殿山泰司さんのことを知ったのがいつだったのか、はっきりと思い出せないのだけれど、子供の頃にテレビで見たのは、なんとなく覚えています。でもそれは映画やドラマで演技をする姿ではなく、何かの番組にコメンテーターとして出演していたもので、「ハゲ頭のこのおっさんは、いったい何者なんだろう?」と思っていたくらいでした。ですから殿山さんが、とてつもなくユニークな存在で魅力的なおっさんだということを知るのは、それからだいぶ経ってからになります。殿山泰司という人物を、はっきり認識したのは学生時代で、『三文役者あなあきい伝』を古本屋で見つけて、読んでからでした。この本は、殿山泰司を意識したわけではなく、ふざけた題名に惹かれて購入したので、いわゆるジャケ買いみたいな感じでしたが、読んでみると、これがめっぽう面白かった。そして、子供の頃に見たハゲ頭のおっさんに、どんどん興味が湧いてきて、このおっさんを追ってみようと思ったのです。でも残念なことに、わたしが興味を持った頃には、殿山さんは亡くなっていました。「オレのバカヤロウ!」。もっと早くこの人に興味を持つべきだった。
それでも後追いながら、出演している映画を観たり、古本屋で殿山泰司という文字を見つければ本を購入するようになったのです。最初は、暴言、放言、ふざけた文章を読んで、単純に楽しんでいたのですが、あるとき、この人の言ってることは、ものすごい知識に裏打ちされているのだということに気づいたのです。「気づくのが遅えぞバカヤロウ」(殿山さん風なツッコミを入れてみましたけれど)、とにかく、このおっさんはタダ者ではない、エロいことを言ったり、ふざけたことを言ってる裏には、とんでもない含蓄が潜んでいたのでした。
ジャズ、ミステリー小説、文学、映画、ニッポン国家、政治、戦争、暇なときの時間の過ごし方、喫茶店、あらゆる土地のこと、ユニークな友達、そして女性のことなど、殿山さんは、あらゆることを熟考しているのです。けれども、そこに、ユーモアや変テコなツッコミが入ってくるので、読者は、ふざけているのではないかと惑わされてしまいます。でも殿山さんは、いつだって真剣です。これは、極度の照れ屋である殿山さんの照れ隠しなのでしょう。
本書に収録されたエッセイの中で殿山さんは、「だいたいおれは、ダラダラやズルズルが好きなんだ。人生というものはダラダラと始まり、そしてズルズルと終わる。そうあれかしと思っているくらいだ」と言ってます。常識的に考えれば「なにを言ってるんだ、この怠け者め」となるかもしれませんが、裏を返してみれば、これは、争いのない平和な世界を願っているのかもしれません。こんな風に考えていると、「おいおい、勝手にウラッカエシにするんじゃねえよ、ウラッカエシにするのは、女のカラダだけにしろ、ウッシシ」と言う殿山さんの声が聞こえてきますが、とにかく殿山さんは、世間に悪態をつきながらも、心の底では世の平和を願い、あらゆる経験から、常識なんてもんは簡単に崩れることを知っているのです。
さらに、女性や性に関しても、いろいろ放言していて、本書だけでもギリギリでヤバイ感じですが、殿山さんの名著(珍書?)『日本女地図』は、四十七都道府県の女性のマル秘な部分の特徴をのべたりしているので、女性や性に関しては、こんなこと言ってしまっていいのだろうか? と思えてくるくらいの発言が多いのです。現在、このようなことを、それも俳優が発言をしていたら大問題になって、ネットなどで叩かれていることでしょう。もしかしたら、今回の殿山さんのエッセイ集にも文句が出てくるかもしません。コンプライアンスというやつなのか、しかし殿山さんに代わって、わたしが殿山さん風に代弁させていただくと、「コンプライアンス、そんなこと言ってる暇があるなら、自分のポコチンプライスについてテツガクしろってんだい」といったところでしょう。しかし、このような(右のはわたしが殿山さん風に言っているだけですが)殿山さんの放言の裏には、実は、女性への敬意と畏れがあって、人間賛歌でもあるのです。
殿山さんの生前は、現在と比べれば世間も大らかだったのかもしれませんが、結局のところ、本書で殿山さんが憂いている政治やニッポン国家に関しては、あまり変わっていません。いや、むしろ悪くなっています。ですから、こんなときこそ、殿山さんの発言が必要だと思えてくるのです。
とにかく今回のエッセイ集も、「そこらへんをうろついている諸兄姉に、ぜひ読んで欲しいと思っている」、そして殿山タイちゃんの愛好家が増えれば、もう少し、世の中が大らかになる気がするのだよ。「そんなコトねーかな、でも、ハンブンはシンケンなんだけどな」。
なんだか殿山泰司風の文章を気取ってみてスミマセン。あの独特な文体には、まったく追いつけませんが、この殿山文体、やってみると相当楽しいので、皆様も、メールなどで文章を書くときには、殿山文体をやってみると、さらに愛好家が増えるかもしれません。でも殿山さんを知らないと、単に嫌がられるかもしれませんので、そこらへんはテキトーにお願いします。
ずいぶん前に雑誌で大きなコップを手に持ち、赤く透きとおったカンパリソーダを飲んでいる殿山さんの写真を発見しました。飲んでいる場所は、本書にも度々登場する、「かいばや」という浅草にあるお店でした。あるとき浅草で飲み歩いていると、観音裏で、この「かいばや」を発見したのです。
それまでも、「かいばや」のことは、雑誌や本で知っていたので、殿山さんが通っていた店ということで興奮して、中に入ってみたいと思ったものの、躊躇してしまいました。この「かいばや」は、名付け親が野坂昭如で、田中小実昌、色川武大、さらに、ビートたけしまでが通っていたという伝説の店なのです。全員、わたしの中のヒーローです。だから、そうそう簡単に入れません。そんなことを考えながら、何度か道を行き来して、ようやっと扉を開けました。中に入ると、「かいばや」のお母さんがいました。そして、わたしが殿山さんのことが好きで入ってきたのですがと言うと、「かいばや」のお母さんは、殿山さんの思い出を語ってくれたのです。「ほんのりオーデコロンの香りがしてね、いつも静かに、その席で飲んでたのよ」と言ったのは、わたしの座っていた席でした。さらに殿山さんが、優しくて、ものすごい紳士だったということも話してくれました。
とにかく殿山泰司という存在が、このニッポンに存在していたということだけでも、ワタシは嬉しく思うのです。
「どうだい、今回、初めて殿山泰司を読んで、その魅力にとりつかれた諸兄姉よ、これからも、まだまだ殿山泰司という人間を掘り下げてみようじゃないかい。きっと何かが見つかりそうで、見つからないかもしれないよ」