ちくま新書

世界の自然と人間生活

世界には、さまざまな場所があり、多様な人びとが暮らしている。そして、そんな各地の人間の暮らしは気候、地形、植生など色々なものの影響を受けている。 アフリカ、南米、インド、日本、ヨーロッパ…世界各地の自然環境と人々の暮らしを気候区分ごとに解説する、 水野一晴『世界がわかる地理学入門』(ちくま新書)の「はじめに」を公開いたします。

 本書は、世界の気候帯ごとに自然の成り立ちとそこで生活している人々について解説したものである。熱帯の熱帯雨林とサバンナ、乾燥地帯の砂漠や半乾燥地帯、冷帯気候の高緯度地帯と高山地帯、温帯気候の地中海沿岸や日本に焦点を当て、そのような気候帯がなぜ成立しているのか、そのメカニズムを明らかにし、そこの植生や自然について解説した。そして、そのような自然環境のなかで、人々はどのようにその自然と格闘し、自然を利用しながら生活を送っているのかについて述べた。本書をまとめていると、いかに人間がその自然をたくみに利用し、長年のうちに生きる知恵を身につけ、安定した社会を維持するようなシステムを確立していったかがわかる。

世界の気候区分と特徴

図0-1 世界の気候区と植生

 世界の気候帯は図0-1のように、熱帯に熱帯雨林気候とサバナ気候、乾燥帯に砂漠気候とステップ気候、温帯に温暖湿潤気候と西岸海洋性気候、温暖冬季少雨(温帯夏雨)気候、地中海性気候があり、亜寒帯(冷帯)に亜寒帯(冷帯)湿潤気候と亜寒帯(冷帯)冬
季少雨気候、寒帯にツンドラ気候と氷雪気候がある。この気候区分はケッペンの気候区分
であり、ケッペンは植生から気候を区分した。それぞれの気候の植生は図0-1の下部のようになる。では、本書で取り上げる気候区分と地域について、概説を述べておこう。
 まず、第1章では、熱帯気候地域を取り上げる。この気候帯には熱帯雨林とサバンナがある。赤道付近の熱帯雨林気候では一年中雨が降って高温のため、樹高が50m以上にもなる常緑広葉樹主体の熱帯雨林が分布する。南米のアマゾン川流域やアフリカのコンゴ川流域、インドネシアやニューギニアなどがその典型例である。
 赤道から少し南北に離れた地域では雨季と乾季があるサバナ気候になる。サバナ気候で
は、乾季に葉を落とす落葉広葉樹が分布する。樹高は低くなり、樹木が背丈の高い草原の
なかに点在する。また、バオバブのように幹の中がスポンジ状になっていてそこに水を蓄
えるために樹幹が太っている樹木も見られる。アフリカや南米にはサバナ気候が広く分布
し、その植生帯サバンナでは野生動物が多く生息している。
 第2章では、乾燥・半乾燥気候地域について取り上げる。この気候帯には、ステップと
砂漠がある。サバナ気候よりさらに降水量が減ると、背丈の低い草原ステップになる。モ
ンゴルなどがその典型例であり、ステップの草原がモンゴルから東ヨーロッパまで帯状に
続いている(図0-1)。かつて騎馬民族のモンゴル民族が、この草原の回廊(ステップ回廊)を利用してヨーロッパに遠征した。もし草原が途切れて森林になっていたら、モンゴル民族はヨーロッパまで遠征できなかったであろう。
 ステップよりさらに乾燥すると、植生が貧弱な砂漠となる。アフリカのサハラ砂漠やナ
ミブ砂漠、南米のアタカマ砂漠などが典型例である。
 第3章では、寒帯・冷帯気候地域を取り上げる。亜寒帯(冷帯)では、針葉樹の純林、
タイガ(針葉樹林帯)が広く分布し、シベリアがその典型例である。亜寒帯(冷帯)湿潤
気候
は、年中平均して降水があり、冬に積雪が多く、東ヨーロッパや西シベリアに分布す
る。亜寒帯(冷帯)冬季少雨気候は、夏に比較的高温になるが、冬にはシベリア高気圧に
覆われ、非常に寒冷で降水量(積雪)がきわめて少ない。年較差が非常に大きく、東シベ
リアに分布する。
 さらに寒くなるとグリーンランド沿岸のような植生が貧弱なツンドラとなる。極寒にな
ると南極のように、ほとんど植物が生育しない氷雪気候となる。
 そして、最後に第4章では温帯気候を取り上げる。温帯気候の温暖湿潤気候はモンスー
ン(季節風)の影響の大きい地域で、冬は寒い大陸のほうから風が吹いて寒く、夏は海の
ほうから湿った風が吹いてきて降水量が多い、夏冬の温度差が大きい気候である。大陸の
東岸に見られ、日本を含むアジアに典型的な気候のため、モンスーンアジアと呼ばれてい
る。落葉広葉樹や常緑広葉樹、常緑針葉樹が混在する混交林が分布する。一方、大陸西岸
では冬に暖かい海のほうから偏西風が吹いてくるため、夏冬の温度差が小さい西岸海洋性
気候
が見られ、西ヨーロッパはその典型である。
 温暖冬季少雨(温帯夏雨)気候は、モンスーンの影響で夏に雨が集中する中国からイン
ド北部に分布する。アフリカと南米の低緯度のサバナ気候に接する高原にも分布する(降
水の季節配分が同じままで気温が下がり、熱帯から温帯になった)。
 地中海沿岸では、夏に乾燥し、冬に雨が降る地中海性気候となり、夏の乾燥に耐えるた
めに水分の蒸発を防ぐように葉が小さく硬いオリーブやコルクガシなどの硬葉樹が分布す
る。ブドウ栽培が盛んでワイン産地となっている。

 熱帯雨林やサバンナ、砂漠など、その地に住む人々の生活は、そこに長期にわたって住み込み、現地の人々といっしょに生活をしないとわからない。そのために、住民生活については、実際に長期間住み込んで調査した研究者の方々の論文や著書から研究内容を引用させていただいた。さらにそれらの多くの方々から貴重な写真を提供していただいた。時代とともに自然は変化し、政治や社会も変容する。その影響で人々の生活も大きく変わっていく。伝統的な生活を奪われていった民族もある。そのような変化を見るために、一部には50年ほど前からの写真を使わせていただいている。そういった意味で、本書は地理学だけでなく人類学など多数の研究者の研究成果の賜たまものである。引用させていただいた方々には、ここに深く感謝したい。
 読者のみなさんには本書によって、世界のさまざまな気候帯の自然と住民生活を少しでも理解していただいて、世界旅行をしていただければと思う。世界は広い。いろいろな社会が息づいている。もし機会があれば現地を訪れて、ご自分の目で確かめて、さらなる変容を体験していただければ幸いである。