丸屋九兵衛

第8回:『プラスサイズモデルの傲慢』始末記。「人の見た目をとやかく言う権利」について

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 炎上とは、折にふれて我が家の扉を叩く旧友である。

 仮に、2パックが今も生きていたら――それも「バハマで隠遁生活」等ではなく、アーティストとして活動しているとしたら――彼のことだ、時おりSNSで集中砲火を浴びることもあったろう。そんな時はシェイクスピア役者らしい言い回しで、自分の状況を形容したのではないか。
 かくいうわたしはもちろん役者ではないが、ティーンになる前からの古参シェイクスピア読者。なので、冒頭の文句を思いついたというわけだ。

 ま、「わたしがまたもツイッターで炎上した」という事実を、シェイクスピア主義者ふうに表現してみただけだがね。

..............................................................
 ことの起こりは、インターネット上で『体重80キロの私がロスでモデルをしている理由』という見出しが目に入ったことだ。

 今どき「ロス」という略称を使っていることは気に入らない(アルカリもアルコールもアルデバランも全て「アル」と呼ぶようなものである)ものの、スティーヴン・タイラーの娘(ミア)のことを知って以来、プラスサイズモデルという存在には関心があった。しかもこれは、藤井美穂というモデル自身が書いたものだという! 読まずにはいられんではないか。
 いま思えば我ながら子供じみていたが、「閉鎖的な業界(←ステレオタイプ)の中で戦う、多様性の代弁者」みたいな人物を期待していたのだ。
https://cakes.mu/posts/22115

 だから――「日本では“デブ”と呼ばれて負け組の人生を送っていた藤井さん」という粗雑な紹介文もさることながら――この部分に違和感を覚えた。

 この問題の背景にあるのが、細すぎるモデルや女優などのメディア露出です。非現実的な女性の体型が美しいという間違った考えが女性たちを無茶なダイエットに走らせ、自らの体型を卑下し、自己肯定感を低下させてしまっています。

 「細い=美しい」という価値観に警鐘を鳴らす。うむ、排他的かつ画一的な価値観が支配する現状に異議を唱えるなら、それは素晴らしいことだ。多様性は尊重されるべきだから。しかし、他人の体型を「細"すぎる"」と決めつけ、現実に存在する人々の体型を「非現実的」と形容し、そこに美を認めることを「間違った考え」と断定する? ……そこに多様性の尊重はなく、排他的な価値観の軸をプラスからマイナスに向けただけではないか。

 ゆえに、こうツイートしたのだ。


..............................................................
  【プラスサイズモデルの傲慢】

「問題の背景にあるのが、細すぎるモデルや女優などのメディア露出」

自分と体型が違う人々を「細すぎる」と断定するのは、君を「デブ」と呼んだ人々と何が違うのか?

「日本では負け組の人生だった」……そこから何も学ばなかったような。

https://twitter.com/QB_MARUYA/status/1032488862633799680

..............................................................
 結果。
 我が旧友「炎上」が、再びドアをノックした。

..............................................................

 断っておくが、わたしはモデル業界自体には関心がない。

 イマン・ザラ・モハメド・アブドゥルマジード、ルビー・ローズ、ディーン・フジオカ等々、わたしの敬愛もしくは親愛の情の対象の一部はモデルとして世に出た人々だが、それでも、モデルという連中に対する憧れは皆無だ。韓国・ソウルの東大門(トンデムン)名物の安売り服屋を埋め尽くす画一的なマネキン、通称「ジョージ・マイケル」で代用しても構わないと思っている。
 そんな状態なので、ケイト・モスとかシンディ・クロフォードとかが「美の象徴」と言われても、わたしには理解不能だ(ただし、「リック・ユーンはヴェルサーチの広告でフィーチャーされた初のアジア系アメリカ人」と聞くと快哉を叫ぶ)。
 だからわたしにとっては無用のモデル業界ではあるが、それが存続するのであれば、プラスサイズモデルの存在は当たり前になるべきだ。加えて、セミプラスサイズやセミマイナスサイズも。
 そしてマイナスサイズも。

 ここで、わたしが痩せぎす……というよりは痩せすぎな女性だと仮定してみる。どうやっても肉がつかない体質の。特に「魅力的」とは言われない容貌で、モデルでもなく、「モテ」でもなく。そんな一般女性(what a f**kin word)だとしよう。
 そんな痩せすぎ女性のわたしは、藤井の文章を読んでどう思うか。現状でも決して有利ではないのに、「痩せていることの特権」を告発され、alienateされた気分にならないだろうか。支持者を得た藤井のridiculous crusadeが盛り上がれば盛り上がるほどに。

 それに、「細すぎる」と形容されたモデルたち。
 痩せることを余儀なくされ、成功してしまった彼女たちにせよ、藤井と同じく社会の偏見の犠牲者であり、つまりは藤井にとって仲間ではないのか? それを「細すぎる」などと断定するとしたら、あまりに狭量ではないか(そもそもcrusadeとはそういうものだが)。
 「誰も人の見た目をとやかく言う権利なんてない」と言ったのは誰だっけ?(藤井である)

 要するに。
 これでは、違うタイプのボディシェイミングではないか、ということ。逆側からの。

..............................................................
 Oh by the way, 「弟を交通事故で失った」という悲しい過去を持つアイドル/タレントが、飲酒運転&ひき逃げ容疑で逮捕されたらしいね。

 自分の痛みから、他人への接し方を……学ばない人もいる。

..............................................................
 「クー・クラックス・クランに潜入捜査した黒人警官」という奇想天外な、しかし実話をもとにしたスパイク・リー監督の映画『BlacKkKlansman』の中に印象的な場面があった。黒人活動家ストークリー・カーマイケルが、黒人学生連合を前に演説する際、こう言うのだ。
 「肌が白く、鼻が細く、唇が薄い者(=白人)に、黒人の美を定義させるな」。そして「Black is beautiful」と。
 その通り。「自分の美を他者に定義させるな」。
 それは同時に、「他者の美醜を勝手に定義するな」ということでもある。彼が言ったのは「Black is beautiful」であって、「White is NOT beautiful」ではないのだから。

 ここで、藤井の文章に戻ると……
 わたしが引っかかった一文「この問題の背景にあるのが、細すぎるモデルや女優などのメディア露出です」が、仮に「この問題の背景にあるのが、細いモデルや女優ばかりを取り上げるメディアの偏向です」だったら。わたしも喜んで同意しただろう。
 ストークリー・カーマイケルに則して書くと、「この問題の背景にあるのが、白人モデルや白人女優などのメディア露出です」と「この問題の背景にあるのが、白人モデルや白人女優ばかりを取り上げるメディアの偏向です」の違い、ということである。

..............................................................
 もう一つの懸念は、藤井の論調が「現代社会における女性美」というものを「細」と「太」の二元論に単純化しすぎてはいないか? ということ。
 アメリカのことは無視しよう。ここ日本の現実を見ると……男性たちは全体の細さより、むしろ胸部のサイズを重視しているように見えるのだ。コンビニエンスストアの雑誌コーナー、そこに置かれた「少年誌」各種を見る限り。
 それはファッションモデルとして選ばれる基準とは別だが(しかし「モデル=美の基準」という考えは古くないか?)。

 もちろん、ここは意図せざる差別大国だ。TVの音楽番組――どのチャンネルとは言わないが――でミュージシャンに対して「巨乳と貧乳、どちらが好きですか?」という愚劣な質問を投げかけるシーンが堂々と放映される、「大らか」な国。
 国際的会議において女性防衛大臣が「私たちグッドルッキン」と発言してしまうのも、そんな国だから。その彼女とて我が国の差別的土壌の犠牲者だろうし、「巨根と貧根、どちらが好きですか?」という文脈でモノとして比較されない我々男性はラッキーなのだ、とも思う。
 もっとも男の場合、その部分が巨か貧かは、外見からはなかなかわからない。君がヘンリー8世でもない限り……。

..............................................................
 世の中には、自分が「見たい」と望むもの、あるいは「見るであろう」と予期するものしか目に入らないタイプの人たちがいる。そして、実際に見たものが自分の予想や期待とズレている場合、彼らは脳内で勝手に改竄するのだ。

 今年5月、わたしはアメリカで頻発する銃乱射事件にまつわるツイートを発信した。https://twitter.com/QB_MARUYA/status/998451959668486144

 そこでのわたしは、この手の事件の多さに閉口し、体制側の無策を嘆いただけだ。しかし、そこに絡んできた奇特な御仁が! 全く関係がないロンドンの硫酸事件等を引用するロジック破壊力に唖然としたが、この自称「アラフォー専業主婦」は、どうやら自分の脳内にプロファイルされている「銃規制法を万能と崇め奉っている馬鹿リベラル」像にわたしを当てはめ、論敵と見なしたらしい。
 この人物のツイッターアカウントを見ると、プロフィールに#MAGAとある。つまり、Make America Great Againだ。脳内がテキサス親父! 「アメリカ右翼に憧れ、アイデンティティの危機に陥っている日本人」と理解しておこう。まあ、こういう人物に攻撃されるのは仕方ないね。

 しかし。
 よく知らぬ相手に間違った仮定を当てはめ、自分が見たいものに改竄しながら暴走するのは、右翼たちの専売特許ではない。残念ながら。

 我が『プラスサイズモデルの傲慢』ツイートを読んだ一部の人たちは、「丸屋九兵衛はプラスサイズモデルという存在・職種を全否定している!」と誤読したようなのだ。わお、読者の知性を過大評価した芥川龍之介みたいな目*に遭ってるぞ、わたし。
 芥川のケースと違って皮肉なのは……上記の誤読がきっかけでわたしを攻撃してきた人たちは――予想できる通り――揃いも揃って「マイルドリベラル」と見えるのだ。多様性にまつわる言及が多かったり、現政権に批判的だったり、反レイシズムだったり。
 この時、わたしが感じた当惑を喩えるなら……「救済対象のはずの白人貧困層の無知と誤解によって頓挫しかけたオバマケアみたいな気分」だろうか。

 かつてハマザキカクが「左翼が嫌いになった」と語った理由がわかった気がする。ま、今回の件でわたしが痛感したのは好悪の念ではなく、「こうやってリベラルは味方を減らす」という事実のみなのだが
※もっとも、わたしは自分を「リベラル」とは思っていない。もっと左側だ。目標は「国民国家を崩壊させること」なので。

..............................................................
 「他人とは逆の方向を見る習慣がある者に、心理的誘導は効かない」。そんなことを言ったのはパタリロ・ド・マリネール8世殿下だ。
 「ナチュラルボーン悪魔の代弁者」と呼ばれる丸屋九兵衛にも、この資質は当然ある。 だから考えてみよう。「痩せすぎは体に良くない」、それは当然だ。 
 では、その逆は?

 藤井は身長163センチ、体重80キロ。80÷1.63÷1.63=30.11027...
 だからBMI(Body Mass Index)はおよそ30.11となる。

 WHOによる判定基準では「肥満=BMI30以上」。だから、藤井は「かろうじて肥満」という境界線上にいるように見える。
 しかし。日本肥満学会は「肥満=BMI25以上」と定義しているのだ。30を超える彼女の分類は「肥満2度」だ。
 25と30、この差は如何に?

 日本肥満症予防協会は説明している。「日本人はBMI25を超えたあたりから、耐糖能障害、脂質異常症、高血圧といった合併症の発症頻度が高まる」と。
 アメリカでも「アジア系は他人種と比べ、ちょっとぽっちゃりしている程度でも健康リスクを抱えやすい」という認識がある。米国糖尿病協会の基準はさらに厳しく、「アジア系は(25ではなく)BMI23を超えた段階で糖尿病検査を行なうべき」とまで指摘しているのだ。
 これでわかる通り、BMI30.11は割とリスキーだぞ。

 さて。
 ここで健康と正義を取り違える人たちなら、今度はプラスサイズモデルに減量を奨励するかもしれない。だが前回の『真夏のヴィーガン・ヴァイオレンス!』で書いたとおり、他人の健康はわたしの知ったことではない。
 勝手に太って、勝手に病め。勝手に痩せて、勝手に病め。
 That's your problem, not mine.

..............................................................
 話を藤井の文章に戻す。
 これがプラスサイズモデル自身ではなく、傍観者の筆によるものであれば。第三者が客観的に「痩せすぎは健康を害する。だからプラスサイズモデルのプレゼンスが重要なのです」と冷静に書いていれば。わたしはすんなり納得し、応援していただろう。

 正反対に、藤井が自分をトリックスターと割り切り、リヴェンジを前面に打ち出して「ざまあみやがれ。このskinny b!t¢h!」みたいな論調で書いていたら。わたしは「おお、これはバッドアスやな!」と感心し、やはり応援しただろう。

 あるいは、このままの文章でも、最後の最後に「いろいろな体型の人が互いに認め合う社会を」というような一言があれば。文章全体に矛盾はあれど(ハフィントンポストではなくcakesなので文章力を云々しても仕方ない)、わたしは納得しただろう。

 上記三案のどれであれ、炎上には至らなかったに違いない。

..............................................................
 もちろん。
 そもそも、わたしが口をつぐんでさえおけば、こんな厄介ごとは避けられたわけだが……それはできない相談だな。

 Cuz you can't keep a bad fox down.

..............................................................
【注釈】
 読者の知性を過大評価した芥川龍之介みたいな目*=関東大震災の後に書かれた「大震雑記(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/3762_27361.html の「五」)」を参照のこと。

 

関連書籍

こちらあみ子

トゥパック アマル・シャクール

ゲットーに咲くバラ 2 パック詩集【新訳版】

パルコ

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入
こちらあみ子

丸屋 九兵衛

丸屋九兵衛が選ぶ、2パックの決めゼリフ

スペースシャワーネットワーク

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入