丸屋九兵衛

第33回:静かなる文化大革命の日本を生きる。一億総阿Q化と「橋下徹=子ブッシュ」説

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 わたしは香港映画が好きだ。よって、我が家のBlu-ray/DVD棚ではショウ・ブラザーズやゴールデン・ハーヴェストの勢いが強い。

 その中の一つに、1972年の『水滸伝』がある。もちろん現地タイトルは繁体の『水滸傳』。英題は例によって混乱しており、The Water MarginだったりOutlaws of the Marshだったり、時にはSeven Blows Of The Dragonだったりする……そんな作品だ。
 水滸伝なので登場人物たちの把握が大変だが、この映画で扱われているパートに関して主人公にあたるのは燕青と盧俊義。燕青を演じたのはデイヴィッド・チャンこと姜大衛、そして盧俊義はなんと丹波哲郎!
 さらに梁山泊の宿敵、史文恭を演じるのは黒沢年雄なのである(当時は年男)。

 この映画のBlu-rayに収められた映像特典で、黒沢はこんな趣旨のことを語っている。「ショウ・ブラザーズ側は仲代達矢と三船敏郎が欲しかったらしいけど、二人とも高くてね。そんなわけで、それぞれの安価バージョン、つまり丹波哲郎と僕になった」。
 丹波哲郎はなんといっても盧俊義なので、映画の中ではとても大きな存在だが、映像特典のインタビューの当意即妙さでは――失礼ながら――全くもって黒沢年雄に及ばない。というより、黒沢の語りが面白すぎでなのある。

 そんなこともあって黒沢には好意を抱いていただけに、残念だったのだ。
 先日の「バカな僕よりバカな方がいる」発言が。
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 曰く。

「一部の学術会議の方々の話を聞いているが、バカな僕より、バカな方がいる。中国や、北朝鮮から攻撃されたら、どう対処するのか質問されたら…話合いをして解決するべきだ…の答え…。それは子供の思想…」

「中国、北朝鮮は話し合いでは、絶対に解決しません…。根本的に思想が違うのですから…学術会議の一部の方の思想が…そちら寄りにしか見えません。僕とは教養が違うかも知れませんが…。僕の思想は日本人として…間違っていないと信じています」

 どうしてこんなに「…」が多いのかな。
「今井絵理子議員にノーパン疑惑」等が関連記事として挙げられる『東スポ』だが、かつての同紙はもっと破壊的に面白かったような記憶があるぞ。毎年のようにエルヴィス・プレスリーがFBI経営(?)の養老院で発見されたり。
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 ここでアメリカに目を移す。
 激戦の果て、大統領選を制したジョー・ライデン(民主党)。その勝利に胸をなでおろした人も多い……というより、この連載はそういう人しか読まないかもしれない(敵対的な人にも読んで欲しいものだが)。

 民主党といえば「中道左派」「リベラル」「国際協調路線」といったキーワードが浮かぶ。支持層として連想されるのは、都市住民、人種/民族的少数派、性的マイノリティ、女性、大卒者、IT関係、ハリウッドの皆さん、K-POPリスナー、TikTokユーザーといったところ。つまりは、テッド・ニュージェントの正反対を思い浮かべればよろしい。
 しかし、そんな民主党のルーツは第7代大統領アンドリュー・ジャクソンにある。

 アンドリュー・ジャクソンは、スコットランド系アイルランド系移民の2世で、独立戦争従軍経験を持つ最後のアメリカ大統領。そこまではいいのだろうが、自身が経営するプランテーションで黒人奴隷を酷使し、ネイティヴアメリカンへの弾圧を推進した男でもあった。
 そして彼は、今日でも民主党のシンボルとなっているロバ印のオリジンでもある。
 その由来は、敵対する共和党の皆さんがJacksonをもじってjackassと揶揄したこと。Jackassとは、直接的には雄ロバのことだが、その意味するところは「バカ」「愚鈍」「マヌケ」。それを逆手に取ってロバをシンボルとしたウィットは誉めたいところだが、アンドリュー・ジャクソンにはロバ呼ばわりされるだけの理由があった。
「教養がないことが売り」だったのだ。

 開拓最前線、フロンティアの中で育ち、正規の教育を受けられなかった叩き上げのタフガイ。そんな武骨な男がハードワークの末、人々の心を勝ち取り、ホワイトハウスにたどり着く。たぶん、それがアメリカン・ドリームの最高峰なのだろう、昔も今も。
 だが、「教養がないこと」をセールスポイントに民衆の支持を得て国家指導者となるのは、歪んだポピュリズムではないか。あまり健康的なこととは思えないのだ、わたしには。

 今、アンドリュー・ジャクソン大統領についてことさらに強調するのは、我が国でも――「教養がないことが売り」ではないにしても――「インテリ嫌悪」と「反知性主義」が手に手を取り合ってジワジワと浸透している感が拭えないからだ。

 日本バージョンの文化大革命が静かに進行しつつある、といおうか。
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 文化大革命とは。
 大躍進政策によって逆に大後退してしまった中華人民共和国で、その失敗により失脚しかけた毛沢東が主導権を再び握るべく仕掛けたカムバック政争である。
 時期は1966年からの約10年間。標的は「反革命勢力」。劉少奇ら「実権派」や、その支持者と見なされた共産党幹部や旧地主ファミリー、そして知識人が迫害された。
 彼らを追い詰める紅衛兵たちのファナティックさ。組織的・暴力的な吊るし上げが中国全土で吹き荒れ、「死者は40万人から1000万人、被害者は1億人」と言われる。1981年には、当の中国共産党が「文化大革命は中華人民共和国の創設以来、最も厳しい後退だった」と宣言したという……。

 本稿におけるポイントは、そんな文化大革命の熱狂の中で知識人が「反革命勢力」扱いされたことだ。
 知識人は反革命。よって、同時に全否定されたのが、大学や大学院といった教育機関でのエリート育成である。ゆえに、中国は産業後進国の道を自ら選択した、とも言える。技術レベルで欧米と競えるはずもない、竹のカーテンに隠された巨大な第三世界として、いくつかのディケイドを過ごすことになるのだ。
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 余談、その1。

 とある賢人によるこんなツイートを読んで、「知識人の受難、ここにもあり」と思った。


ワイの実父は、幼いワイに、「勉強しても無駄だ」と酒浸りながらよく話していた。
父が一番嬉しそうに話すのは、「東大卒が使えない話」と「東大卒が苦労する話」である。
ワイはある程度の歳になると、父の周りに東大卒などいないことを知った。父は幻影を本気で憎み続けていたのである。


 そして、TV界にも「東大生を見世物にしてあざ笑う傾向」があるらしい。
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 人々が心に秘めた知的エリートへの反発に火をつける、インテロフォビア(インテリ嫌悪)扇動者……といえば、「ドナルド・トランプ?」と思うかもしれない。しかし彼は「とっても安定した天才」を自称しているわけで、「反知性」を自らエンドースしているのではないのだ。
 さらに、「とっても安定した天才」という主張そのものを疑いたくなる彼の言動各種が、すべて「右派へのウケを狙った演技である」という可能性は今でも残されている。「アメリカを再び偉大に」「アメリカ・ファースト」デンデンのスローガン各種も騙されやすい共和党支持者に向けたセールストークであり、大統領職自体が自社関連企業への事業斡旋&利益誘導を目的とした巨大ビジネスだった……という解釈だ。
 かつては「もし私が大統領選に出馬するとしたら共和党から。あそこの支持者はFOXニュースが伝えることを全て信じる馬鹿ばかりだから」と90年代に漏らしたと言われたが、それは都市伝説らしい。とはいえ、トランプの真意は遠からんところかもしれないな……と今でも思う。

 ただし。アティテュード演出の意図だとしても、コロナ対策を放置した挙げ句に自分の支持層(マスクをしないうえに、トランプの提案通り消毒剤を飲んだりする人たち)の数を文字通り減らしたのは、なんにしてもまずかったね。
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「インテリ嫌悪」と「反知性主義」の点で我が国のトップを走るのは、おそらく橋下徹だ。

福島の汚染水、大阪湾で放出?「協力余地ある」松井市長:朝日新聞デジタル https://asahi.com/articles/ASM9K3RL0M9KPTIL006.html
大阪湾で流すのは費用がかかるので無理と言うのは実行力のないインテリの思考。まずは安全性の確認をして福島以外で少しでも流して全国民で負担する。その後東北や福島近海に。これが実行力。

 福島から大阪に持ってくることの是非はさておくとしても、なぜ「インテリは実行力がない」と決めつける? さらに、実行しないうちに「実行力」を宣言するのはどういう神経なのだ?
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 そして、時の菅政権も。

 安倍よりは賢く見える菅義偉(すがよしひで)総理大臣だが、日本学術会議の会員6名の任命を拒否したのは「反政府運動を懸念したから」らしい。これほど「ご当地版・文化大革命」の匂いがプンプンする物言いも少なかろう。「反知性主義的統制」と評されても仕方あるまい。

 この学術会議問題にも口を出したのが、我らが橋下徹だ。

日本の人文系の学者の酷さが次から次へと出てくる。こやつらは「自分は賢い!一般国民はバカ」という認識が骨の髄まで染みている。こやつらの共通点は、税金もらって自分の好きなことができる時間を与えてもらって勉強させてもらっていることについての謙虚さが微塵もないこと。

しかも社会に対して何の貢献をしているのかわからん仕事でも学問の自由の名目で許される。もう少し謙虚になれ。その謙虚さがないことが、学術会議に対して国民の圧倒的応援が生まれない原因だと、もうそろそろ気付けよ。


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 余談、その2。こんなツイートを見かけた。

高専卒だからどうとか、大卒だからどうとか、っていう議論がそもそも時代遅れで、その人の生産性や仕事の成果でバッサリ評価したらいい。仕事ができるかできないかだけでいい。

文科大臣「高専卒給与を大卒並みに」 産業界に要望: 日本経済新聞

「日系企業でNY駐在の金融屋」らしいが、本当だろうか?
 というのも、アメリカの学歴主義は日本よりずっとハードコアだから。それゆえにこそ、「MBAは公団住宅(という過酷な環境で生き抜く中)で取得した」というジェイ・Zの言葉に重みが出てくるのだし。

 わたしも学歴だけで人を語ることには反対だが、一方で、それだけ金と時間と労力を割いて何かを学んできたという事実を何も評価しないのもおかしな話だと思っている。
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 学歴といえば。

 本稿の主役たる橋下は、早稲田大学政治経済学部経済学科卒の弁護士である。なのにインテリ蔑視発言を繰り返す。
 それに喝采する人々も多いが……集団催眠か何かにかかってないか? 橋下の学歴は気にしないことに決めたのか?
 とにかく、インテリでありながら(と、自分と同じ大学を出た者をそう呼ぶのは妙だが)自分を「非インテリ」「反知性派」「教養スレイヤー」として位置付けんとするインテロフォビア扇動者・橋下の努力は、ジョージ・W・ブッシュ大統領(子ブッシュ)にも似たところがあると思える今日この頃である。

 町山智浩の『最も危険なアメリカ映画』の第12章に曰く、「アメリカの庶民は、仕立てのいいスーツを着たインテリよりも、ジーンズにカウボーイ・ハットで田舎訛りの男を信じる。それが見せかけであったとしても」。
 その実例として挙げられているのが、子ブッシュなのだ。

 ……テキサス州の下院議員に立候補した子ブッシュは、カウボーイ・ハットの民主党議員に「あんたは東部のボンやろ」と言われて落選。これを受け、選挙参謀は子ブッシュをテキサス風に改造することに。テキサス弁を身につけ、カウボーイ・ブーツを履いた子ブッシュは州知事に当選し、大統領に立候補した時も同じキャラクターで突き進んだ……。
 冷静に考えれば、副大統領として2期8年、大統領としても1期4年を務めた男の息子である。億万長者エリートでないわけがない。本人の学歴だってイェール大学とハーバード大学院だ。
 なのに、テキサス弁&時として文法的に間違った英語を話すことで人々を欺き、「ブッシュはインテリではないから信用できる」と誘導した、という話である。

 なお町山先輩は、この第12章の結びを「漢字が読めない首相の人気が落ちる日本のほうがまともだよ」としていた……が、それは2016年時点のこと。今となっては残念ながら、ここ日本も「漢字が読めない首相は人気が落ちる」とは断言しにくい社会に成り果てた気がする。
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 最後に。
 ふと見かけた富野由悠季の発言から、橋下徹とそのファンたちに捧げたい言葉がある。

 勉強しないで「わからない」「意味がない」と言ってはいけない。わかるようになって初めて、自分の発明ができるかもしれないのだから。

 このインタビューにおけるトミノ発言全てに賛同するわけではない。だが少なくとも、三角関数が不要かどうかは三角関数を知らないとわからないし、社会に対して何の貢献をしているのかわからん仕事が社会を豊かにしているのは明らかではないか、とも思うのだ。