ちくま新書

洞窟探検への招待

狭い、暗い、死ぬほど危ない! なぜ、そんなに苦しい思いをしてまで、洞窟に潜るのか? 「クレイジージャーニー」「情熱大陸」などテレビでおなじみの洞窟探検家・吉田勝次氏による『素晴らしき洞窟探検の世界』(ちくま新書、10月刊)プロローグの一部を公開いたします。 「洞窟王」吉田勝次氏の熱い思いと、冷や汗をかく危機一髪エピソードをどうぞ!

†落石が直撃して骨折したケース
 中華人民共和国の縦穴洞窟「石硝坑(せきしょうこう)」は、名前のある未踏洞窟だった。この洞窟は、地上の川が、そのまま数百メートルあるような縦穴に、滝のように流れ込む地形だった。雨が降れば川に水があふれ、滝となって縦穴に落ち、洞窟内は嵐のようになるだろう。
 探検は渇水期を狙うので水の心配はないが、万が一まとまった雨が降った場合にも備えておく。落ちてくる水が身体に直撃するのを避けるようにロープをセッティングして、何十時間もかけて縦穴の底へと降りていくのだ。

                    石硝坑の縦穴(下から見上げる)

 深い縦穴の底は平らになっていて、横になって眠れそうな場所もあった。平坦なスペースから先は、渓谷になっていて水が多いときは激流になる地形が続いていた。いくつもの小さな滝をロープで降りて下流へと進んでみると、目の前にマリンブルーの地底湖が広がっていた。美しさに息を飲みながら湖を覗き込んでみると透明度が高く、水深がどれほどなのかまったくわからない。驚いたのは、目が退化していて、体の色素が薄くなって一部透明に透けているオタマジャクシが無数にいたことだ。
 洞窟潜水(第4章参照)の装備がないと潜れない深いサンプ(洞窟の水没部)まで進み、その日は引き返すことにした。地上へ戻るには、300メートルの深さがある縦穴を登らなければいけない。すべての荷物の総重量は約120キロもあり、これを引き上げながら登り返すのだ。
  まず、仲間が先に登り、いったん底から約100メートル上のテラス(ロープにぶら下がらなくても立てる岩棚)まで上がる。この洞窟は広く無線が使えたので、到着した彼らから テラスに到着した。「登ってよい」との無線交信を受けて、僕も登りはじめようとロープをつかんで準備にとりかかった。
 すると、上のほうから「カーン、カーン」という、落石が縦穴の壁に当たる音が2回して、「シュルシュルシュル」と風切音がしたと思った瞬間、握り拳大の石がヘルメットをかすって僕の左肩に直撃した。まだ洞窟の底にいた僕は、その衝撃で数メートル飛ばされた。左半身は激しい痛みに襲われ、しだいに痺れて指先の感覚もなくなっていた。
 仲間はすでに底にはいない。僕は、洞窟の地面に横になって倒れたまま自分の体の状態を確かめたが、外傷はなかった。ヘルメットをかぶっていたとはいえ、石が頭に直撃しなかったのは不幸中の幸いだった。もし落下してきた石が頭に直撃していたら、即死だっただろう。外傷があったら失血死の可能性が高く、傷口からの感染症にかかる可能性も少なくなかった。
 この深さで誰かに引き上げてもらうにはかなりの時間と労力が必要なのはわかっていたので、救助してもらえる可能性は低い。自力で登るしか助かる道はないのだ。負傷した肩をなるべく動かさないようにかばいながら、ロープを使って登ること五時間(この間「もういくつ寝るとー」と「お正月の歌」をなぜか口ずさんでいた)。底から100メートルほど登って、ようやくテラスで仲間に合流できた。上を見上げると、地上はすでに夜になって真っ暗だった。
  渇水期だというのに雨まで降ってきて、200メートル上から落ちてくる雨水は霧状になって洞窟全体に広がり、僕はずぶ濡れになった。気温九度、止まれば低体温症になるかもしれないから、動き続けなければならない。
 「先に登って」という仲間の言葉をもらい、120キロの荷揚げも手伝いながら、ほぼ片手でさらに200メートルをロープで登りきった。地上に着くまで要した時間は30時間。大変だったが、こうして生きて戻ったのだから、洞窟探検中の骨折だけなら大丈夫、帰ってこられるという自信がついた。
 この事故は人災だった。一足早く100メートル上のテラスに登った仲間が落とした石が僕の肩に当たってしまったのだ。その仲間の一言をよく覚えている。
 「こんなことを言うのは申し訳ないけど、石が当たったのが吉田君でよかった! 他の人なら登ってこられなかったし、助かっていなかったかも……。申し訳ない。ありがとう」 
 探検中の仲間とは親、兄弟、家族とは違う絆がある。それは命を預け合う仲間だ。石を落とされても仕方ないと思える仲間と一緒だから、無理もできるし、楽しいのだ。
 初めての石硝坑探検は、いつの日か不思議なオタマジャクシのいた地底湖の向こう側に行ける日を夢見て、ひとまず終わった。洞内に3泊し、地底湖にたどりつけたのは日本人4名、中国人2名の計6名。国籍は関係なく、全員、信頼できる洞窟仲間だった。

†アクシデントに遭ったときの心得
 詳しくは第4章で述べるが、洞窟の中で、さらに水中に潜ることがある。奈良県の深い山の中にある洞窟では、水中に潜ったときに突き出た岩に引っかかって動けなくなり、酸素切れになりそうになるという、「死までもう一歩」ということもあった。
 また、ほかにも山中で遭難しかけたり、洞窟内の地下河川に潜っていたら突然の大雨の影響で増水して流されそうになったり、戻るためのルートがわからなくなり何時間も洞内をさまよったり、ということもあった。こうした経験から体得した心得は、アクシデントに遭ったときこそ平常心を保ち、生き残るために、そのときにいちばん必要な行動をとるということだ。単純なことだが、実践するのは難しい。
 長く洞窟探検をしていると、どこに危険が潜んでいるのか、ある程度予測・予知ができるようになってくる。自分の命を守るため、また仲間の命を守るため、そうした危険を確実に回避することが、探検家にとっていちばん必要な資質だと僕は思う。
 ここまで、僕がなぜ洞窟探検を始めたのか、未踏洞窟を見つけて探検を始めるまでのプロセス、それから洞窟の中であった危険なことについてお話ししてきた。おそらく僕や洞窟のことについて、少しはわかっていただけただろう。さて、ここからが本番だ。僕と一緒に、世界各地にある、とんでもない洞窟の数々を探検する旅に出よう!

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