ちくま新書

えっ、いまは習わないの?

教科書で読み解く戦後日本。そして理科好きを増やすアイデアまで。

教科書は、およそ10年ごとに大きく改定されます。かつては詳しく解説されていた寄生虫の種類・症状・感染方法、どこの学校でも行われていたカエルの解剖実験など、消えてしまったり扱いが軽くなった項目がたくさんあります。90年代に登場した性教育もあっという間になくなりました。それらの授業では、どんなことが教えられていたのでしょうか。いっぽう原子力利用のように高度になったもの、用語の統一や定義の変更、新発見などすぐに時代を反映する内容もあります。かつての科学常識が、いまは非常識かもしれません。ちくま新書『こんなに変わった理科教科書』の「はじめに」を公開します。

はじめに
 本書は、戦後の理科教科書の内容がどう変わってきたかを、とくに誰もが学んだ小学校・中学校をメインとして見てみました。理科の教育課程は、小学校、中学校の学習指導要領理科編が内容を示しており、教科書はその内容を踏まえています。そこで、学習指導要領理科編の内容にもとづいて、時代分けを行いました。〈 〉内はその期の小中学校で教科書が使用開始された年度です。


・1950年代〈小1949年・中1950年〜〉=生活単元学習の時代
・60年代〈小1961年・中1962年〜〉=系統学習時代
・70年代〈小1971年・中1972年〜〉=現代化の時代
・80年代〈小1980年・中1981年〜〉=学習内容精選開始時代
・90年代〈小1992年・中1993年〜〉=個性化・多様化さらなる精選の時代
・2000年代〈2002年〜〉=厳選とゆとり教育の時代
・10年代〈小2011年・中2012年〜〉=理数教育充実の時代
・20年代〈小2020年・中2021年〜〉=理数教育充実の時代〔続〕


 本書を生活単元学習の時代から始めたのは、次のような理由からです。
 戦後アメリカを中心とした占領軍GHQから、コース・オブ・スタディ(教育課程の手引き書。現在の学習指導要領に相当)をつくれと命令があり、その指導のもとに学習指導要領・理科編(試案)が作成されました。そこでは、身のまわりの現象を取り上げて単元をつくる生活単元学習として展開されました。
 戦後の理科教科書は、戦中に使われていた教科書に墨塗りしたものから始まったのですが、本格的な理科教科書は、小学校では、文部省が発行した『小学生の科学』(4年5冊は1948年度〜、5・6年各5冊は1949年度〜)、中学校では文部省著作の『私たちの科学』全18冊(1947年度〜)でした。これらの教科書は、生活単元学習の考え方で作成され、生活単元学習の時代の始まりとなったからです。
 生活単元学習の時代は、学力低下が大きな話題になりました。身のまわりの多様な現象にこだわるあまり内容が雑多になり、系統性がないから学力が下がると批判を受け、内容や教材整理がされて系統学習の時代へ。
 さらに内容の精選がされて現代化の時代へ。この時に砂車、ショウジョウバエやトリの卵といった教材が入りました。いっぽう大幅に減ったのは明治以来の伝統だった工作・ものづくりです。その結果、業者から購入して指示通りに組み立てる教材セットの利用が多くなりました。
 学習内容精選開始時代には、70年代の受験競争、詰め込み教育、校内暴力などが問題になり、広義の「ゆとり教育」が開始され、内容の精選が行われました。
 個性化・多様化さらなる精選の時代の大きな出来事は、小学1・2年の理科と社会科が廃止されて「生活科」が新設されたことです。「個性に応じる」ということで中学校に選択理科が置かれ、高校では選択科目が増やされました。
 厳選とゆとり教育の時代は、狭義の「ゆとり教育」の時代です。内容をさらに減らす厳選が行われました。しかし「ゆとり教育」のマイナス面が大きな問題になり、理数教育充実の時代へと展開しました。2020年代の現代は、理数教育充実の時代〔続〕〈小2020年・中2021年〜〉です。
 読者のみなさんは、どの時代の理科教育を受けたでしょうか。戦後の理科教科書の移り変わりの中にご自分の受けた理科教育を位置づけてみてください。
 理科教科書の内容には、その時代の理科教育の考え方が反映されています。
 筆者は、かなり大きく移り変わってきたと思いますが、読者のみなさんはいかがでしょう。世代間ギャップがよく話題になりますが、各世代がどんな教育を受けてきたかを知ることは、ギャップを小さくすることになると思います。
 ドラマチックとも言える理科教科書の内容の移り変わりをお楽しみ下さい。最後の「第七章 理科の教え方学び方」は、こうした理科の内容や教え方学び方を研究してきた筆者が、読者のみなさんに伝えたいメッセージにしたつもりです。
 なお、本文中の理科教科書の引用文やページ数、用語、文字遣いなどは、断わりがあるものを除いて、東京書籍版の小学校・中学校教科書を参照しています。

 2022年2月 左巻 健男