金田淳子

round.5 平成31年度東京大学学部入学式 祝辞(上野千鶴子)

漫画・アニメ・小説・ゲーム……さまざまな文化表象に、萌えジャージにBLTシャツの粋なフェミニストが両手ぶらりで挑みます。うなれ、必殺クロスカウンター!! (バナーイラスト・題字:竹内佐千子)

 今回の「フェミニスト両手ぶらり旅」の題材は、私がそれなりに知っている人(恩師)の発言なので、厳密には「両手ぶらり」(ノーガード)で挑んでいるわけではない。
 とはいえ、私は上野千鶴子ゼミでは他の追随を許さぬ不良学生(※不良債権という意味)だったので、面目なくて数年間お会いできていない。ここ半年間に至っては、「刃牙」シリーズという、上野先生が一生ぜったいに読まないであろう格闘マンガのことしか考えられない廃人になっている。
 そういうわけで、上野先生が今年の東大の新入生に対して祝辞を述べ、それが話題になっているというニュースは、私にとってなにか「急に内側に入って来た」という感じがあった。

 さっそく祝辞のページを開いたが、半分も読まないうちに、私は泣いた。感動で泣いたのではない。ここ最近の許されざる入試不正、数々の性犯罪、さらにそれらを糾弾するのではなく容認する、SNS等での発言の数々を思い出し、怒りと悔しさ、ふがいなさで泣いたのだ。 

 長くもないし難解でもないので、まだ読んでいないという人がいたら、ぜひ今、原文を読んでほしいが、私なりに以下に要約する。

 受験という最も公正だと思われてきた場にすら差別と不正があり、女性は人生の早い段階で意欲をくじかれている。東大で2割しかいない女子は自分の学歴を他人に隠しがちである一方、東大男子はエリート意識を肥大させがちで、甚だしい者は他大女子を見下し集団で性的暴行するという犯罪までも犯している。東大の現状は男女平等ではない。このように個人のがんばりが公正に評価されないこの社会で、しかし被差別者である女性、障碍者、在日韓国人らは、その経験と抵抗運動の中から新しい学問を作り出してきた。不公正のはびこる社会で、条件に恵まれて、個人のがんばりを認めてもらって入学することができた新入生(あなた)たちには今後、自分のためだけでなく、がんばっても認められない人たち、がんばる意欲すらも削られた人たちのためにその能力を使い、新しい学問を生み出す人になってほしい。(以上、私なりのまとめ)

 ぐうの音もでない正論であり、たまたま恵まれて合格し、これから最高の環境で存分に学ぶことのできる学生たちに対して、こんなにふさわしい祝辞は無いと思った。怒り涙と悔し涙に濡れていた私だが、祝辞の後半に至り、上野先生の講義を初めて受けたときの知的興奮を思い出さずにはいられなかった。

 この祝辞について、一部のテレビ番組やSNSでは、「女性が自ら選んで東大を受験してないだけだから、差別じゃない」だの、「弱者の甘えだ」だの、「上野自身はその能力を被差別者のために使ってきたのか」だの、批判が出ているようだが、正直に申しあげて「それ全部この祝辞のなかに回答が書いてありますよ」「読解力ゼロですか」と思う。何度も読め。それでもわからなければ、フェミニズムやジェンダー論の本を探して最低50冊読め。

 中には「祝われてなくて学生がかわいそう」という批判もあるようだが、どの大学の祝辞も、「おめでとう! アンタにゃ惚れちまったよ! レッツパーリィ!」みたいな内容ではないと思う(そういう祝辞が本当にあったら面白いのでぜひ教えてほしい)。私調べで恐縮だが、「気を引き締めろ」「こういう学生になってほしい」という訓示が主流だろう。

 この祝辞を読んで、昔のことをいろいろ思い出したので、この後は思い出をつづっていきたい。いつもはアナルの話をしている私だが、かつて一浪して東大文科1類(法学部)に入学している。確か93年入学なのだが(うろ覚え)、その時の入学式では、新入生たちの多くが延々とでかい声で私語していて態度が悪すぎたので、総長(東大では学長のことをこう呼ぶ)が開口一番、マジギレしていた。マジギレされているのに、私も、私の周囲の新入生も、照れ隠しなのか冷笑なのか、ニヤニヤしていた。いま思い出すと奇声が出るほど恥ずかしく、あのときの私を転蓮華(「刃牙」に出てくる技の名前)で殺したい。ちなみに「マジギレしていた」ことが印象深すぎたので、総長の話の内容は覚えていない。本当に情けない。

 上野先生もよくよくご存じなのだが、あえて祝辞ではおっしゃらなかったこととして、東大女子のエリート意識がある。東大男子より出身階層が高めなので、男子以上にエリート意識が高い人も見受けられた。1年生時、「親が大蔵省(当時)だから、私は外務省かな~」などと、既定路線のように将来の夢を語る女子を何人も見た。両親が地方都市の中小企業被雇用者だった私は、「自覚はないんだろうけど、なんか怖いな」と思っていた(ちなみに、中央省庁の中でも、大蔵、通産、外務以外をめざすのは、よほどの理由がなければ意識が低いと思われていた)。もちろん、向上心を持つ自由だけでなく、気持ちの悪いエリート意識を持つ自由は、男子だけでなく女子にもあるので、価値中立・リベラルになんでも平等を進めるならばこれでいいのだが、突き詰めると、この連載第4回でも触れたように、「合法的に殺人する自由・弱者を差別し搾取する自由を女性にも」という主張に近い話になってくる。少なくとも、私はどうしても人として好きになれなかった。

 文学部はそうでもないと後で知ったが、法学部の男女は(もちろん全員ではないが)全体的に頭がおかしかった。私がたまにする昔話だが、彼女ら彼らは議論などのとき、自分たち以外の人間のことを「国民」と呼び、いつも統治者目線で話をしていた。ジオン軍の総帥になりきっているのではなく、マジなのだ。「日本銀行」のことをわざわざ「政府系金融」と言ったりもする。そして新歓の時点で「君はコクイチ? シホウ?」という問答を交わす。私は田舎者なので意味がわからなかったが、「コクイチ」とは国家公務員一種試験(当時)、「シホウ」とは司法試験のことで、つまり「将来、どちらを受けるか」という問答である。二択なのだ。民間企業は、それがメガバンクであろうとテレビ局であろうと負け組。だからこそ「日本銀行」ではなく「政府系金融」(民間とは違うのだよ、民間とは)と表現するのだ(とはいえ現在は多分、さすがにそこまで就職先を選べる状態ではないと思う)。

 上野先生はたまに、「自分の実力でのしあがってきたし、女性差別を感じたことなんてない」とうそぶく若い女性について、呪詛のようなツイートをすることがある。それで以前、かなり多くのフェミニストを怒らせていたが、長年師事していた私には、「東大法学部の一部の女子みたいな、支配者側に立ち、喜んで格差を拡げようとする人」を指して言っているとわかった。東大法学部で一時期、あの気持ち悪い空気に染まって出世してやろうとがんばっていた(だが努力が足りず出世できなかった)私が、上野先生がうっかり出してしまった呪詛を引き受けるので、上野先生の言葉足らずのツイートについては少しだけ許してあげてほしい。

 東大女子の中には、このように男子に負けじと、気持ちの悪さを秘めた人が混じっているのだが、祝辞にもあった通り、東大で男子から全く差別されていないわけではない。現在も「東大男子と他大女子だけが入れるサークル」が存在しているらしいが、私はさすがになくなったと思いこんでいたので驚いた。そんなサークルを選んで入っている時点で気持ちの悪い男子なので、私は別にかかわりたくもなかったが、まあ、学問の場で堂々とやることではないだろう。

 ちなみに、「東大女子は学歴が高すぎて敬遠されるので、東大男子以外とは結婚できない」という話は、学生間でよく噂されていて、「東大にいる4年間の間に彼氏を作り、がっちりつかまないと、生涯、未婚になる」「実質的には、1年生の秋のイチョウを見るまでに彼氏を作らないと、生涯、未婚になる」とも言われていた(なぜだんだん時期が狭まっていくのかは謎)。私は結婚したいと思ったことがないので、「あ、そうですか」と思っていたが、クラスの女子の一部は誇張抜きで、勉強と同じぐらいパートナー選びをがんばっていた。
「東大女子が敬遠される」ということについては、その後、私も初対面の男性に大学名を言った途端、「バカにされちゃうかも~」とおどけた態度をとられたり、「勉強ばっかりしてて他が疎かじゃないの」と急に説教されることを何回か経験したので、私の顔や性格が悪かったせいかもしれないが、あながち嘘ではないと思う。

 私は1年生の春、みんなで勉強する系の有名サークル「行政機構研究会」に入ることにしたが、友達ができなかったので、真面目に参加していなかった。駒場祭では思想家を招いて講演会をやったが、その時、男子学生から「女の子が、講演者にお茶を出して」と言われたことを、いまも覚えている。当時すでに、職場の「お茶くみ」という雑事が女性に押しつけられていることは問題視されていた。「なんで男子じゃだめなの?」と聞くと、「そりゃ、女子がお茶出したほうが講演者さん(男性)は嬉しいでしょう」と言われた。そのとき、私が素直にお茶を出したのかどうか、ちょっと覚えていない。もう一人いた、こういうことにいちいち反論しない女性がやってくれていた気がする。そのサークルは半年ぐらいでやめた。

 私は法学部を卒業した後、フェミニズムを勉強するために文学部に入りなおし、院進学することにした。それを聞いた男性の先輩が、間髪入れずに「婚期遅れるよ」と言った。「私は結婚しないですよ」と返事をすると、不満げに引き下がったが、その後、「君たちフェミニストは、対案を出さずに文句ばかり言ってくる」「子育てを家族が担わないとしたら、誰がやるの? 国がやるなんてディストピアSFみたい」と絡んできたことも、よく覚えている。いま現在、子育てを家族だけ(多くの場合、母親だけ)が担う状況になってしまった家庭で、追い詰められた母親が行政を頼ったが助けてもらえず、子供を殺してしまうという痛ましい事件まで起きている。この事件について、先輩は何を語ってくれるだろうか。

「ブス認定された女子は、飲み会で男子から話をしてもらえない」など、もっとえげつない話もあるのだが、これは残念ながら東大だけではないだろうし、このあたりにしておく。そんなこんなで、正直言って25年前の東大、特に法学部は、皆様に自信を持ってお見せできるような場所ではなかった。もし93年に、上野先生が同じ祝辞を捧げてくれたとしても、新入生の多くが、私語をしつづけて話を聞くことすらなかったのではないかと思う。
 しかし、あれから四半世紀が経っている。「せっかくの入学式に、厳しいことを言われたな」と不満に思った学生もいるだろうが、「上野先生の言っていた、新しい学問とは何だろう」と考えてくれる男子学生が、そして女子学生が増えていると思いたい。たった一人でもいい。そんな学生さんに向けて、OGとして私からも言わせてほしい。ようこそ、東京大学へ。

【おまけ】
☆こんなに東大法学部になじめなかった金田が、そもそもなぜ東大法学部に受かったのか?衝撃の勉強法が明らかに!
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☆尊敬する恩師に会いに行き、有意義な歓談をすることよりも、この半年間、金田の中で優先されていた「刃牙」とは!?
乙女の聖典 女子こそ読みたい「刃牙」シリーズ~その1「刃牙」を9冊読んで頭がおかしくなった女の戦い

 

 

 

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