世の中ラボ

【第151回】
「聞き方本」ヒットの理由は現代人の不安と孤独?

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2022年12月号より転載。

 コミュニケーション関係の本はいつの時代も人気がある。2021年のベストセラー・ランキングでも、総合一位は19年に出版された永松茂久『人は話し方が9割』(すばる舎)だった(なんと一〇〇万部)。だが最近のトレンドは「話す」より「聞く」であるらしい。右の本の著者の続編も『人は聞き方が9割』だ。
 なぜこの種のコミュニケーション本に人気が集まるかといえば、人はいつでも人間関係で悩んでいるからだ、とはいえるだろう。しかし今般の事情を考えると、また別の側面が浮かび上がってくる。インターネットの普及後、私たちは生の声で会話をする機会が恐ろしく減った。要件の多くはメールやLINEなどの書き言葉でやりとりされ、対面での会話はおろか、電話で話すことすらしなくなった。私個人に限っても、誰かと電話で話すのは週に一度あるかないかだし、コロナ後はほとんど人にも会っていない。
 そんな背景があるからこそ、人は親密なコミュニケーションを求めるのだろうか。それとも何か、別の理由があるのか。まあ、首相までがわざわざ「聞く力」を誇示する(実行はしてないけど)時代である。売れ行き好調の「聞き方本」を読んでみた。

聞き方のコツは「聞いているふり」の技術?
 まず、くだんの永松茂久『人は聞き方が9割』から。
 正直、前著『人は話し方が9割』は感心できない本だった。「人に好かれる話し方」がすべてだからだ。
〈話している相手を決して否定しない、そしてあなた自身も否定させない〉。〈自分の話したいことではなく、相手が求める話をする〉。〈「正しい話」ではなく「好かれる話」をする〉。
 どこまでも相手中心。開示されるのは、議論を避け、衝突を回避し、当たり障りのない人間関係を維持するための方法論だ。話術とは本来、自己主張が必要なとき、相手を説得しなければならない局面でこそ必要なのではないかと思っても、本書の教えは〈苦手な人に、自分から話しかけるのはやめなさい〉。これではまるでコミュニケーションを閉じる方法論である。
 それに比べると『人は聞き方が9割』はいくぶんマシ。相手中心の姿勢は前著と同じだとしても、「聞く」とはもともと相手を中心にした「受け身の取り方」だからである。かくて本書は〈コミュニケーションにおいては、話し方より聞き方のほうが大切〉、〈話し方より「聞き方」を磨くほうが簡単〉と主張し、「100%好かれる聞き方のコツ」を伝授する。
〈うなずきは、相手を肯定するための一番のアクションである〉。〈人の話を聞く時は、自分の感情を表現しながら聞く〉。〈否定のない空間を作ることで、人は誰でも話せるようになる〉。
 たしかにその通りではある。的確に相槌を打ってくれる相手、楽しそうに笑ってくれる相手を前にしてこそ、人は心を開き、話そうという意欲が湧く。仏頂面のインタビュアーや、訊問調・詰問調の質問に誰が答える気になるだろう。
 しかし、ケイト・マーフィ『LISTEN』は、こうした聞き方論に水を差すのだ。〈彼らの方法論は要するに、聞いている姿勢を見せましょう〉というだけじゃないかと。〈アイコンタクトをする、うなずく、ところどころで「そうだね」を入れることが有効ですよ、さらには、話をさえぎってはいけない、相手が話し終わったら言葉を繰り返したり、言い換えたりして合っているか確認し、合っていなければ直してもらえというものです〉。
 だが〈それは聞いているふりをしているにすぎず、相手はすぐに気づくでしょう。もし本当に相手の話を聞いているのなら、そんなふりをする必要などありません〉。もっともである。
『LISTEN』の副題は「知性豊かで創造力がある人になれる」。聞くことはクリエイティビティの基礎であり、ひいては自分の人生を豊かにする実践だと説く、これは自己啓発書である。
〈聞き上手は「なぜ?」という質問を使わない〉。〈「アドバイス」をしだす人は、きちんと相手の話を聞いていない〉。〈携帯電話があるだけでそのテーブルには親近感が生まれない〉。
 いずれももっともな警告で、気をつけようと思わせる。
 しかしながら問題は、そもそも私たちはなぜ聞き方を学ぶ必要があるのか、だ。カウンセラー、医療関係者、介護士、教師、宗教家、司会者や記者といった「聞くこと」が職業の人にとっては死活問題だろう。上司と部下、親子や夫婦などの近しい人間関係を円滑に運ぶためにも、知っておいたほうがお得なテクニックとはいえる。だがそれだけではないと聞き方本は主張する。
『人は聞き方が9割』は、コロナ禍も含め、現代は「不安」の時代だという。だから人々は「安心感」を求めている。
〈「人は安心感をくれる人を好きになる」/これがこの本で伝えたい最も大きなテーマです。/人は安心することで相手に心をひらきます。/安心することで自分の居場所を見つけ出し「私はここにいていいんだ」と思えるようになります〉。
 そしてさらに巻末でいうのである。〈今度はあなたが安心感を与える側に回ってください。/話を聞いてもらいたい人が、あなたのことを待っています〉。つまり究極の目的は〈聞き方を磨いて、人の孤独を照らす一筋の光になる〉ことだ、と。
『LISTEN』のキーワードもまた「孤独」である。背景にあるのはデジタル社会の到来だ。電話をわずらわしく感じ、留守番電話のメッセージを無視し、テキストや絵文字でのやり取りを好み、何か聞くときも、自分だけの安全な音の世界に入り込めるヘッドホンやイヤホンに頼る。外界と遮断された世界に閉じこもる毎日。〈その結果、孤立や空虚が忍び寄ります〉。
 孤独や孤立が個人と社会に与える影響はことのほか大きい。
 孤立に起因する早死のリスクは肥満症とアルコール依存症を合計した早死のリスクと同じくらい高く、疫学的にもさまざまな疾患と関係している。WHOはここ四五年で世界の自殺率が六〇%増加したと発表したが、それも孤独と深い関係がある。
 さらに、犯罪学者らの研究によると、銃乱射事件の犯人は、憂鬱で孤独で、復讐したいという思いが事件の動機になるケースが多い。大量殺人犯に共通しているのは社会から著しく疎外されているという点であり、彼らは「誰も自分の話を聞いてくれない、理解してくれない」という感覚を共通して持っていた……。
 こうなるともう、聞き方を磨くことが現代社会を危機から救う至上命令みたいな気がしてくるが、〈人の孤独を照らす一筋の光になる〉とはあまりに高邁な目標だ。そんなことが可能なのだろうか。

聞いてもらう技術とは心配させる技術
 実際、たとえば自殺を考えるほど深い絶望に沈んでいる人、犯罪に走りかねないほど孤立し世間を恨んでいる人に、右二著のような技が通用するとはとても思えないのである。仮に自分が孤立していて「さあ、私があなたの話を聞きましょう」とばかり誰かが笑顔で近寄ってきたらどうか。警戒心しか湧かず「いいからほっといて」「二度と来ないで」と追い返すに決まっている。
 その意味でも、東畑開人『聞く技術 聞いてもらう技術』は、右の二冊とはやや位相が異なる本である。最大のちがいは「聞いてもらう技術」を含んでいる点だろう。経験豊富なカウンセラーとして培ってきた「小手先」の技を惜しげもなく披露しつつも、だけど小手先だけじゃダメなんだ、とこの本は主張する。
 前二著と同様「小手先」には使えそうな技が多い。〈聞くために必要なのは沈黙です〉。〈相手の話が終わったら、すぐに何かをしゃべりだすのではなくて、5秒待つ〉。異論がある場合は〈「……と思うんだけど、どう思う?」と、最後を疑問形にする〉。
 が、これだけのテクを動員してなお彼はいう。〈必要なのは小手先以上のことです。僕らは小手先の向こうへ行かなくてはいけない〉。なぜって小手先が使えるのは余裕のあるときだけだから。〈「なんでちゃんと聞いてくれないの?」と訴えられているとき、小手先の「聞く技術」では、どうにも対応できません〉。
 そう、真に求められているのは、余裕をカマして他人の孤独を癒やすことではなく、自身の孤独と向き合うこと。〈「聞く」は関係が円滑なときではなく、不全に陥ったときに必要とされる。そのとき、あなたは孤独だ。親しんだ相手との日常的な関係から切り離されて、一人で異質な他者と向き合わねばならないからだ〉。
 ではどうするか。「聞いてもらう」以外にないと著者はいう。関係がこじれた相手の心を開かせるには、小手先ではなく時間をかけて信頼関係を築く以外に道はなく、一方、自分自身を孤立から救うには、危機に際して話を聞いてくれる相手を持つことが必要だ。それはつまり〈日常の中で赤の他人を軽い友人に変える技術〉ともいえる。そのための「小手先」がおもしろい。
 日常の仕込みとしては、教室や会議で隣に座る、一緒に帰る、ZOOMで最後まで残って雑談をする、単純作業を一緒にする、愚痴をいう、などなど。こうして「軽い友人」を開拓した上で、困ったときに助けてもらうには、ワケありげな顔をする、頻繁にトイレに行く、人前で薬を飲む、髪型や服装を変える、遅刻をする、締め切りを破る……。要は「大丈夫?」と聞いてもらうための技術、SOSを出して心配される技術である。
 だからこそ〈「なにかあった?」と尋ねることにこそ「聞く技術」の核心があります〉。これは至言というべきだろう。現代社会が不安や孤独とセットなら、自分だけは絶対に孤立しない、なんて誰もいえない。そして思えば、危機に際して聞いてもらえる相手を持っている以上のセイフティーネットはないのである。

【この記事で紹介された本】

『人は聞き方が9割』
永松茂久、すばる舎、2021年、1540円(税込)

 

〈もう会話で焦らない。凹まない。モヤモヤしない〉(帯より)。著者はたこ焼きの行商からスタートし、飲食店を大繁盛させた実績の持ち主。現在は人材育成などを手がける会社の代表取締役。本書は人をいい気持ちにさせる聞き方術の本ともいえ、その場のその場の雰囲気を明るく保つには有効。ただし「調子のいいヤツ」と思われる可能性もあり、長期的な関係性を築く上での実効性は未知。

『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』
ケイト・マーフィ/篠田真貴子監訳/松丸さとみ訳、日経BP、2021年、2420円(税込)

 

〈話してばかりの人はもったいない 「聞くこと」は最高の知性〉(帯より)。著者は米国在住のジャーナリストで、ニューヨーク・タイムズなどの有力紙に寄稿。聞く力が失われたSNS時代の現状に警鐘を鳴らし、聞くことの意味に光を当てる。多数のインタビュー経験に裏打ちされたノウハウは、特にビジネスの場面で奏効しそう。自身の知性を磨くという意味では自己啓発書ともいえる。

『聞く技術 聞いてもらう技術』
東畑開人、ちくま新書、2022年、946円(税込)

 

〈聞かれることで、ひとは変わる〉(帯より)。著者は二〇年近いカウンセリングの経験を持つ臨床心理士。自身の学識と経験に基づくすぐに使えそうな「小手先」の技も披露しつつ、最終的な問題は小手先では解決できないとし、「その先」を掘り起こす。相手との関係が悪化したとき、自分が危機に直面したときにこそ、聞く/聞いてもらう技術が問われるという議論は新鮮で、蒙を啓かれる。

PR誌ちくま2022年12月号

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