PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

道具に悩んだ話
健康をめぐる冒険・3

PR誌「ちくま」7月号より海猫沢めろんさんのエッセイを掲載します。

 十年前くらいから枕難民である。
 枕難民は、なんとなくしっくり来る枕が見つからず無限に枕を買い換え続けてしまう習性があるのだが、そんな私が最も惹かれたのが「通販生活」の「メディカル枕」。購入の決め手は、辛口で知られる社会学者、上野千鶴子先生が「通販生活」の誌面でオススメしていたことだ。面識はないが、面倒臭そうな人だなという印象だけがある。だからこそ、こういう人が勧めるならガチだ! そう思ったのだ……完全に相手の思うつぼ。メディカル枕は今、押し入れのどこかにある。
 なにがその人に合うかは、もはや運とタイミングでしかない。これはあらゆる健康グッズに言える。私がこの数ヶ月で試したグッズは、テニスボールから始まり、ツムラのハーブ湯、各種サプリメント、目元あったかUSBアイマスク、猫背矯正バンド、首をあっためるとすべてよくなるという本の付録の首バンド……などなど。
 なかでも今、一番効果があると信じているのが「ストレッチポール」である。ボールではない、ポール――つまり円柱である。
 前回登場した理学療法士のA先生に勧められて使っている。床に横倒してこの上に寝転がるとなんか気持ちいい。そういえば、二年前に肩が痛くてあがらなくなったとき、ジムのSさんに「これに乗るといいですよ」と教えてもらって実際治ったのだった。
 健康グッズと薬と代替医療により精神と肉体を保っていた私だが、それでもやはり低調気味……ある朝、飛行機の機内でパニックに襲われた。動悸と呼吸困難と貧血。
「ぐああー苦しい! 死ぬ! あと半年これを続けるのか⁉ もうだめだ。やめよう。今すぐラジオやめよう……無理! 絶対やめる!」
 あまりの苦しさに逆ギレ的にそう思った瞬間、パニックが緩和。飛行機から降りてすぐに「今クールで終わらせてください」とラジオ局に連絡した。
 その後もやはり動悸、息切れは続いたものの、私の身体は回復に向かっている。やはりストレスだったのだろうか?
 先日読んだ、泉谷閑示という精神科医の本によれば、パニック障害の患者は発作が起きるとだいたい「死ぬ!」と思うらしく、これは肉体からのメッセージであるという。どういうメッセージか。もちろん「メメントモリ(死を忘れるな)」だ。
 おまえが今死ぬとしたらその生き方でいいのか? と自分の身体がメッセージを送っているというのである。
 さすがに文学的すぎる解釈だと思うが、思い当たる節がなくはない……ここ最近、本業の小説が進んでおらず、心のどこかで「あれをやらなくては……」と、後ろめたさがあったからだ。よし、今日からやるぞ。
 そういえば、この件で気づいたことがある。健康と小説の若さが比例するという事実だ。例えば、今年七十歳の村上春樹の小説は、いつ読んでもどこか思春期めいた若々しさがあるが、それは、年齢相応の病気自慢がまったくないからだ。
 いつまでも思春期でいたい私は、今日からマラソンして文章を書く。そうして健康と若い文章を取り戻す。
 そんなわけで手始めにこんな雑記を書いてみたのだが、読み返すと明らかに中年の養生記録だった。死にたい。

PR誌「ちくま」7月号

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