ちくま文庫

食べて食べて何でも食べて「食」の常識に挑む奇書
『世界奇食大全 増補版』解説

サソリ、馬の腸、土……。食の限界に体当たりで挑む奇書を宮田珠己さんが解説!

 杉岡幸徳さんは、いつも変なものばかり追いかけていて面白い。奇食だけでなく、全国の奇祭や世界の奇妙な性風俗を紹介する本を出していて、どれを読んでも驚いたり呆れかえるような話が満載である。いったいどこからそんなネタを探してくるのか実に興味深いが、なかでも本書は一番体当たり度が高い奇書といっていいだろう。

 奇祭や性風俗と違って、自ら食べて、つまり当事者となって食レポしてくれている。読むと、よくもまあ、こんなものを食ったな、とやっぱり驚き、呆れかえったのである。

 それにしても世の中には壮絶な食べ物があるものだ。私は昆虫食と聞いただけで腰が引け、サソリを口に入れるなど想像するだけで、ひえええっ、と変な声が出てしまうのだが、杉岡さんが挑んだ食べ物は昆虫レベルにとどまらない。たとえば、馬糞。

 馬糞?

 正気なのか、この人は。

 実際そういうものを食べる土地があるようなのである。長野県の伊那地方らしいんだけれども、厳密に言えば、馬の腸を食べるのであり、その中に馬糞の萌芽的なものが混じっているという話だ。んんん、たとえ腸だと言われても私には無理。とても食べられない。いったいどんな味なのだろう。いや、べつに知りたくないや。知りたくないのに、その味について杉岡さんは食レポしてくれる。やっぱり馬糞の味がするらしい。うあああ、知りたくないのについ怖いもの見たさで読んでしまった。

 杉岡さんによると「糞」の料理は世界中にあり、そもそも人類は糞を食用として利用していたというからたまげる。

 もっと驚いたのは、北極圏のイヌイットの間で食されているキビヤックなる代物だ。これはアザラシの体内で海鳥を発酵させたもので、鳥の肛門から中の液を吸い出すのだという。

 うわあっ、て思わず声が出た。

 液を吸うって、タイコウチかよ。いや、それより肛門から、って勘弁してほしい。

 さすがにこれは食べに行くことはなかったようだが、探検家の植村直己さんがこれを大好きだったというから、また驚く。

 そのほか、土を食べたという話も出てきて、それがれっきとしたフランス料理だというのだから、どこを読んでも驚いてばかりなのである。

 さらに本書が面白いのは、そういったゲテモノ的な郷土食だけでなく、いわゆる変な創作料理にもチャレンジしているところだ。たとえば、パイナップル茶漬け。

 愛知県の一角にそんな料理を出す店があるらしい。愛知県はもともとユニークな食べ物が多いことで知られるが、それにしてもお茶漬けにパイナップルは無謀すぎやしないか。そのほかにも親子丼アイスとかイカスミジュースとか、愛知県はまったくしょうがない。

 そのほか、私が一番笑ったのは次の指摘である。

《我が国においては、なぜか給食に変な食べ物が出されることが多い》

 たしかに、そんなニュースをよく見る気がする。

 例として挙げられるのが、滋賀県の小中学校で出されるブラックバス、愛媛県のポンジュースで炊いたみかんご飯など。

 採れ過ぎて余っている食材を強制的に大量消費させる魂胆だろうと杉岡さんは推測しているが、子供たちはいったいどんな気持ちでそんな給食を食べているのだろうか。

 ほかにも本書には、漬物ステーキだの、鶏のとさかだの、ラクダのこぶだの、イソギンチャクだの、想像を超えた食べ物がいろいろ登場して飽きさせない。イギリスには「トーストサンドイッチ」なるものがあるという話には腰が砕けた。それ全部パンやないか。      

 だが、そうやっていろんなゲテモノの話を、ひええっ、とか、うはは、とか声をあげながら読んでいくうちに、意外にも本書が興味本位だけの本ではないことがだんだんわかってくる。

 多様な食べ物を紹介しながら、杉岡さんは徐々に「食」のタブーを相対化していくのだ。

 何を食べ何を食べないかは、文化や宗教あるいは慣習などに規定されているだけで、絶対的な規準などないことを杉岡さんは露にする。たとえば卵を生で食べる民族は日本人だけだとし、さらに魚でさえも汚らわしいとして食べない民族が少なくないと指摘する。われわれ自身も異端なのだ。

 アメリカの人類学者マーヴィン・ハリスの次のような言葉には納得させられた。

「わたしたちが昆虫を食べないのは、昆虫がきたならしく、吐き気をもよおすからではない。そうではなく、私は昆虫を食べないがゆえに、それはきたならしく、吐き気をもよおすものなのである」

 すべての常識は疑ってかかる必要があると杉岡さんは主張する。そうしたフラットな視線は、とりわけ日本人の「国民食」と言われるクジラに関する考察で真価を発揮している。

 日本の調査捕鯨に対する欧米諸国のバッシングに対し「クジラ食は日本の伝統だ」と日本人は反論するが、日本人の多くが日常的にクジラを食べたのは、食糧難に喘いでいた敗戦後から商業捕鯨を中止した一九八七年までのわずか四十年に過ぎないと指摘するのである。明治時代に各地にクジラの解体場ができたが、いたる所で日本人による反対運動も起こっていたという。クジラと獲ると海が血で汚れ、魚が獲れなくなるという理由だった。

 だから捕鯨はだめだというのではない。すべては相対的なものだということなのだ。

 本書は変なものを食べまくっているだけの本ではない。漬物ステーキってなんだそりゃ、と笑いながら、同時に、人類の不思議さ面白さを俯瞰で見てみようという野心的な試みなのである。

 

 

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