『ジンセイハ、オンガクデアル』

ブレイディみかこさんに覚悟を促す初期エッセイとは! 「この仕事を続ける限り、折に触れ、戻ってきては読み返すだろう文章がこの本にはいくつか含まれています。きっとそうする度にわたしは嫉妬し、くそったれ、いつでも辞めてやる。ノー・フューチャー。と思うことになるのでしょう。そしてその覚悟こそが「玉」を書くための条件だったと思い出し、またふり出しに戻るのです。」(文庫版あとがきより)

 わたしはほぼ半世紀を「物を書かない人」として生きてきた人間です。だから執筆業が自分の天職とは思っていません。そもそも、そういう人だったらもっと早く書き始めていたはずだし、そうならなかったということは、いま物書きの仕事をしているのは「たまたま」のなりゆきなのです。
 そんなわけで、物書きになるまでわたしはいろんな仕事をしてきたわけですが、本書にはわたしが保育士をしていた時代に書いたものが多く収められています。
 それは「底辺託児所」とわたしが勝手に呼んでいた無料託児所と、そこを辞めた後に別の保育園に勤めていた頃です。これらの職場には早番、遅番、のシフトがありましたが、本書に収められた文章(ele-king の雑誌版、ウェブ版に掲載されたもの、あるいは自分のブログに書いていたもの)の大半を書いていたのは、だいたい遅番の日でした。
 シフト開始までの時間に公園のベンチに座ったり、マクドナルドでコーヒーを飲んだり、あるいは海岸に座って丸々と太った鷗(かもめ)を見つめながらこれらの文章をしたためていました。あの頃は何でも自由に、好きなことを好きなように書きなぐることができました。これで生計をたてているわけじゃなし、いつだって辞めてやる。そんな気分で書くことを楽しんでいました。
 そうした時期に書かれたものをいま読み返すと、はっきり言って玉石混交です。「石」と思えるものは、下手だったと笑って済ませておけばいいのですが、困惑するのは「玉」が混ざっていることです。しかも、いまのわたしは、なぜかその「玉」に激しい嫉妬をおぼえてしまうのです。
 それはたぶん、こんなものはいまはもう書けないだろう。と思うからでしょう(例えばこの文章のように途中で「。」が入るようなものはもう書けません。いろんな人の手が入るうちにいちいち「これでいいんです、わざとやってるんです」と説明するのが面倒くさくなって、もうどうでもいいや、ほかに書かなきゃいけない原稿もあるし、となってしまって「じゃあ、あなたがたの仰る通り『、』にしてください」と適当に流すようになっているからです)。
「餅は餅屋に」とよく言われます。
 が、ティーンの頃にパンクのDIYスピリットにやられてしまったわたしにとっては、餅屋が焼かない餅こそがすべてだったはずなのです。
 しかし、わたしはいつの間にか餅屋になろうとしていなかったでしょうか。というか、別に餅屋になる気もないんだけど、いちいち戦うのも面倒くさいから餅屋の商品っぽい餅を焼き始めていなかったでしょうか。
 本書に収められた文章は、わたしにそんな猛省を促しました。
 自分勝手に焼いた餅は、餅屋の商品のように食べやすくありません。ボリボリ機嫌よく食べてたら急に硬いものが混ざってて、歯に響くというか顎に激痛が走るというか、なんじゃこりゃといっぺん指で口から出してみなければいけないかもしれません。
「玉」というのは、おそらくそのゴリッと硬い、容易には飲み込めない何かに違いないのです。
 たまたま(いや、ダジャレではありません)わたしはまだ売文生活をしています。そしてこの仕事を続ける限り、折に触れ、戻ってきては読み返すだろう文章がこの本にはいくつか含まれています。きっとそうする度にわたしは嫉妬し、くそったれ、いつでも辞めてやる。ノー・フューチャー。と思うことになるのでしょう。
 そしてその覚悟こそが「玉」を書くための条件だったと思い出し、またふり出しに戻るのです。

 二〇二二年三月 ブレイディみかこ 

 

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