我々はどこから来たのか
我々は何者か
我々はどこに行くのか
この問いはフランスの画家ポール・ゴーギャンの書いた畢竟(ひっきょう)の大作の題名ですが、人類にとっての根源的な問いと言えるでしょう。筆者は、この「我々」を「脳」に置き換えた問いについて日々、考えています。
脳はどのようにして出来上がったのか
脳はどのように働いているのか
脳はこれからも変化していくのだろうか
ヒトの脳は容積で約1480ccあります。重さにして1350〜1450グラム程度、500ミリリットルのペットボトル3本分より少し軽い、というくらいですね。色はやや白っぽく、表面には胡桃のような皺があり、硬さとしては木綿豆腐が近いかもしれません。
この脳の働きによって、私たちは好きなように体を動かしたり、喜んだり悲しんだり、本を読んだり勉強したりすることができます。では、私たちの頭の中に入っているこの脳という臓器は、命の始まりであるたった1個の受精卵という細胞から、どのように出来上がっていったのでしょう。あるいは、46億年の地球の歴史の中で、脳はいつ頃から出現したのでしょう。
脳についての一般書はたくさんありますが、脳がどのようにしてできるかについて書かれたものはほとんどありません。筆者は「スピード・変化・自由」が好きで研究の世界に入り、時間軸に沿って変化する現象、すなわち発生や進化に興味を抱いています。本書では、脳の誕生について、四次元でダイナミックに変わる脳の発生発達と進化の魅力を皆さんに伝えたいと思います。
このような捉え方は、オランダの動物行動学者ニコ・ティンバーゲンが提唱した「4つのなぜ」を考えると理解しやすいでしょう。ティンバーゲンは「生物がなぜある機能をもつのか?」という疑問について、4つの分類を提唱しました。脳についての本の多くは、「生物学の4つのなぜ」のうち、機能面における至近要因に関係した「メカニズム」について扱っています。あるいは究極要因としての「適応」に着目し社会心理学的側面に重きを置いた書籍も多いと思います。これに対し、本書が注目しているのは、時間軸に沿ったプロセスです。つまり、至近要因に関係する「個体発生」と、究極要因に関係する「系統発生(進化)」を対象としているのです。
第Ⅰ部は、たった1個の細胞である受精卵からどのように神経組織が作られ、脳の枠組みが出来上がるか、神経機能の担い手であるニューロンがどのようにして作られるかについて扱います(「発生」ステージ)。
第Ⅱ部は、さらにニューロンがどのように突起を伸ばし、つなぎ合わされて神経回路が作られて大人の脳になっていくか、その際、ニューロン以外の脳の細胞がどのように関わるかについて紹介します(「発達」ステージ)。
さらに第Ⅲ部では、長い進化の過程においてどのように神経組織が変わってきたか、ヒトの脳へ至る道筋について語ります(「進化」ステージ)。