなというのがメモしてあったわけです。
 もうひとつ、伊東(豊雄)と書いてあった。これは、せんだいメディアテークのコンペの伊東さんのアイディアで、私は審査したから覚えているんだけれども、図面では筒状の柱の下がすり鉢状になって凹んでいた。これはどうするんだって聞いたら、「何か凹ませたいと思った。凹ませたところに芝生を植えたい」って言った。あれは実現していなかったから、よく覚えている。
 そういうことを考えたことすら忘れて設計しているんです。そして最初そんなに凹みは深くなかったのが、だんだんと深くなった。
出来て一番自分でびっくりしたのは、現実感に乏しいということ。まるでCGみたいでしょう。

光嶋 ご本人がそれを言ってしまうんですから、すごいですよね(笑)。この異物さが。これが2016年の最新作で、いつも藤森さんは見たことのない建築をつくり続けています。

「相撲を取るように建築を見ろ」の意味


光嶋 ここで、創作の種について、少しお伺いしたいのですが、僕は実在する建築を旅しながらスケッチして自分の中にストックしていく感覚があるんですが、藤森さんは本の中で、「相撲を取るように建築を見ろ」と書かれていて、スケッチに対しては……。

藤森 スケッチはするな、絵描きじゃないんだから、と(笑)。

光嶋 僕は藤森さんの言葉を借りると相撲を取るようにスケッチを描いている気がするんです。それを蓄積していって、幻想都市風景というドローイングとして表現(アウトプット)しています。藤森さんの本の中に自分はスケッチは子供のごとく下手だから、下手さを言葉で補うんだと書いてあって、言語化せずにただスケッチしているのではダメなんだなと分かった。
 スケッチだけで自己満足してしまうとちゃんと相撲が取れていないんじゃないか、あるいは全部負けてしまうんじゃないか、勝つためにはスケッチと同時に言葉できちんと補わないといけないんだということに、僕も強く共感するんですが……。
 僕が建築家・光嶋裕介という看板をたてる時に何を武器にするんだ、何を根拠に設計をすればいいんだろう、と思った時に、師匠である石山さんも4年働いたザウアブルッフ・ハットンも真似してはダメだと思った。より厳密に言うと「表層を真似してはダメだ」ということですね。でも、建築を設計する時に、デザインを足跡とかエネルギーとかという抽象化しながら考えることや、思考のプロセスを言語化して本をたくさん書いていること、つまり、石山さんの建築に対する言語、建築に対する覚悟、建築のデザインに対する姿勢みたいな部分は真似てもいいのではないかと。むしろ、僕なりにちゃんと解釈して、継承したいと思うようになった。

ドローイング(光嶋裕介)

 

光嶋 ドローイングの中では、コラージュするとか、不連続統一体という考え方を非言語的に二次元で表現している。自分としては鉄骨造に、煙突に、ピラミッドにといろんなモチーフを何か不安定だけれども建っているというものをドローイングの中で描くことで、建築するという行為について考えてみたい。
 「雑多なものが同居する」空間の豊かさみたいなコンセプトは、ドローイングの中で表現できるんじゃないかと思って今も描いています。でもこれを見た第三者に光嶋さんはこういう建築が作りたいんですかと言われると、そうじゃない。
 藤森さんが建築の歴史を蓄積していったように僕は旅して、スケッチをして、その中から外に出しているもののひとつがドローイングなんです。それを言語化しようと必死になって本も書いています。

藤森 絵を描くことは言語化することと似ているんですね。

光嶋 そうなんです。ドローイングと建築の双方があって、僕の中で均衡しているんだと思います。

藤森 違うレベルまでちゃんとやるという。

光嶋 右脳と左脳とで言うと逆サイドの働きで。手を動かしながら、設計の根拠を探そうとしているような気がしています。

藤森 私が相撲を取るように見ろと言ったのは、建築というのはつくるのはとても大変なんです。そのわりに見る時には結構いい加減に見ている。写真をパシャパシャ撮って終わりだったり。でも、どんなにつまらない建築であっても、そのかけられた単純な時間とエネルギーというのは膨大です。

光嶋 お金もたくさんかかっていますよね。

藤森 そう。だからそれにふさわしいほど見るというのは大変なことだけれど、私が相撲を取るように見ろと言った意味は、勝つか負けるかで見ろということなんです。勝つというのはどういうことかというと、その良さがちゃんと自分が指摘できたら勝ったということです。どんなくだらない建築でも、負けることがある。なぜこれがダメかを言えなかった時。そういう風にちゃんと言語化できないと。僕は見る時はちゃんと見たらその印象だけではダメで、自分でいいとか悪いとか、美しいとか汚いとかいろいろと思うことを、必ず言語化しないといけないと思っている。
 悪いものは大抵言語化できるけれども、本当にすごい建築を見ると言語化できない。それは負けですよね。そういう建築もいくつもあります。
 そういうトレーニングを1万棟くらいやっているわけです。そうすると大抵のものについて分かるようになる。

光嶋 その中で、印象的に負けた建築というのはあるんですか。

藤森 感動して、その感動を言語化できなかった。うーとか、あーとか書いてある。そういう建築がいくつかあります。

                               (最終回に続く)

2017年7月13日更新

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光嶋 裕介(こうしま ゆうすけ)

光嶋 裕介

1979年、アメリカ・ニュージャージー州生まれ。一級建築士。早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004年同大学院を卒業し、ドイツの建築設計事務所で働く。2008年帰国後、独立。2011年、内田樹氏の自宅兼道場《凱風館》を設計、若手建築家の登竜門であるSDレビュー2011に入選。

神戸大学で客員准教授、早稲田大学などで非常勤講師を務める。

建築作品に《如風庵》や《旅人庵》など多数。

著書に『みんなの家。建築家一年生の初仕事』(アルテスパブリッシング)、『幻想都市風景』(羽鳥書店)、『建築武者修行―放課後のベルリン』(イースト・プレス)など。近著に『これからの建築―スケッチしながら考えた』(ミシマ社)。

藤森 照信(ふじもり てるのぶ)

藤森 照信

1946年、長野県生まれ。東北大学建築学科卒業後、東京大学大学院博士課程修了。東京大学生産技術研究所教授、工学院大学教授を経て、現在は東京大学名誉教授、工学院大学特任教授。江戸東京博物館館長。専門分野は建築史。

45歳より設計を始め、史料館、美術館、住宅、茶室など建築作品多数。近作に《多治見市モザイクタイルミュージアム》、《草屋根》《銅屋根》(近江八幡市、たねや総合販売所・本社屋)。

著書は、建築史、建築探偵、建築設計活動関係多数。近著に『磯崎新と藤森照信の茶席建築談義』(六曜社)、『藤森先生茶室指南』(彰国社)。

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