ちくま新書

洞窟探検への招待

狭い、暗い、死ぬほど危ない! なぜ、そんなに苦しい思いをしてまで、洞窟に潜るのか? 「クレイジージャーニー」「情熱大陸」などテレビでおなじみの洞窟探検家・吉田勝次氏による『素晴らしき洞窟探検の世界』(ちくま新書、10月刊)プロローグの一部を公開いたします。 「洞窟王」吉田勝次氏の熱い思いと、冷や汗をかく危機一髪エピソードをどうぞ!

†子供の頃の夢は生物学者
 なぜ僕が洞窟探検家になったのか。そのきっかけは、子供の頃に溯る。生き物が大好きで、カブトムシ、ウサギ、リス、トカゲ、ヘビ、ワニ、ゾウガメなど、自宅で100種類以上を飼育していた。飼育には知識が必要なので、一番の愛読書は生物図鑑。小学校の友達からは「動物博士」と呼ばれていた。
 飼育している生き物のエサはなるべく自分で捕る主義で、自宅近くの水路にフナやコイ、ナマズなどを捕りに行っていた。水路といっても、幅3メートル、水深30センチメートルほどの、工場や一般家庭からの排水が流れ込む、いわゆるドブ川だ。その中を毎日のように歩き回って、生き物を探しては捕まえていた。
 水路にはフタのないオープンになっている明るい場所と、フタがあるために昼でも暗い場所があった。初めこそフタのない光の入るところで魚を捕っていたのだが、少しずつフタのある真っ暗な場所へ、懐中電灯を持って入るようになった。真っ暗な水路のほうが、魚がたくさんいたからだ。
 フタの上には自動車が走っていて、ほぼ50メートルおきにある鉄の網状のフタのところにだけ太陽の光が射し込み、そこだけがスポットライトのように照らされていた。
 魚を捕ろうとするうちに、水路の中をいつしか何百メートルも進めるようになっていた。あるとき、遠くに見えていた光が反対側の出口なのだと気づいた。でもそこまではまだかなりの距離があり、すぐにはたどりつけそうもない。それでも、懲りずに真っ暗な水路をさらに奥へと進み、怖くてドキドキする気持ちとワクワクとした期待の両方を抱えながら、来るたびに少しずつ到達点を伸ばしていった。
 水路の冒険はある日、とうとう大きな国道を越えて、向こう側に到達した。フタのある水路は距離にして500メートルくらい。出口のある地区には、地上からは行ったことはあったが、真っ暗な水路を進んでたどりついたあとに見た地上の景色は、まったく違って見えた。そのときの感動は決して忘れられない。いま思えば、これが洞窟探検家としてのはじめの一歩であった。
 その後テレビ番組の探検もの、冒険もの、未確認生物ものによって、探検へのあこがれは増幅された。特に少年時代を過ごした1970年代は「水曜スペシャル」の黄金時代だったから、その影響は大きい。

†何かが足りない
 小学校を卒業したあとは、多くの人がそうであるように、思春期になり、生き物への興味は徐々に薄れ、自然とは無縁の毎日を過ごしていた。家の事情もあり、15歳で高校を中退。家から出て自分で稼いで食べていくことにした。やんちゃな奴らと付き合い、その日暮らしの日々が続いたが、17歳の頃に何かしなくてはと思い、少林寺拳法を始めた。若いので道場では可愛がってもらったが、生活は相変わらずで、あっという間に20歳になってしまった。
 履歴書を出して、面接を受けて、就職できたことがない。他人の言うことを聞くのが嫌で、何より独立心が強かったから、21歳のときに建設業の会社を起業した。体力には自信があったし、とにかくがむしゃらに働いたから、業績は順調に上がった。でも、数年もすると仕事ばかりの毎日に物足りなさを感じるようになった。
 スキューバダイビングと登山を始めたのは23歳になった頃だ。タンクだけショップで借りて、あとは1人で琵琶湖や長良川へ潜りに行った。登山は、ロッククライミングから冬山まで一年を通して山に通った。こうしてまた自然の中で遊ぶようになったものの、どんなに水の中に潜っても、どんなに山に登っても、何か物足りなさが残った。それが何なのか? 当時の僕にはわからないまま時は過ぎた。

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