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発酵と腐敗のちがいとは!?
小泉武夫著『世界一くさい食べもの』「はじめに」より

納豆をはじめ、発酵食品には独特のにおいがある。苦手な人は嗅いだだけで逃げ出したくなるだろうけれど、好きになったらにおいもその食べ物の魅力のうちに。でも、においがするっていうのは、人間の体に危ないというサインなのでは? 安全なにおいと、危険なにおいはどう違うのだろう? 『世界一くさい食べもの』の冒頭部分を公開します。

 これから読者諸君には、くさい食べものの、奥深ーい世界を経験していただこう。くさいといっても、そのレベルはさまざまだ。ねばーっと糸を引く納豆や、まるで屁のにおいみたいなタクアン漬けなんてほんの序の口。世界には、もはや食べもののにおいとは思えない魚の缶詰「シュール・ストレミング」をはじめ、強烈な食べものが数多く存在する。

 そんなにくさいなんて、食べたら危ないんじゃないの? そう思う読者もおられるだろう。実際、人間は、においで危険を察知する。腐った食べものを食べたら健康を害してしまうから、腐っているか否かを判別できる能力がわれわれには備わっているのだ。

 では、くさい食べものと、腐った食べものの違いは何だろうか? それは実はすでに読者諸君が本能的に知っているのだ。以前小学校で、腐った鯖と、シュール・ストレミングのにおいを嗅いでもらい、どちらかを必ず食べなければいけないとしたらどちらを選ぶか、という実験をしたことがあった。すると、全員、あんなに強烈なのに、発酵食品のシュール・ストレミングの方を選んだのである。腐った鯖のにおいは危険信号なんだと、みんなの鼻が察知したのだろう。

 シュール・ストレミングのにおいは強烈だが、それは腐ったにおいではなく、発酵したにおいなのである。腐るのと発酵するのとどう違うのか? それはどちらも微生物が働きかけて起こることなのだけれど、腐るのは腐敗菌などの悪玉微生物が働いた結果、発酵は乳酸菌などの善玉微生物が働いた結果なのだ。

 わかりやすい例でお話ししよう。牛乳をコップに注いで外に出しておくと、1日くらいで悪臭がしはじめる。これは空気中の腐敗菌が牛乳に侵入して、牛乳を腐らせたから。こうなると腐敗菌が作り出した毒素でいっぱいになっているので、飲んだら食中毒を起こし、下痢をしたり吐いたり、危険なことになる。腐った食べもの・飲みものは決して口に入れてはいけない。一方、同じ菌でも善玉菌である乳酸菌が牛乳に入れば、美味しいヨーグルトやチーズに変身する。こちらはおいしいばかりではなく、牛乳より栄養価も高くなり、そして驚くことに牛乳より腐りにくくなる。独特のにおいは発生するけれど、腐るのとはまるで違うのだ。

 なぜくさい食べものが世の中にたくさんあるのか? するどい人はここまで読んだだけでその理由を推測できたのではないだろうか? ではその推測が正しいかどうか、これから猛烈にくさくて、奥深くて、おいしい、くさい食べものの世界を旅して、確かめていくことにしよう!

 

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