世の中ラボ

【第136回】
第五波の中で再び最新の「コロナ小説」を読む

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2021年8月号より転載。

 新型コロナウイルスをめぐる日本の状況は、ますます混迷を深めている。三度目の緊急事態宣言は六月二〇日に解除されるも、その直後から感染者数はまた上昇。第五波の到来で、ついに四度目の緊急事態宣言が発出されることになった。それでも東京五輪を中止する決定は出ていないのに加え、政府が尻を叩いて急がせていたワクチン接種は、六月になって突如失速。チッ、またかよ……。
 一年半以上にわたるコロナ禍と政府の対応に、私たちはゲンナリしつつも、慣らされてしまったように思われる。
 で、唐突ながら文学である。先月取り上げたエンターテインメント系のコロナ小説は、医療現場などの感染症対策に直接かかわる人々の物語だった。では市井の人々はこの間どうしていたのか。今月はすでに単行本化されている、一般人が主役の作品を読んでみたい。

ウイルスと濃厚接触の切実な関係
 まず、二〇二一年五月刊行の金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』。五編を収めた短編集で、うち二編がコロナがらみだ。
 表題作(初出は「新潮」二〇年六月号)はコロナ下の若い男女の物語である。日本で一回目の緊急事態宣言が発出されたのは二〇年四月七日。物語の舞台はちょうどその頃と推定される。
 沙南はメンヘラ気味の女子大生。もっか就活中である。恋人の幸希は一歳上で、三月に大学を卒業し、社会人になったばかり。実家暮らしの彼は「無難」を絵に描いたような男子である。
 この二人が自暴自棄になって心中を考える。キッカケは生き甲斐にしていたバンドの公演が中止になったことだった。
〈音楽がなきゃ、ライブがなきゃ死んじゃう人はどうしたらいいのかな〉。〈じゃあさ、二人でテロでも起こす?〉。幸希は就職祝いにもらった十万円で旅行をしようと思い立つ。沙南はすぐに乗ってきた。〈この旅行で心中でもしない?〉。
 ライブが中止になったくらいで大袈裟な、というのは真っ当な人が考えること。二人は真っ当ではない状態の中にいた。この直前、沙南は妊娠して中絶手術を受けており、リモート面接が嫌いで就活も上手くいっていなかった。一方の幸希は入ったばかりの会社の先行きが見えず、口うるさい母親にも辟易していた。
 平時なら、こんなのよくある男女の物語でしかないが、「アンソーシャル ディスタンス」という表題に注目したい。ソーシャルディスタンスという用語の説明を聞いた際、若い人たちは愕然としたはずなのだ。じゃあセックスもしちゃダメなの?
 頻出する性描写にこそ、この小説の狙いはあるというべきだろう。二人はラブホで濃厚接触しまくるし、緊急事態下の旅行自体、敵視されていた時期である。セックスも旅行も、このころは大人に反抗する、いわば「反社会的な行為」であり、心中という本気とも冗談ともつかぬ旅の目的も、このやるせなさに由来する。
 旅先でハメを外した後に、沙南はつぶやく。〈私たちはコロナに罹っても多分死なない。嫌だなあって言いながら生きてくんだよ。私たちみたいな生きてるのか死んでるのか分からないような弱い人たちが死ぬウイルスだったら良かったのにね〉。
 一方、幸希は旅先で自分が感染していたら、と考える。〈一週間後くらいに発症し微熱の症状を報告した俺には出社禁止令が下り、俺から感染していた母親には症状が出るものの保健所にも病院にも検査を断られ自主的に自宅隔離を始めるが、小康状態を保っていた母親は突如症状が悪化して救急搬送されるも死亡、俺と沙南は軽症のまま回復という想像をしてみる〉。それは楽しそうな未来だった。
 もう一編、「テクノブレイク」(初出は「新潮」二一年一月号)は社会人の恋人同士の物語だ。「私」こと芽衣と蓮二は気の合うカップル。芽衣は〈蓮二とのセックスなしに生きていくことはもう不可能なのではないだろうかとさえ思っ〉ていた。ところが、コロナウイルスが猛威をふるいはじめてから、二人の意識はズレはじめる。それぞれ在宅勤務になり、二人は芽衣の部屋ですごす時間が増えたが、芽衣の神経質ぶりは度を超していた。〈悪いんだけど、うちに来た時はすぐ手を洗って欲しい。あと蓮二も外に出る時は必ずマスクをして欲しい。私は絶対にコロナに罹りたくないの〉。〈ステージが変わってしまった。蓮二と最高のセックスをするために生きていた私は、いつの間にか「マスクして!」「手を洗って!」と迫る人になってしまったのだ〉。
 こうなると、外から帰ってきた恋人がウイルスに思えてくる。身体的な接触を避ける芽衣に蓮二はいった。〈しばらく会うのやめようか。少しコロナが収まるまで、自粛した方がいいと思う〉。〈俺はそういうメンタリティで生きていたくないんだ〉。
 世間に反抗するように濃厚接触に走る二人と、身体的な距離によって精神的な距離ができる二人。公には語られにくい「コロナ下の青春」の一断面を巧みに切り取った佳編といえるだろう。
 奥田英朗『コロナと潜水服』は二〇年一二月刊の短編集。表題作(初出は「小説宝石」二〇年七月号)はコロナ下の一家の物語だ。
 渡辺康彦は三五歳。もっか在宅勤務中である。妻は出勤しており、保育園が休園したため、五歳の息子とすごす日が続いている。その息子がある日〈バアバにスマホして〉といいだした。電話口で彼は叫んだ。〈バアバ、今日はお出かけしちゃダメ!〉。
 聞けばその日、母はコーラスのサークルの練習があるという。康彦にもたしなめられて彼女は練習を休んだが、はたして翌週、参加するはずだったサークルでクラスターが発生した。
 また別の日、康彦と海彦は公園にいた。遊具で遊ばせていたところ、海彦は鉄棒に触るのを拒否し、ベンチに座ろうとする康彦に向かって叫んだ。〈パパ、そこに座っちゃダメ!〉。
 はたして翌日、公園横の民泊施設として外国人が出入りしていたマンシションから感染者が出た。外国人らが公園で飲酒していたらしい。公園の遊具やベンチは使用禁止となった。
 五歳の息子はコロナを感知する超能力を持っている!? というのが物語のポイントだが、それはわりとどうでもいい。この小説がおもしろいのは後半の康彦の行状だ。久々にソフトウェアの講習会に参加した彼は、そこが「三密」だらけだったことに恐怖して帰宅する。と、息子が叫んだ。〈パパ、出かけちゃダメ!〉。
〈おれ、コロナに感染したみたい〉。息子の態度でそう確信した康彦は、家庭内で自主隔離すると宣言。妻に防護服とゴーグルを買ってきて、と頼むのである。妻が古道具屋で調達してきたのはゴム引きの帆布のつなぎに、丸いガラス窓のある球形のヘルメット。旧式の潜水服一式だった。以来、彼は自室内に閉じこもり、宇宙服のようなこの恰好で外を出歩くのである。
 警官に職務質問され、そのヘルメットを脱げと命じられても彼は動じない。〈それは拒否します。なぜなら、わたしは新型コロナウイルスに感染している可能性が高いからです〉。医療現場で使用される防護服と潜水服の類似と落差。奇妙な恰好で出没する彼はやがてネット上で噂が立つまでになるが……。

感染症と恋愛を結び付けるな
 金原ひとみの二編と奥田英朗の一編は、緊急事態宣言下の東京がいかに奇っ怪な状態にあったかを、それぞれのやり方で示している。いまや忘れそうだけど、未知のウイルスに世界中が恐怖していた当時の緊張感は、相当切実で滑稽だったのだ。
 では長編小説はどうだろう。辻仁成『十年後の恋』は二一年一月刊(初出は「すばる」二〇年八月号・九月号)。二〇一九年、コロナ禍前のパリからはじまる大人の恋愛小説だ。
 主人公の「私」ことマリエはもうすぐ四〇歳。パリ在住の映画プロデューサーである。フランスで日本人の両親のもとに生まれ、一〇年前に離婚。二人の娘のいるシングルマザーである。
 そのマリエが恋に落ちた。相手のアンリは六〇歳。ロシア人の血が入った彼は二年前に離婚。小さな投資グループを主宰し巨額な取引を仲介しながら小説を書いているという謎めいた人物だ。
 二人は徐々に距離を縮め、ついに結婚を約束するまでに至るも、ちょうどその頃、新型コロナウイルスがフランスを襲った。
 コロナがからんでいなければ凡庸な恋愛小説だ。が、問題はそこではなくコロナのからめ方である。たとえば……。
〈愛とウイルスは似ている、と思った〉。〈ウイルスが人から人へ感染するように、愛も人から人へと動いていく〉。〈愛にも無症状の時期がある。感染しているのに、症状が表に出るまで、つまりそれが愛だと気付くまでに私のように時間がかかる場合もあった〉。〈愛も軽症で済む場合と急激に重篤化する場合があり、私は明らかに後者であった。気が付かないうちに愛に感染していて、ある日、不意に重症化し、自分ではもうどうすることも出来なくなった〉。
 なにゆえこんな、中学生みたいな「ウイルスと愛」に関する見解を読まなければならないのか。マリエはこの後、本物のコロナウイルスに感染。朦朧とした意識の中で〈君を失いたくない〉というアンリの声を聞くという、なかなか陳腐な展開が待っている。
 余計なお世話を承知でいうと、辻仁成はこんな寝ぼけた恋愛小説ではなく、ロックダウン下のパリのようすをルポルタージュのような意識で正確に記すべきではなかったか。
 パンデミックの記憶は忘れやすい、と以前もこの欄で書いたことがある。コロナ禍が終息しておらず、まして刻一刻と変化する状況の下で、書き手にできるのはその折々の事態を正確に記録することだけだろう。小説でもエッセイでも同じ。やがてはそうした記録が大きな作品に結びつく。いまさらながら、カミュ『ペスト』やデフォー『ペストの記憶』に学ぶことは多いのだ。いや、ほんと。

【この記事で紹介された本】

『アンソーシャル ディスタンス』
金原ひとみ、新潮社、2021年、1870円(税込)

 

〈コロナみたいな天下無双の人間になりたい〉〈2021年、世界はかくも絶望にあふれている〉(帯より)。アルコールに溺れる女性(「ストロングゼロ」)、プチ整形にハマった女性(「デバッガー」)など、依存症気味の人物の危うい生活ぶりを描く五編を収めた短編集。表題作は緊急事態宣言下で鎌倉・湘南に旅行する男女を、「テクノブレイク」はコロナ禍で暴走に至る女性を描いている。

『コロナと潜水服』
奥田英朗、光文社、2020年、1650円(税込)

 

〈小さな救世主、現る――〉〈コロナ禍の世界に贈る愛と奇想の奥田マジック〉(帯より)。妻の不貞が原因で家を出た小説家が葉山の古い別荘で不思議な少年に出会う「海の家」ほか、五編の「ちょっといい話」を集めた短編集。表題作はコロナウイルスの存在を予知できるらしい息子の「超能力?」で家族の危機が救われる物語。一見ファンタジー風だが、コロナ下の人々の生活感はリアル。

『十年後の恋』
辻仁成、集英社、2021年、1870円(税込)

 

〈離婚して十年、そして、私はようやく恋をした〉〈運命的なふたりの出会いは、新型コロナウイルスに翻弄される〉(帯より)。パリ在住のアラフォー日本人女性が一人称で語る大人の恋愛小説。あまりにもナイーブな恋愛に至る描写に鼻白み、コロナウイルスの暗喩扱いもどうかと思うが、恋人のアンリの詐欺疑惑が物語にかすかな彩を与えてはいる。ラストで待つドンデン返しにご注目。

PR誌ちくま2021年8月号

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