『ドライブイン探訪』刊行記念トーク

橋本倫史×向井秀徳
「記憶を探す、街を彷徨う」
『ドライブイン探訪』刊行記念トークイベント

2019/2/13にReadin' Writin' で行われたトークを掲載いたします。

橋本 今日はまず、どうして向井さんとトークイベントを開催したいと思ったのかというところからお話しできればと思っています。あれは2004年のことだから15年前になりますけど、僕がZAZEN BOYSのことを好きになって、「一本でも多くライブを観たい」と思い立って、原付でツアーを追いかけたんです。

向井 そうね。それはZAZEN BOYSのセカンドアルバムを発売するという冠でツアーをやることになって、細かくいろんなところに行きたいなと思って、結構な数のライブをやったんだろうと思うんですね。そのツアーのときに、リトルカブでやってきて。

橋本 そうです、そうです。そのツアーは帯広で始まって、次の都市が札幌だったんです。札幌ではZAZEN BOYSのライブだけではなくて、スナックを貸し切って弾き語りのライブもあったんですよね。そのライブが終わったあと、その場でそのまま飲み会になりまして。50人ぐらいお客さんがいたんですけど、向井さんがひとりひとりに話しかけていて。

向井 それ、全員で飲んだんやっけ? 橋本 全員で飲みました。そのとき、向井さんがひとりひとりに「自分、何しとる人?」と聞いてらしたんです。そこで僕が「東京で大学生をしてます」と答えると、「東京? ああ、札幌が地元で、里帰りしてるのか」と言われて。「いや、実家は広島です」「広島? じゃあ何で札幌におるのよ」「いや、このライブを観たくて、原付で北海道まで来たんです」「ちょっと、こっちに座れ」という流れになって、その日は最終的にラーメン屋さんに連れて行ってもらったのが最初の出会いですね。

向井 ああ、そうか。それで、財布事件はいつだっけ?

橋本 それはその翌々日ぐらいですね。札幌の次は函館でライブがあって、札幌から函館まで一日で移動しなきゃいけなかったんです。案外近いかななんて思ってたら、調べてみると400キロくらいあったんですよね。朝早くに札幌を出て、ひたすら移動してたんですけど、長万部あたりで財布を落としてしまって。ただ、その日は台風が近づいていたこともあって、早く函館にたどり着かないと夜を越せないなということで、とにかく函館まで走ったんです。そこで警察署に遺失物届を出して、問い合わせてもらったら、交番に届いてたんですよ。でも、それが届いてるのは長万部の交番で、片道100キロくらいあるから、その日のうちに取りに行くのは難しそうだったんですよね。それで「今晩ホテルに泊まるお金を貸してもらえませんか」と警察署で相談したら、「警察は銀行じゃない」と言われてしまって。落ち込んだ気持ちで外に出ると、通りの向こう側を楽しそうに歩いている人たちがいて。こっちは財布を落としたのにと勝手なことを思いながら眺めていたら、そのうちのひとりが僕に気づいて、道路を渡ってきて、「あれ、札幌にいたよね?」と声をかけられたんです。ああ、この人も札幌のライブを観にきてたお客さんかなと思っていたら、その人がくるりと振り返って、「向井さん、原付の青年ですよ!」と。驚いてそちらに視線を移すと、向井さんが歩いてきて。思わず「財布落としたんです!」と伝えると、「ラーメン食いに行こう」と向井さんが言ってくれたんですよね。

向井 またラーメンに行った?

橋本 またラーメンに行ったんです。そのラーメン屋さんで、「自分、財布落としたか」と向井さんに言われて。「はい、落としたんです。でも、交番に届いてたみたいで」「そうか。でも、絶対中身はないけどな」と言われて落ち込んでいると、向井さんが自分の財布を取り出して、中に入っていた4万円を差し出して「とっとけ」とおっしゃったんです。いや、財布自体は見つかっているのでと断ったんですけど、「いや、一回出したものは引っ込められん」とおっしゃって。じゃあ、財布を取りに行ったらすぐ返しますと受け取ると、「いや、返さんでいい。返さんでいいから誠意を見せろ」と言われたんです。

向井 北海道つうのもあるしさ、『北の国から』の世界じゃないですか。

橋本 その日は同じホテルに部屋を取っていただいて。エレベーターで別れるとき、扉が閉まる瞬間まで「誠意を見せろ」とおっしゃっていて。誠意って何だろうなと思いながら、15年が経ちました。
僕がドライブインに興味を持つきっかけになったのも、ZAZEN BOYSを追いかけていたことが関係していて。2008年の初夏に宮崎・熊本・大分・長崎とまわるツアーがあったんですよね。いつか九州をぐるりと巡ってみたいと思っていたので、「これは観に行こう」と。大阪まで原付で行って、そこからフェリーで鹿児島に出て、宮崎を目指したんです。そうやって国道10号線を走っていると、すごく奇抜な建物があって、これは何だろうと近づいてみるとドライブインと書かれていて、「ああ、言われてみればドライブインって全国各地にある気がする」と。それまでも原付でツアーを追いかけていたから、ずっと一般道を走っていたんですけど、ドライブインを一度も気にかけたことがなかったんですよね。でも、鹿児島でドライブインの存在が気になり始めて、そこから東京まで帰るあいだに注意して走ってみると、ものすごい数のドライブインがあって。それまで自分の目に一度も留まったことがなかったということも含めて、ドライブインのことが気になり始めたのが10年前なんです。僕は小さい頃、家族でドライブインに出かけた記憶というのはないんですけど、向井さんはドライブインって利用してましたか?

向井 うちの父親の実家は佐賀にあるんですけど、転勤が多くて、小学生のときは福岡市内に住んでいたんです。盆とか暮れには福岡から佐賀まで車で移動するんだけど、どのルートを使うかっていうのは色々選択肢があるわけ。その頃から九州自動車道は整備されてたんだけど、都市高速とはまだ然繋がってなくて、九州自動車道に乗るには福岡市の外れまで行かないといけなくて。そのルートよりは、福岡市からまっすぐ下に降りる下道というのがあって、これが標準ルートなわけですよ。そのルートで行くときもあるし、山越えをするときもあるんだよね。その山越えをするときに、やっぱりドライブインがあって。すごいシンプルですよ。でっかい看板で、「ラーメンとライス」と書いてある。

橋本 「ラーメンと餃子」や「ラーメンとチャーハン」ではなくて、「ラーメンとライス」。

向井 「ラーメンとライス」。その看板がカーブのところにあるわけだ。そこを通りかかるたびに、子供ながらに盛り上がるのよ。「ラーメンとライス」って面白いじゃない、自分で言ってみるとさ。そこに立ち寄ったことは一度もないんやけど、ポイントとして「ラーメンとライス」という看板が出ていたことはおぼえとるね。それと、父親の実家は佐賀県だけども、母親の実家は長崎の佐世保というところで、佐世保に行くことも多いのよ。そこに向かう途中の国道沿いにもドライブインは何軒かあって、帰りが遅くなったときはドライブインに寄って食事をして、また福岡市に戻るっていうことはよくやってたね。それはもう、ベーシックなドライブインだったな。そこにね、西岸良平の『三丁目の夕日』のコミックスがあって。今は何十冊と出てますけど、まだ何冊かしか出てなかったんだよね。その頃はまだ子供だったから、西岸良平の世界には反応できなかったんですよ。ただ、かすれたドライブインで、西岸良平を読みながら焼肉定食を食べたことはすっごいおぼえてる。その焼肉定食というのも、お皿がアルミのお皿でさ、これ、何の肉を使っても同じだろうってぐらい濃い味つけだったんだよね。

橋本 ドライブインって、濃い味つけが多いんですよね。

向井 そこに立ち寄るのは夜も深い時間で、だいたいシーンとしてる。そこにNHK-FMが流れてる、その雰囲気だね。やっぱり、索漠とした印象が強いね。その時代、80年代だろうけど、その時点で寂れてるんだ。

橋本 僕は2017年の春に『月刊ドライブイン』というリトルプレスを創刊して、向井さんには読んで欲しいと思って、毎回MATSURI STUDIO宛に送りつけてたんです。こんなことを自分で聞くのも図々しいですけど、読んでいただいて、いかがでしたか?

向井 毎回、薄っぺらいなーと思ってさ。内容じゃなくて、ページ数がね。でも、毎月送られてきて、楽しみでしたよ。薄っぺらいと言ったけど、ちょうど良いページ数で。「あ、届いたな」と思って居酒屋に行って、瓶ビールを飲みながらじっくり読む。その時間は楽しかったですね。「ああそうか、今度はこっちに行ったか」と思いながらね。北から南まで、全国行ってますもんね。

橋本 毎回違う地域に出かけてました。あるとき、向井さんが『月刊ドライブイン』の感想をメールしてくれたことがあって。「毎度毎度漂う、ある種の索漠感はなんだろうな。絶滅していくドライブインはやはりその存在自体が寂しいのか。アナタの視線がセツナミーなのか。いずれにせよセツナミーを感じる」と。その「セツナミー」というのは何なんでしょう?

向井 セツナミーね。切なさがあるっていうことなんだろうけど、まあセツナミーがあったね。やっぱりあなたの目が見た風景が文章になってるわけだから、あなたがセツナミーを感じてると思うけどね。セツナミーって一体何なのか。私は旅行とか、そういうのはあんまり興味ないんですね。ただ、あるとき電動アシストつき自転車を購入して、行動範囲がだいぶ広まったんですよね。東京都内ですけど、いろんなところに行ってみるようになって。どこに行くかというと、風呂ですね。東京都内には銭湯がすごい多いから、「電動自転車で行ってみっか」と行くようになって。MATSURI STUDIOは渋谷区笹塚にあるんですけど、自転車でだらだら行って、1時間半ぐらいすると荒川区まで行くわけ。

橋本 この会場の近くですね。結構遠出するんですね。

向井 そういうときに、いわゆる幹線道路は使わずに、わざわざ細い道を選んで移動したいわけですよ。するとね、商店街に迷い込んだりする。そこは初めて訪れる商店街で、別に懐かしさを感じるわけではないんだけども、「この感じ、知ってるな」と思ったりする。この商店はもう閉まってるけど、何売ってた店だったんだろう。昔は商売になってたんだろうけども、今はもうシャッターが降りてひっそりしている。その侘しさね。ワビシミーと言ってもいいけども、ノスタルジーとワビシミーがある。そこで夕暮れ時を迎えたりするわけだ。夕暮れって、人の脳細胞に直接囁きかけてくるから、それに支配される。その瞬間の気持ちというのは、皆さんよくご存知だろうと思うんですよね。それも総じてセツナミーだね。そこでセツナミーを感じて、風呂に入って帰ってくる。これが楽しかったりするんですね。つげ義春さんがまさにそういう、寂しい旅日記みたいなやつをいっぱい出してるじゃない。あれは絶望的に孤独な気分に浸りたいがために、山村地帯にある閑散とした温泉に行ったりする。私の場合はそういうことじゃないんだけど、商店街とか、当たり前のような団地とかね、そういうところを走る。そうすると、私鉄沿線の駅前って大体同じやなと思うんですよね。ドラッグストアがあって、日高屋があってさ、最近あるのは鳥の唐揚げ屋さんですよ。その要素が、どこへ行っても全部同じなんだな。それはすごく窮屈だなと思いますね。ただ、活きがいい商店街というのもある。戸越銀座みたいなでっかいやつじゃなくてさ、普通の商店街でもね。そういう商店街は、確実に本屋さんが営業してるんだね。町の本屋さんが絶対ある。生活に余裕があるんかなって、勝手に思ったりするんですけどね。最近は無機質に見える街並みが増えてるけど、その街にしかない風景っていうのがね、見たいですね。

関連書籍

倫史, 橋本

ドライブイン探訪 (単行本)

筑摩書房

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