ちくま新書

「ガバナンス改革」が、大学の研究・教育機能を破壊した
『ルポ 大学崩壊』はじめに

教職員に罵声を浴びせて退職強要。寮に住む学生ら45人を提訴。突然の総長解任。パワハラの捏造――。国立大学の法人化や大学関連法の改正を背景に、全国の大学で耳を疑うような事件が頻発している。
疲弊する大学教員や学生の声を取材した『ルポ 大学崩壊』より、「はじめに」を公開する。

 全国の大学関係者から「大学が壊れてしまった」と嘆く声が聞こえてくる。
「壊れてしまった」と訴える内容は、大学の根幹である教育と研究、大学の自治、それにコンプライアンスなど多岐にわたる。執行部が独裁的に運営する国立大学や、経営者があからさまに私腹を肥やす私立大学など、学生や教職員がないがしろにされている大学は明らかに増えている。端的に言えば、今、一部の人間による大学の「独裁化」と「私物化」が進んでいるのだ。
「独裁化」と「私物化」の流れに同調するかのように、教職員や学生への弾圧が強まっている大学や、教職員の大量解雇を強行した大学もある。ハラスメントの捏造による懲戒解雇や、裁判所や行政の判断にも従わないなど、耳を疑うような事案も発生している。「大学でそんなことが起きるはずがない」と思う人も多いかもしれない。確かに大学は研究と教育の場であり、社会の規範となるべき存在だ。しかし現実に、にわかには信じられないようなトラブルが起きている大学が存在するのだ。
 大学で起きたトラブルが裁判に発展したケースなどを、インターネット上で紹介しているサイトもある。札幌学院大学教授の片山一義氏が2003年から運営している「全国国公私立大学の事件情報」は、ハラスメントや解雇をめぐる裁判や、教職員組合が各都道府県の労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てた労働事件などを掲載している。片山氏によると、「教職員と大学が争う裁判は2000年以降に増えはじめ、さらには大学の雇用破壊の進展とともに増加の一途をたどっている」という。
 しかし、大学執行部などから不当な扱いを受けても、実際に裁判などで闘うことができているのは、ほんの一握りの人だろう。ほとんどの人が、泣き寝入りをして大学を去っているのが実態だ。
 2000年以降の大学の「独裁化」と「私物化」を後押しし、トラブルが増加する原因を作ったのは、国の法改正による「ガバナンス改革」ではないだろうか。
 まず、2004年の国立大学法人化と、私立学校法の改正が、大学のあり方を大きく変
えた。
 国立大学の法人化は、それまで文部科学省が設置していた国立大学を独立行政法人化するもので、法人化によって各大学は自主性や独立性が確保できるとされていた。しかし、実際に起きたのは国からの運営費交付金の削減だった。交付金が年々減っていくなかで、人件費の削減や非常勤教職員の増加が顕著になった。学長の選考では、教職員による選挙が廃止され、意向投票という形で投票はできるものの、最終的には学外の委員も入った学長選考会議が決定する仕組みに変わった。
 私立学校法の改正では、それまで教学の長である学長や総長と、経営の長である理事長が多くの大学で対等な立場だったのを、理事長を学校法人のトップに位置づけた。法律上は理事長が思いのままに大学を運営できるようになってしまった。
 この流れに、さらに拍車をかけたのが、2014年の学校教育法改正と国立大学法人法改正だ。
 学校教育法の改正では、教授会は学長の諮問機関に格下げされた。この法改正後も教授会の意見を尊重した運営を続けている大学も多いが、国立大学の中には学長が開き直って「独裁化」した大学もある。私立大学の場合は、理事会の意を汲む学長がともに「私物化」を進めるか、もしくは理事長が学長も兼務して、ときには労働法制などを無視した運営をする大学も存在している。
 一方で、一般的にあまり知られていないのが国立大学法人法の改正だろう。2014年の改正では、学長の選考だけでなく、選考の方法についても学長選考会議が決められるようになった。しかし、選考会議の委員の多くは学長が指名するため、学長は独裁を続けることが可能になる。その結果、学長の任期の上限を撤廃した大学や、教職員による意向投票を無視する、または投票自体を廃止する大学が法改正後に増えていった。現在、全国の国立大学では、意向投票で得票数が一位ではなかった人物が学長に選ばれることも珍しくない。
 そして国立大学法人法の改正は2021年にも行われ、「学長選考会議」は「学長選考・監察会議」と名称を変えて、権限が強化された。特に、文部科学大臣が任命する監事の役割が拡大され、国が監事を通して大学を間接支配することが可能になった。
「独裁化」と「私物化」は、教職員の権利を奪い、教育や研究の劣化を招く。学内でのハラスメントは日々起きていて、相談窓口が機能していない大学も多い。そして、上層部が暴走した結果、大学と教職員、学生の間で信じられないようなトラブルが起きる。
 大学を監督し、問題を解決する役割を担うはずの文科省の官僚は、現役出向や天下りをしている大学の幹部と結託することで、「独裁化」や「私物化」、それに教職員や学生の権利の侵害に加担しているケースもある。常軌を逸した事態が実際に起きているのだ。
 大学執行部による「独裁化」と「私物化」から起きたトラブルに加えて、教職員の雇用崩壊も深刻だ。
 大学では二つの「2018年問題」が存在した。一つは18歳人口が2018年から再び減少に転じることで、大学の経営環境が厳しさを増していることだ。すでに私立大学の4割以上が定員割れの状況にあることから、文科省は大学の再編を促す仕組みづくりを進めている。国立大学については法人の統合も全国各地で始まった。
 もう一つは、2018年以降、非常勤教職員の大量雇い止めの問題が起きていることだ。
 2013年に改正された労働契約法によって、有期契約で働く労働者は、2013年を起点に5年以上勤務した場合、無期雇用への転換権が得られることになった。人件費削減の動きなどから、大学で教員に占める非常勤講師の割合が高まっていたなかで、非常勤講師の雇用を守る法律ができたことになる。
 しかし、法律の趣旨に反して、5年を迎える2018年を前に、非常勤講師や職員を大量雇い止めしようとする大学が多く現れた。労働組合などの活動によって阻止できたケースもあれば、強行されたケースもある。
 また、この改正労働契約法には、科学技術などに関する有期雇用の研究者は10年で無期雇用転換権を得られるなどの「特例」があるが、10年を迎える2023年3月に大量の雇い止めを実施しようとしている大学や国立研究開発法人も存在する。これが大学雇用の「2023年問題」だ。しかし、雇い止めに苦しんでいる研究者たちの声は、あまり知られていないのが実情ではないだろうか。
 本書は数多ある大学論ではなく、大学で起きている問題について取材したルポルタージュである。関係者の証言や裁判資料、内部資料などを集めながら、ここ10年ほどのあいだに全国の大学で起きた出来事の背景を探った。特に、大学執行部や文科省からの理不尽な扱いに苦しむ人たちの声を、現場から伝えることを大きな目的としている。
 筆者は放送局の記者からフリーランスのジャーナリストに転じた2016年以降、大学で起きている問題を伝える記事を、雑誌やウェブメディアなどに100本近く執筆してきた。
 社員記者時代を振り返ってみると、大学で何か問題が起きても、大学執行部の発表に基づいて報道することがほとんどだった。疑問を感じて質問した場合でも、執行部側からは一方的な主張の繰り返しのような回答しか得られず、そのまま原稿を書いていた。
 しかし、フリーランスになって大学に関する取材の軸足を学生や教職員に移すと、大学の発表した内容とは異なる事実が浮かび上がることが多い。執行部が堂々と噓をついているケースもあった。執行部に比べればはるかに立場が弱い、学生や教職員の小さな声に耳を傾けることができていなかったことを痛感した。
 取材を重ねるうちに、大学で起きているトラブルは、あくまで個別の事案なのか、それとも各大学が抱える共通の問題が背後にあるのだろうかと考えるようになった。取材した記事が各媒体に掲載されると、「自分が勤務する大学でも同じような問題が起きている」「大学執行部や教授によって酷い目に遭わされている」といった声が全国から寄せられるようになったからだ。
 こうした問題意識を持って国による大学政策を検証すると、前述の法改正などが大学運営に大きな影響を及ぼしていることが見えてきた。しかも、共通した問題を抱えた学生や教職員同士が、必ずしも情報を共有できていないこともわかってきた。そこでトラブルを背景ごとに分類し、問題点を提示しようと考えたのが、本書の執筆の動機である。
 大学内部で何が起きているのかは、外部の人にはなかなか知ることができない。しかし、言うまでもなく大学には多額の税金が投入され、学校法人には税制優遇もある。
「独裁化」や「私物化」、ハラスメント、雇用破壊などによって「大学が壊れている」実態は、ステークホルダーである学生や教職員はもちろん、将来子どもの大学進学を考えている保護者や地域住民にも、もっと知られていいはずだ。数々の問題からは、国の未来を左右する大学政策の問題点も見えてくる。
 紙幅に限りがあり、全国で起きている問題のすべてを伝えることはできない。本書では国の政策がもとになって破壊が進んでいる国立大学、私物化が進む私立大学、後を絶たないハラスメント、労働法制を無視した雇用破壊、大学に巣食う文科省の天下りをテーマに、象徴的な事案を扱った。もちろん、それらは氷山の一角だ。
 本書を通じて、大学の現実を少しでも多くの人に知っていただければ幸いである。

本書で触れている大学(初出掲載順)
京都大学、北海道大学、旭川医科大学、筑波大学、大分大学、東京大学、下関市立大学、
山梨学院大学、札幌国際大学、追手門学院大学、上野学園大学、日本大学、梅光学院大学、山形大学、東北大学、宮崎大学、奈良学園大学、岡山短期大学、早稲田大学、一橋大学、専修大学、慶應義塾大学、東海大学、大阪大学、福岡教育大学、目白大学

関連書籍

田中 圭太郎

ルポ 大学崩壊 (ちくま新書, 1708)

筑摩書房

¥990

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入