二〇世紀前半がアインシュタインやシュレディンガーが活躍し、物理学がその面目を一
新した「物理学の半世紀」だったのに対し、二〇世紀後半は分子生物学が飛躍的に発展し、生命の細かい仕組みまでが解明されていった「生物学の半世紀」ということができるだろう。この流れは二一世紀になっても継続している。では、「生命」について、私たちはどこまでわかったのだろうか。生命とは何か、生命はどのようにして誕生し、進化したか、などの根源的な問いに対しては、現代生物学は十分な答えを用意してくれているだろうか。
二〇世紀後半に画期的に進歩した分野としては、生物学の他に宇宙科学があげられる。
宇宙を調べる方法としては従来、地球からの観測が唯一の手段であったのが、ロケット
(探査機)を用いて他の天体に近づいて調べることが可能となった。そして宇宙をくわし
く調べる過程において、宇宙と生命との関わりが議論されるようになった。宇宙からの視
点で地球や地球生命をみると、地球上からだけ見ていたのではわからないことがわかって
くる。そのような学問分野を今日「アストロバイオロジー」(astrobiology)とよんでいる。
本書では、アストロバイオロジーの観点から地球の生命を眺めたとき、「地球生物学」の観点では常識と思われていたことが、宇宙でも本当にふつうなのかを考えてみる。言い換えれば、これまでの(地球)生物学を「地動説」の立場から調べ直してみる。
第1章においては、われわれが自分を世界の中心とする考え方から脱していった歴史に
ついて述べる。つまり、天動説から地動説へのパラダイムの変換である。ただし、生物学
においてはまだ地動説は達成できていない。第2章では、地球生命のしくみを宇宙の観点
から眺めてみる。もし宇宙にさまざまな生命形態があるとするならば、地球生命は宇宙標
準と言えるのだろうか。この疑問を解くには、われわれがどこから来たかという生命の起
源・進化の問題をさけて通れない。第3、4章では、地球の歴史をふりかえり、「地球」
生命の起源と進化の謎を調べてみよう。
地球にしか生命が存在しないならば、地球生命は宇宙標準ということになる。地球外生
命はいるのだろうか。この謎に二つの切り口から挑むのがつづく二章である。まず、太陽
系の惑星や衛星での生命の可能性を第5章で考え、次に太陽系外の生命の探査について第
6章で述べる。そこで述べるように、地球外生命を考えることは、われわれの未来を考え
ることなのである。最終章においてはそれまでに述べてきたことを総括した上で、生物学
の「地動説」の重要性について考えよう。
ちくま新書8月刊『宇宙からみた生命史』の「はじめに」を公開いたします。