丸屋九兵衛

第25回:2020年の偶像崇拝ワンダーランドと、基本的人権を否定される天ちゃんの物語

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 ディーン・フジオカと知り合ったのは2012年4月6日、渋谷のclub asiaでのこと。その日はblock.fm主催のblock.partyであり、そのイべントのスペシャルゲストとして来日したのが我が友、台湾のDJ Noodles(DJ麵麵)だった。
 そのNoodlesに紹介されたのがディーンだ。しかしNoodlesが「QB, this my boy Dean. Dean, this is QB」という雑な紹介しかしなかったため、ディーンもわたしも互いに国籍も民族も母語もわからず。明け方までの数時間、英語でさんざん話した後に、両名とも相手が日本人であることを発見したのだった……。
 Anyway, その時点では台湾を拠点としていた彼にとっては、日本初仕事である映画『I am ICHIHASHI 逮捕されるまで』のポスト・プロダクションの時期だったのだと思う。

 その年末、わたしが台北に行った時。ディーンは仲間を集めて、歓迎会を催してくれた。もちろんDJ Noodlesも参加し、「夏にディーンの結婚式でDJを担当したよ」と聞かされた。
 ポイントは、2015年9月からの『あさが来た』でブレイクした時点でディーンが既婚者だったこと。
 それによって百難を避けることができた、と思えるからだ。
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 わたしが特に好きなK-POPグループに、「EXO」がある。

 EXO-KとEXO-M、6人編成のユニットが二つで計12人。KとはKorean、MはMandarinの意味であり、つまり韓国語組と北京語組だ。二つのユニットは、同一曲が入った同一タイトルのアルバムを同日に発表するが、言語だけは違う。初めて聞いた時、わたしはその発想に感心したものだ。北京語の母語話者人口は世界最大、それを利用しない手はない。
 だが、EXO-Mからは離反者が続出。M組リーダーのKris Wu クリス・ウー(中国系カナダ人)を皮切りに、Luhan ルハンもZ.Tao タオ(両名とも中国人)も脱退した。最後に残った中国人であるLay レイは、実質的にはグループと別行動をとり、中国とアメリカで活躍中。実質8人編成になったEXOをKとMを分けても仕方ないので、2ユニット制度は廃止されている……。

 そんなEXOのメンバーで、もともとM構成員だったチェンことキム・ジョンデは、同じく元M組のシウミンと並んで北京語ができる韓国人。
 この1月、そのチェンが突如として結婚を発表し、さらに相手の女性が既に妊娠中とも明かした。インターネットに飛び交う、困惑、失望、あるいは怒りの声。
 あっという間に「グループからの脱退を求める」という運動に発展した。
 ……メンバーには純潔を求める、ということか? EXOは『ゲーム・オブ・スローンズ』の「ナイツウォッチ」なのか? 大変なのだなあ。アイドルというものは。

 満年齢27歳に達したホモ・サピエンスの結婚が、これほどまでにタブー視されるのはなぜだろう。
「アイドルたるもの、ファンにとっては疑似恋愛の対象。それで稼いでいるのだから、私人としての恋愛を悟られてはならない」と訓戒めいたものを垂れている日本人もいたが、なるほど。子持ちでもセクシーだとかMILF(……ジョン・チョウを責めてください)だとか持て囃される米欧とはえらい違いである。
 少子化、やむなし。
 韓国も、日本も。
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 TOKIOの城島茂は、48歳にして24歳のグラビアアイドル菊池梨沙との結婚を発表した。ほぼ同時に、菊池が妊娠していることも公にした。

「なんだ、その年の差は」「ロリコン野郎」という声は聞かれたが、彼が独身を卒業することを惜しむ意見はあまりなかった……ような気がする(あくまで「わたしが見聞きした範囲では」だが)。
 なんとなれば、彼に対する「疑似恋愛対象」需要は――失礼ながら――かなり目減りしているからではなかろうか。それとは別の方面で愛されるキャラクターとしての人気が確立されており、ゆえに結婚が許可された……と想像する。
 冠婚葬祭のうち、少なくとも冠と婚は当人の生における節目だ。その「成人」と「結婚」の想定年齢がだいぶ離れているとしたら、江戸時代の商人にも似ている。

 江戸時代の商家、そこにあったのは擬似家族的な徒弟制度。10歳前後で年季奉公で商家に入ることとなった子どもは、10年ほどの丁稚奉公ののち、手代に昇進する。そこからまた10年ほど続く競争に勝ち抜くと、晴れて番頭になるわけだ。擬似家族的と呼ぶ所以の一つは、手代までは住み込みが原則であること。番頭になって初めて住み込みという束縛から解放され、よそに自宅を持っての通勤が許される。そして結婚も、番頭になってようやくゴーサインが出るのだ。
 番頭の地位に至る想定年齢は30歳前後。まだまだ若く思えるが、人生が50年前後だったと考えると、けっこうな城島茂ではないか。

「真社会性」という言葉がある。ミツバチ、スズメバチ、アリ、シロアリなど「少なくとも親子二世代が共存」「不妊カーストの存在」を特徴とする動物(主に昆虫)に使われる表現だ。
 ホモ・サピエンスには真社会性などないはずだが、しかし、局地的には存在するようにも思える。江戸時代の商家に勤める若造どもと、アイドルという業界に身を置く人々と。
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 俺の仕事は偶像。
 そう言い切ったのは、ディーンとわたしの共通の友人でもあるSKY-HIこと日高光啓である。

 Idolという言葉。それは、本来意味していた「偶像」とは遠く隔たったように思えるが、こうして折に触れて原義を再訪すると、気付かされるものがある。
 それは……神が偶像に刻まれることがあるのと同様に、偶像は時としてデミゴッド(半神)のように讃えられ崇められること。
 そして、神には神の特権があるが、神であるがゆえの制約が課せられることも。

 神を崇拝する信者たちは寄進し、神は寄進によって生き永らえている。
 しかし神を崇め奉っているはずの信者たちは、同時に、神に対して注文をつける立ち場でもある。そんな注文の一つが「純潔を守るべし」。そう要求する信者の方は、自由に恋愛も結婚もできるというのに。
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 山本弘に「地球から来た男」という短編がある。わたしが初めて読んだのは『SFマガジン』2010年2月号だ。のちに文庫本『アリスへの決別』に収録された同作は、本当に素晴らしい。

 22世紀。宇宙船で発見された密航者は、平均寿命200年を超えるご時世に、抗老化処置や遺伝子コーディネイトを全く受けていない、珍種の東アジア人青年だった。
「私が属する集団では、個人の意思で遺伝子を変えることが許されていないのです」と説明した青年。その集団内では同性愛まで禁じられていると判明し、「大時代的な禁忌を貫いているカルト集団出身のおぼっちゃま?」と憶測が憶測を呼んでいた彼の正体が、ある国のプリンスであることが判明する。ただし、「何世紀も前から政治的な実権などなく、外国から来た元首を歓待したり、国民を表彰したりの儀式的な行為が主な仕事」というロイヤル・ファミリーの出身だ。
 彼ら一族を崇拝する国民たちが「Y染色体不可侵の原則」を信奉しているために――何の変哲も無いY染色体に手を加えず、「万世一系」を貫くために――彼らロイヤル・ファミリーに遺伝子コーディネイトを認めないのだという。自分たち自身は、抗老化処置を受けまくっているというのに。
 青年は「私たちは国民から愛されています。しかし、人として愛されているのではないのです」と嘆くのだ。
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 チェンに対する「グループからの脱退要求」の話に戻る。
 そうした動きに対してチェンを擁護する声も、もちろんあった。ただ、先の脱退要求運動の発信源が韓国だった(らしい)ことから、「やっぱり韓国人ファンはこわい」「私たちがいちばん本人たちのことを考えてあげてる」と結論づける日本人ファンもいる。興味深い。

 さらには、こんな主張もある。
「脱退なんか要求しちゃダメ! 続けたくても続けられず解散していったグループもいるんだから」
「EXOはwe are oneなんだから」

 EXOだけではない。最近の世相を見るに、アイドル・グループの誕生、その存在を「天啓」「運命」「神意」と神聖視しているように聞こえるのだ。
 わたしだって時にメンバー同士の相性の絶妙さを感じはするが、冷静に考えれば、オーディションで選抜されたメンバーを事務所が組み合わせて生まれた集団であろう? そこに天命を感じるとしたら、「神がヴォート社と私たちを引き合わせたのよ!」と断言したスターライトの母のようではある from 『ザ・ボーイズ』。
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 チェンの結婚発表は今年1月13日。
 となると、「続けたくても続けられず解散していったグループ」として連想されるのはX1である。その1週間前の1月6日に解散が発表されたから。

 2019年のオーディション番組『PRODUCE X 101』から生まれたX1は、そのデビュー後に同番組シリーズにおける投票操作が発覚したことで、存亡の危機に立たされ……すったもんだの挙句に、解散が決まった不幸なグループだ。
 しかし、その解散の原因が「投票操作の発覚」だということは興味深い。そこが日本なら、恣意的な操作があって当たり前だからだ。「投票に基づく」が前提としても、そこに「有識者」たちの声が加味されちゃったりして、結果はどうにでもなる。それを知っているわたしには、操作がバレただけで逮捕者まで出る韓国の頑なさが新鮮だった。
 だが、グループをプロデュースし、マネージメントするのは視聴者ではない。ノウハウを心得た裏方たちの意見が全く汲み取られないまま進むとしたら、それはそれで大胆やな、とは思う。

 投票、といえば。
 わたしを困惑させるのが「推し」という発想だ。
 自分がいいと思えるものを人に勧める。それならわかるが、彼らを駆り立てているのは、わたしがJoe Davisの音楽を推薦したり、ハニヤ・ヤナギハラの本を人に贈ったりするのとは違う何か……はっきり言うと、宗教的情熱のように見えるのだ。
「推し」グループをチャート上位に食い込ませるために、「今回のCDは安いから、いつもの倍の枚数買える。いっぱい買ってチャート制覇を!」とツイートしたり。
「推し」メンバーを「センター」にするために、同一のCDを数百枚購入、処理に困って福岡の山中に捨てたり。

 いつぞや、とっても煩わしい『スター・ウォーズ』ファンに「サムライの要素も入ってるから、『スター・ウォーズ』は見るべき」とひつこく勧められ、逆に「絶対に見ない」と決めたわたしは、トレッキーであり、神道信者でもある。つまり「布教」という情熱とはあまり縁がない人種だ。
 だから、文化的拡張主義を目の当たりにすると困惑するのである。
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 もちろん、宗教に必要なのは多幸感と一体感だ。

 つい先ごろ見かけたのが、あるアイドルの特別な記念日を祝してファンたちが思い思いに書いたツイート。
「●●●を好きになって良かったし、推しである事が私の誇りです」
「誕生日でもデビュー日でもないただただ特別な日。●●●とファンが共有する日。愛が溢れる日。そして愛を再確認する日」

 ……どんなドラッグをやったら、ここまで酔えるのだ?
 脳内麻薬は、どんな向精神性薬品より強力。それははわかっちゃいるが。
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 最初に書いたように、わたしはEXOファンである。だが、「続けたくても続けられず解散していったグループもいるんだから」「EXOはwe are one」と聞くたびに、EXO-M脱退組のことを思う。
 EXOで得た名声を踏み台にビジネスチャンスを捉えて独立、今や中華圏でたくましく稼ぎ続けている中国人&中国系の青年たちを見ても、それを言い続けるんだろうか?

 ハリウッドに進出したクリス・ウーを筆頭に、ルハン、タオらの脱退組。そして幽霊部員的に在籍しながら、ソロ・アルバムを米『ビルボード』誌21位にランクインさせたレイ。
 ルハンに至っては『フォーブス』誌の「中国芸能人長者番付」で2位を獲得! その上を行く1位はファン・ビンビン(范冰冰)だ。そう、所得隠しがバレて、中国共産党に軟禁されていたらしい女優である(何をどう考えたら、中国共産党から隠し通せると思えるのだろう)。つまりルハンが実質1位なのだ、凄いのだ。

 天命説に従うなら……彼らは――『水滸伝』の晁蓋のように――元からEXOの「we are one」に含まれていなかったのか。それとも、現状が彼らの天命なのか。
 クリス・ウーならそんなことは意に介さず、「All I think about is money all the time / I be so selfish」と笑い飛ばすかもしれない。