「ていねいな暮らし」の戦時下起源と「女文字」の男たち

戦時下の「共助」論

防毒マスクと「女生徒」

9月14日に行われる自民党総裁選挙に出馬した菅義偉氏は、「自助・共助・公助」を打ち出しています。今では自然にセットで使われているこれら三つの言葉には、実は別々の来歴がありました。
戦時下に使われた「共助」という言葉が、いかに「日常生活の共同化」そして「身体の機械化」へと結びついていくのか――。
コロナ下で提唱された「新しい生活様式」への違和感を解き明かした『「ていねいな暮らし」の戦時下起源と「女文字」の男たち』にもつながる、大塚英志さんのエッセイです。

 一躍、というよりはいささか唐突に最有力候補に躍り出た感のある菅義偉が自民党総裁選への出馬を表明する記者会見で、総裁選で訴えるべき政策として掲げたのが「「自助・共助・公助」で信頼される国づくり」であった。「イチゴ畑」出身(ウォール・ストリート・ジャーナル)、パンケーキ好きの「かわいい」首相候補(どうやら安倍晋三から菅が継承したのが「かわいい」性であったらしい)として今や圧倒的支持を受けるが、この「自助・共助・公助」だけは相応に批判を浴びた印象がある。そもそも掲げた政策の基本方針だけ評判が芳しくないのに一挙に支持されることになってしまった首相候補というのは、ぼくには理解できないし理解する必要も感じないが、それでも批判の対象となり得たのは新自由主義や自己責任論の気配がこれらの語の連なりに感じられたからだろう。
 そういう気配に対して「ハフポスト」が「自助・共助・公助」は阪神淡路大震災を契機に広がった防災標語であると妙な主張をしたが、これはミスリードで、この3語を同時に含む文献は国会図書館の検索に限っても1995年から2002年まで0件か1件、2003年で3件と震災の年を境とする変化は見られない。むしろ急増するのは2012年の第二次安倍政権発足後である(図1)。

2020年 (10件)
2019年 (12件)
2018年 (25件)
2017年 (12件)
2016年 (15件)
2015年 (7件)
2014年 (10件)
2013年 (25件)
2012年 (25件)
2011年 (11件)
2010年 (11件)
2009年 (6件)

図1 国会図書館の「自助・共助・公助」検索結果(2020年9月7日時点)

 2011年の東日本大震災の影響でこの時は自然災害への自助・共助を求め公助の限界を説く論考も登場するが、そもそも阪神淡路大震災の時にはなかった自然災害自己責任論が安倍政権下で増えるのは、政権の政策とやはり関わりがあると考えていい。第二次安倍政権における「自助・共助・公助」論は、社会保障の見直し論が中心的な用いられ方である。「自助・共助・公助」論はその意味で、新自由主義的自己責任論を意味する「安倍用語」と言えるのかもしれない。

†「自助」「共助」「公助」の出自
 しかし、すこし振り返ってみれば「自助・共助・公助」の3語は日本語としてはそれぞれ出自が違うことに気付く。
「自助」は明治初頭、サミュエル・スマイルズの『自助論(Self-Help)』が『西国立志編』として翻訳出版されて広がり、自由民権運動の政治結社「自助社」あたりに遡れる。
「共助」は明治期には国家間の司法の協力関係を意味する限定的な語として使われるが、明治38(1905)年、柳田國男が帝大在学時、農政学の教員であった松崎蔵之助の産業組合論『農業と産業組合』の中に「協力共助の美風を回復すべし」なる一説が見られ、しかし昭和初頭から戦時下にかけては改めて詳しく述べるが、「隣保共助」という言い方で翼賛体制を支える語の一つになる。
 対して「公助」は全く新しい造語で1980年代初頭から散見される。文献検索では1980年代以前は人名、あるいは犬の名として「公助(こうすけ)」が引っかかるのみである。「公助」が「こうじょ」として登場するのは「自助」と「公助」とセットになってからであり、1984(昭和59)年10月の閣議で報告された翌85年度の「厚生白書」にみられる「福祉ニーズのうち、個人や家庭では対応し難いもの、普遍的で基礎的なものは、公的部門が対応。一方、個人、家庭、地城社会、企業では自立・自助を基本に、相互扶助の機能を発揮することが期待される。それ故、 ボランティア活動が重要だ」(「朝日新聞」1984年(昭和59年)10月19日)というくだりは「公助」という語こそ用いられないが、「自助」「相互扶助」「公的」の分担が主張される。これを報じる記事には「人生80年時代は自立・自助精神で」「行政むしろ脇役」の見出しが「朝日新聞」に踊る。見出しから受ける印象は肯定的である(図2)。

図2「人生80年時代」における「自助」を謳う(「朝日新聞」1984年10月19日夕刊)

 

†リベラル用語から安倍政権のレガシーへ
 3語ワンセットの併記としては福祉をめぐる民間の議論や国会での議論で用いられ始め、1987(昭和62)年の厚生白書にはこうある。

 社会保障制度の再構築=基本的考え方として(1)経済社会の活力を維持する(2)自助、互助、公助、つまり個人・家庭、地域、公的部門の役割分担を原則とする(3)社会的公平と公正を確保する(4)すべてを公的部門によるサービス供給とするには制度的、財政的に限界があり、公と私の役割分担をする。
(1987年1月9日「朝日新聞」夕刊)

 つまり、社会福祉政策の見直し、というよりは限界論として「自助・互助・公助」があからさまに用いられている。「互助」と「共助」の違いこそあれ、菅の語法と全くと言っていいほど変わりがない。この白書は「2021年に高齢化ピーク」がやってくることを踏まえたもので、「自助」や「互助」による社会保障の制限に留まらず、一定の高齢者も生産年齢人口とみなし、なだらかな引退を促す、つまり高齢者の定年後の就労を促すものだ。
 この「自助・共助・公助」論は、福祉見直し論が「連帯」や「ボランティア」などという言い回しとセットで登場し、それ故、当初は、リベラルにウィングを広げた印象がある。1984年の白書を閣議で承認したのは、自民党と新自由クラブの連立政権である。福祉の「自助論」「共助論」自体は、朝日新聞の社説も支持している。この後も細川内閣や新進党時代の小沢一郎、民主党政権時代の野田首相も用いている。小泉政権下で主として「自助」の意味が拡大したという指摘もある。一種の政治改革用語でさえあった。「改革」を唱える安倍政権が継承したのは当然の成り行きである。しかしその本質があからさまな福祉自己責任論であることを再認識させたのは、安倍政権の新自由主義路線の賜物ではある。その意味で「自助・共助・公助」はやはり、安倍政権のレガシーといえるかもしれない。

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