昨日、なに読んだ?

File.124 4月10日に読んで祝った本
和田誠『銀座界隈ドキドキの日々』

各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。今回のゲストは、2023年に小社より『文庫旅館で待つ本は』を刊行された小説家・名取佐和子さんです。

 

 4月10日、全曲シャッフル中のApple MusicからKIRINJIの『今日も誰かの誕生日』が流れてきた。ふと思い立って、今日が誕生日の有名人を調べてみる。黒船のマシュー・ペリーからボクシングの井上尚弥まで、なかなか幅広い。そして数も多い。つらつら眺めていた目が留まった。和田誠。ああ、和田さんの誕生日も今日なのか。

 ペリー提督や井上選手同様、和田さんは私の知り合いではない。ただ、和田さんの作品は知っている。子どもの頃からたくさん楽しませてもらってきた。自分が手に取る本の表紙や挿絵、父が読んでいた週刊誌の表紙、朝ひらく新聞の広告、街に貼られたポスター、コンビニで見かけた煙草のパッケージ──生活のあらゆるところに、和田さん(の作品)はいた。和田さんご逝去後の今だっている。

 頭の中がすっかり和田さんに占拠されたので、和田誠著『銀座界隈ドキドキの日々』(文春文庫)を読むことにした。

 銀座にある広告デザイン会社(ライトパブリシティ)に就職した社会人ホヤホヤの和田青年が、草創期の広告業界で様々な仕事をする1960年代が描かれた回想エッセイだ。イラストやデザイン同様、和田さんの文章は粋で洒脱。過去も余計な装飾抜きで、楽しく鮮やかに浮かびあがってくる。

 戦後の混乱期を抜けて景気は上々、産声をあげたばかりの業界では若者たちが跋扈し、とかく熱量のあった時代。和田青年の仕事量もどんどん増えていく。そして横尾忠則、三保敬太郎、細谷巖、向秀男、杉浦康平、八木正生、植草甚一、武満徹、寺山修司、谷川俊太郎、篠山紀信といった、後世に名を残すことになるトップランナーたちと、仕事を通じてどんどん交流していく。

 和田さんに会うたび、珍しい外国雑誌のイラストレーションの切り抜きをくれた人。「ナマイキな奴!」と職場で浮き上がっていたところを、和田さんに飲みに誘ってもらえた人。和田さんがはじめての商業本を謹呈すると、すかさず次は誰に贈るとよいかアドバイスをくれた人。彼らが一体誰なのかは、本を読んでたしかめてほしい。

 驚くのは、会社から任された仕事だけでも十分大忙しなのに、出会った人たちから受けた刺激で、和田さんが休みを削って働いていたこと。名画座の上映ポスターを無償で引き受けたり、退勤後にNHKに通ってアニメーションを作ったり、絵本を自費出版したり──そうやって「楽しいから」「おもしろそうだから」と夢中で仕上げた作品(仕事)が、必ず誰かの目に留まり、和田さんの名前を広め、しかるべき報酬を伴ったやり甲斐のある仕事を連れてくる。本の中に何度も出てくるその美しい連鎖は、仕事というものの真髄を見せてくれているような気がした。

 やがて広告が大きな産業に成長し、1960年代も終わりが見えて、和田さんは独立する。最終頁、青山に借りた一人の仕事場でおこなう、しずかで希望に満ちたとある作業が、じつに憎い。よい読書ができたと感謝しつつ──

 和田さん、遅ればせながら、お誕生日おめでとうございます。