世の中ラボ

【第156回】
「異次元の少子化対策」は有効なのか

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2023年5月号より転載。

 岸田政権が「異次元の少子化対策」とやらを打ち出した。
 ①児童手当など経済的支援の強化、②幼児教育や保育などのサービス拡充、③働き方改革の推進。
 以上の三つが一月に出された対策の柱で、三月三一日に政府(こども政策担当大臣)が発表した「こども・子育て政策の強化について(試案)」には、児童手当の拡充(所得制限撤廃など)、出産の経済的負担の軽減、子育て世帯への住宅支援の強化、男性育休の取得強化(2030年までに85%)などなど、これでもかというほどの政策試案(願望?)が総花式に列挙されている。
 少子化とは関係なく実施すべきだろうという政策も多いが、政府としてはやはり少子化対策なのだろう。巻頭言には、悲壮感に溢れたこんな文言が記されている。〈我が国の少子化は深刻さを増しており、静かな有事とも言える状況にある。昨年の出生数は80万人を割り込み、過去最少となる見込みであり、(略)少子化の問題はこれ以上放置できない待ったなしの課題である〉。
 ここを読んで「ははあ、関係者の誰かがあの本を読んだのだな」と直感した。あの本とは河合雅司『世界100年カレンダー――少子高齢化する地球でこれから起きること』。「静かな有事」の名づけ親は、この本の著者・河合だからだ(本では「静かなる有事」)。
 ということなので、まずこの本から見てみよう。

欧米モデルでは効果なし
 少子高齢化の先にある世界を見通した『世界100年カレンダー』はたしかに危機感を抱かせる本である。
 現在の地球はまだ人口増加傾向にあるが、二一世紀も後半になると世界の人口は減少に転じると本書はいう。人口減少はひとたび加速しはじめると歯止めをかけることは難しく〈人口減少の始まりは、〝人類滅亡〟のカウントダウンの始まりを意味する〉。そして〈絶滅に至るまでの間も少子高齢化は各国の経済を停滞させ、社会機能を麻痺させていく。「老いゆく惑星」の未来は、過去からの延長線上にはないのである〉。ゆえに〈私はこうした事態を「静かなる有事」と名付けて警鐘を鳴らしてきた〉のだと。
 人口が減少すると何が起きるのか。
 まず勤労世代が減少する。すると農業生産者が不足して、食料不足に陥る。高齢化と同時進行する人手不足で企業組織の新陳代謝が進まなくなり、労働生産性は減退、イノベーションが起こりづらくなり、社会全体に活力がなくなって経済は停滞する。
 警察や自衛隊を含む公務員も不足し、行政サービスの維持が困難になる。防災、治安、医療、介護、電気、水道、郵便など、生活に直結するすべてのジャンルに影響が出る。
 社会保障制度も危機に瀕する。今は三人の勤労世代で一人の高齢者を支える「騎馬戦型社会」だが、勤労世代一人で一人の高齢者を支える「肩車型社会」になれば、社会はパンクする。
 しかも日本は、高齢化社会の先例になっている。日本の人口の減り方は驚異的で、2020年から2050年までの下落率を推計すると19.3%。200年後の人口は東京都より少ない約1千万人、300年後は大阪市並みの275万人。そこまで行くと国家として機能するかどうかも怪しく、さらに減れば日本語を後世に残すのも難しい。〈それは、日本が世界史から消えるのと同じだ。日本人はすでに〝絶滅危惧種〟となっているのである〉。
 ここまでいわれちゃ、国家としてはそりゃ焦る。
 かくて政府から総花式の「試案」が出てきたわけだが、問題は、はたしてこれが対策として有効かどうかである。
 実際、山田昌弘『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』は、日本の少子化対策は失敗続きだったと述べている。
 少子化問題が深刻化したのは1990年。89年の合計特殊出生率が一・五七だったのがキッカケだった。それから30年経つが、回復の兆しはいっこうに見えない。
 フランスや、スウェーデンなどの北欧諸国も80年頃に出生率が一・六程度まで低下したが、その後、少子化対策が進み、2015年の出生率は、フランスは一・九二、スウェーデンは一・八五まで回復している。他方、有効な対策は打たず、移民も受け入れない日本はすでに世界の反面教師で、〈日本のようにならないためにはどうすればよいか?〉が東アジア諸国の関心事という。
 失敗の原因その一として、山田は政策担当者が一部キャリア女性の状況を前提にし、〈非大卒、地方在住、中小企業勤務、もしくは非正規雇用女性の声を聞いてこなかった〉ことをあげる。〈日本社会全体の出生率というマクロな数字を動かすのは、「大卒かつ大都市居住者かつ大企業正社員か公務員」というキャリア女性ではない。「大卒でなかったり、地方在住だったり、中小企業勤務や非正規雇用者」の女性の人数の方が圧倒的に多い〉のに。
 失敗の原因その二は、欧米を少子化対策の手本にしたこと。フランスやスウェーデンと、日本社会の事情は大きく異なる。欧米先進国をモデルにしても対策にはならないのだ。
 欧米モデルとは、おおむね次のようなものである。
 ①成人したら子は親から独立する。→一人暮らしから同棲や結婚に進む若者も多いので、子育て支援が有効に機能する。
 ②仕事での自己実現を求める女性が多い。→仕事と子育てを両立できる環境が整えば、出産に踏み切る女性が増える。
 ③カップル志向が高く恋愛感情を重視する。→カップルに子どもを産み育てる支援をすれば、出産意欲が上がる。
 ④子どもを持つ価値は子育てを楽しむことで、成人したら子育ては完了する。→子が未成年の間だけ支援すればよい。
 こうした支援モデルは日本では通用しない。なぜならば……。
 ①親と同居の独身者が多い(一八〜三四歳の未婚者の約75%が親と同居)→自立や同棲や結婚への意思が低いので支援は無効。
 ②仕事を続ける女性より、豊かな消費生活をして子をよい学校に入れた女性が評価される。→両立支援が意味をなさない。
 ③恋愛感情が重視されない(未婚男性の四人に三人、未婚女性の三人に二人は交際相手がいない)。→結婚支援が先。
 ④高等教育費用を含む将来にわたった子育ての責任が親にかかる。→経済的な保障がなければ子どもは産めない。
 つまり〈日本社会では、たとえ愛があっても、子どもが好きでも、経済的条件が整わなければ、結婚や出産に踏み切らない人が多数派〉なのだ。そこを見ないで欧米式の支援をしても効果はない。ことに④は東アジア共通の特徴で、韓国、台湾、中国などで特に少子化が進んでいるのは、そのためではないかという。
 いわれてみれば、そうだよなという指摘ばかりだ。
〈現代の日本の若者の多くは、若い頃から、老後までの生涯にわたる生活設計を思い描いている〉のだとしたら、子育て支援や両立支援を個別に行っても効果は期待できないだろう。

危機感をあおるのは逆効果
 少子化問題のジレンマはしかし、人は結婚して子どもを持つべきである、という保守的な方向に思考が誘導されがちな点である。子どもを持たない生き方は尊重されないのだろうか。
 その点、赤川学『これが答えだ!少子化問題』は多少救いのある本だ。少子化は日本社会が生活水準を上げてきた結果で〈ことさら憂うべきことでも、悲しむべきことでもない〉という前提で、本書は本気で少子化を食い止めたければ〈出生率をめぐる「不都合な真実」に目を向けなければならない〉という。
 論証の部分を省いていうと、それは「富裕層と低所得層は子どもの数が多く、中間の層で少子化が進んでいる」という事実である。高収入なら産児制限の必要はなく(金持ちの子沢山)、また生活水準が低くてよければ、結婚も子育てもできる(貧乏人の子沢山)。その中間の層は、結婚や子どもへの期待値が高いために、逆に結婚も出産もしにくくなるのだと(斎藤の理解では)。
 だとすると「女性が働きやすい環境を作る」「男性の育休を強化する」といった男女平等政策をいくら進めても効果は薄い。なぜなら、こうした政策のターゲットとなる中間の層は常に上を求めており、期待値に上限はないからだ。むしろ人口10万人以下の小都市や農村で暮らす低所得層(「貧乏人の子沢山」。この層は実際にも子どもの数が多い)に期待するほうが現実的だという。
 近年の少子化対策は、「産みたくても産めない」という声をもとに、仕事と育児の両立支援、子育て支援、不安定雇用の是正などを図れば少子化は解消できるという前提に立ってきた。しかし、山田と赤川に共通するのは、両立支援や子育て支援「だけ」では日本の少子化は解消できない、という結論である。
 では、どうするか。
 ひとつの策として、山田は数十年後まで含めた若者たちへの支援を拡充すると同時に〈世間体を気にせず、家族を形成して、自分たちなりの幸せを追求しようとする若者〉たちへの支援を推奨する。赤川は〈福祉支援・経済対策を少子化対策の名のもとに行うことを〉やめ、〈誰もが等しく幸せに生きられる社会〉を目指すべきだという。人口減少を「国家存亡の危機」だとか少子化対策の「最後のチャンス」だとか煽るのはむしろ逆効果だ、と。
 その上で、政府が示したくだんの「試案」を見直すと、危機感、思いっきり煽ってます。そして政策の内容に、さほどの目新しさはない。上へ上へと向かってきた結果が今日の少子化だとしたら「そこそこの幸せ」でよしとする方向に意識を変えないと問題は解決しないのかもしれない。花火だけ上げても、まあダメでしょうね。

【この記事で紹介された本】

『世界100年カレンダー』
河合雅司、朝日新書、2021年、891円(税込)

 

副題は「少子高齢化する地球でこれから起きること」。著者は『未来の年表』シリーズが話題になった作家・ジャーナリスト。世界の人口は今後30年で20億人増えるが、その後は減少に転じるとして、世界情勢の変化を分析。一人っ子政策の余波で中国の人口も減少し、代わってインドが台頭する。アフリカが勢力を伸ばし、ナイジェリアが勢いを増す。などなど、興味深い指摘も多い。

『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』
山田昌弘、光文社新書、2020年、858円(税込)

 

副題は「結婚・出産が回避される本当の原因」。著者はパラサイト・シングル、婚活などの概念(用語)を創出した家族社会学者。欧米からは「なぜ日本は少子化対策をしてこなかったのか」と驚かれ、東アジア諸国は「日本のようにならないために」と対策を練る。失敗の原因は、若者の本音を聞かず、日本固有の事情を無視したことが大きいなど、さもありなむと思わせる分析で説得力大。

『これが答えだ!少子化問題』
赤川学、ちくま新書、2017年、836円(税込)

著者は『子どもが減って何が悪いか!』という著書が議論を呼んだ社会学者。安倍元首相がアベノミクスの「第二の矢」として「子育て支援、希望出生率一・八」を打ち出し(2015年)、「一億総活躍」や「地方創生」が叫ばれた頃の本だが、当時の言説が現在とほとんど同じであることに驚く。戦前の社会学者・高田保馬の過激な論を援用するなど、ややシニカルなスタンスで読ませる。

PR誌ちくま2023年5月号

関連書籍

斎藤 美奈子

忖度しません (単行本)

筑摩書房

¥1,760

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入

斎藤 美奈子

本の本 (ちくま文庫)

筑摩書房

¥1,650

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入