ちくまプリマー新書

超エンタメ級の宇宙論入門が爆誕
『宇宙最強物質決定戦』より本文を一部公開

スティーヴン・ホーキング博士に師事した著者は、宇宙はエンターテイメントであると語ります。「ダークエネルギー」と聞くとちょっとテンションが上がる、宇宙のことを想像すると眠れなくなる、そんなあなたにおくる空前絶後の宇宙論入門書『宇宙最強物質決定戦』。「序章」を丸ごと公開します。

宇宙最強とは何か

「宇宙で一番強い、宇宙最強」

 誰しも一度は想像したことがあるかもしれません。格闘漫画が好きな人なら、きっとこのセリフを知っている方も多いのではないでしょうか。

「男と生まれたからには誰でも一生のうち一度は夢見る「地上最強の男」」

 板垣恵介さんの人気格闘漫画『グラップラー刃牙』において語られる一節です。とにかく最強の生物になりたいと願い、格闘技に明け暮れた選りすぐりのファイターが対決する漫画です。

 宇宙最強とは一体どんなものなのか、皆さんもきっと心の奥底では彼らグラップラーのような熱い気持ちがどこかに眠っているはずです。

 これは性別を超えて、きっと興味がある普遍的なテーマではないでしょうか。本書では宇宙という広大な場所を舞台に、さまざまな物質をキャラクターとして登場させ、宇宙最強を決めていこうとする、一風変わった宇宙論の入門書です。

 バトル漫画は少年誌の王道です。お気に入りの作品に登場するキャラクターを自分なりにランキング付けした経験は皆さんも一度はあるのではないでしょうか。私は、世代的になんといっても、鳥山明さんの名作『ドラゴンボール』です。ローカルな敵から、徐々に地球規模の強敵が現われ、ベジータ、フリーザと、インフレ状態に敵キャラが強くなっていきました。最後には、一撃で地球を破壊できてしまうので、悟空も一歩間違えると地球の守護者なのか、破壊者なのかと混乱してしまうほどです。そこでは主に一対一の戦闘シーンが繰り広げられ、読者を熱狂させます。そのバトルシーンは敵も味方も「かっこいい」の一言です。

宇宙の天体や物質の驚くべき特徴を紹介

 本書では宇宙の天体や物質の驚くべき特徴やそのスケールを紹介していきます。

 私は、宇宙論を専門にしている宇宙物理学の研究者です。これまで研究の中で扱ってきたテーマの中から、宇宙を舞台にしたさまざまな物質たちの驚異の姿をキャラクターのように表現してみたいと思い、本書の執筆を始めました。

 私は2013年から3年ほどイギリスにあるケンブリッジ大学のスティーヴン・ホーキング先生のもとに、国の研究員として(昔でいう遣唐使のようなもの)渡英し研究生活を行っていました。そこで肌で感じ学んだ、大学の原型や教育の仕方、もちろん宇宙論の研究も含め、実に幅広い経験をさせてもらいました(皆さんの税金ですのでここでお礼まで)。

 そこで感じたことは、宇宙というテーマこそ一般の人々に語って楽しませるべき、エンターテイメントになりうるものだということです。ホーキング先生は、身体は不自由であったかもしれませんが、つねに頭の中では、子供のように無邪気に宇宙を駆け巡り、冒険を楽しみ、そしてそれを講演会やイベントでいかんなく発揮して、聴衆を魅了してきたように思います。

 私もいつか先生のように、世界中の人を私が語る宇宙で魅了したい。そんな願望があります。残念なことに、帰国直後、先生は他界され、今もどこか空から見守っておられることと思います。それでも短い間にそばで感じた、先生の情熱(もちろん声で発生すらできない晩年で、会話をしたことなんて数回だけですが)、生きる姿勢、そして何より宇宙に対する深い愛情―そういったすべてが、こういった執筆活動、講演会といった私のライフワークの原動力として、息づいていると感じています。ちょうど、円周率πの日である3月14日が命日であり、その日はアインシュタインの誕生日でもあり、理論物理学者の端くれとして天を仰がずにはいられません。

 と、前置きはこのくらいにして、宇宙をいかにエンターテイメントとして語るかについて少し考えてみましょう。手っ取り早い方法は、宇宙を題材にしたSF作品のような映像で見せるというのがひとつ。しかし、単にかっこよさ、見映えだけを意識した宇宙では、私としては不満です。そこで、たとえば星に関する記述として次のようなものを取り上げてみましょう。

「重量型の星はその寿命の最後に超新星爆発を起こし、ブラックホールへと変化するものがある」

 たしかに知識としては興味深いのですが、これでは何か物足りない。それは単に球形である天体として想像するだけだからではないでしょうか。よっぽど迫力のあるCGをお金をかけて制作できるならば、これはこれでいいのですが……。

 ではその点を皆さんの想像力の力を借りて行うとしたらどうでしょうか。つまり皆さんでも想像できるような身近なものにたとえたり、擬人化してキャラ付けをしたらいかがでしょうか。今の例で言えば、巨大で重量感のあるキャラクターが目の前に現れたと想像してみてください。

「おいおい、貴様はその程度か、口ほどにもない……」などと高笑いをしていると突然、寿命が来て、大爆発! 主人公は、安堵しているのも、つかの間。今度は、煙の中から、まったく異質の敵が登場。

「待たせましたね、くっくっく……これが私の真の姿なんですよ」と某漫画の悪役のように変身を遂げる……。

 本書ではこのように、天体や銀河、ひいては宇宙全体の物質をキャラ付けし擬人化させることで、ある種のエンターテイメントとしての演出の手助けをしています。バトル漫画のような描写を読書の皆さんの頭の中で適宜イメージしてもらえると、より一層楽しめるはずです。これまで知らなかった天体や宇宙の現象に少しでも興味をもってもらうきっかけとして、ご活用いただければ幸いです。

 ちょっと変わった切り口かもしれませんが、きちんとした物理学的な説明をできるだけシンプルにキャラに反映することを心掛けました。主観的で、読者の方には余計ややこしいと批判されるものがあるかもしれませんが、そこは読み手の温かい目で見ていただければと思っています。もしかすると、読者の方のほうがもっとよいキャラ付けを思いつくかもしれませんね。ぜひ、そんな想像力豊かな視点で本書を読み進めてください。

「大きさ」「重さ」「電気」「速さ」

 まずは「宇宙最強」を一体何で決めるのかを最初にお話ししないといけません。ここでは主に4つの指標があると考えます。「大きさ」「重さ」「電気」そして「速さ」です。

 これはあくまで私が本書において示した指標であり、もちろん他の要素を用いて、ランキングをつけることもできます。たとえば「固さや寿命」といった他の性質はいくらでも考えることができます。

 ではなぜこの4つの要素を挙げたかというと、これらの側面を見ていけば、宇宙に存在するさまざまな天体や奇妙な物質を概観しながら皆さんにわかりやすく紹介し、入門的に説明することができると考えたからです。

 この世界では、主に4つの基礎的な力が宇宙を支配していますが、その中で「重力」が圧倒的な働きをしているのが宇宙という舞台です。重力は、先の指標で言えば、「大きさ」と「重さ」に関係しています。単純化してしまえば、大きければ大きい星ほど質量も大きくなり重力が強くなります。その意味で、4つの要素の最初の2つはざっくりと比例関係になっています。ただしもちろん例外もあります。それが「コンパクトな天体」と呼ばれるものです。大きさは非常に小さいのですが高密度で質量が絶大に大きいという天体で、ブラックホールや中性子星が該当します。

3つめの要素である「電気」は、広い意味で「電磁気」という分野の指標です。たとえば、ブラックホールは物を吸い込むだけでなく、超高速のジェットを宇宙空間に吐き出しています。そのメカニズムは未解決の天文学テーマですが、そこで重要な役割を果たすのがこの磁場や電場というものです。多くの銀河も同様に、電気や磁気を有しており、宇宙物理学を詳細に研究する上で欠かすことのできない要素のひとつです。

 そして最後は、物質が持つ「速度」という指標です。宇宙では光をはじめ、超高速で移動するさまざまな物質が数多く登場します。皆さんは速度と言えば、「時速」「秒速」といった単位を思い浮かべるでしょうか。我々にとって身近な速いものといえば車ですが、時速60〜100キロメートル程度で走ります。一方、この世界において最高の速度をもつ光は、時速にしてなんと約10億8000万キロメートルというとんでもない数値をたたき出します。光はおよそ秒速30万キロメートルなので、そもそも車で数時間かかる距離を一瞬で追い越してしまうため、比較になりません。

 速度の比較をする場合、超高速で移動する素粒子を扱うなら基本的に秒速を用います。私たちの太陽も銀河内を移動する星の一種ですが、その移動速度は秒速およそ230キロメートルとこれでも相当なものですね。地動説では中心にある太陽は動かないと考えます。でも本当はその中心だってこれほど猛烈に移動しています。銀河という集団の中を、まるで高速道路をぶっ飛ばしているように星々は移動し続けているのです。そんな速度の世界をご紹介します。

我々のような「物質」は宇宙ではマイノリティーな存在

 しかし、これらの紹介を通して、私が最終的にお伝えしたいのは「我々「物質」(あとで「バリオン」という総称が出てきます)は、宇宙ではマイノリティーな存在である」という事実です。

 漫画ではよく、主人公が強くなってのし上がっていくというストーリーがあります。そしてライバルや重要な人物には必ずと言っていいほど、その身内が登場します。漫画『刃牙』シリーズでは、最大トーナメントの決勝相手は実の兄で、地上最強が自分の父親という設定がありました。『ドラゴンボール』でも、最強の戦闘民族であるサイヤ人の血をひく者たちが結局いつも勝利をおさめてきました。

 しかし、現実の宇宙ではそうはいきません。バリオンが一番になることはないのです。第1章から始まるバリオン同士の戦いも、最終章を迎えるころには宇宙の片隅での出来事になってしまっています。私たちは全宇宙の物質のわずか5%にも満たない存在であることを痛感させられるのです。『ドラゴンボール』では敵の強さがどんどんハイレベルになっていくように、最終戦であるダークエネルギー対ダークマターはバリオン世界のレベルを超えた空前のバトルとなっています。たとえ天地がひっくり返っても、我らバリオン代表が主人公としてこの宇宙最強バトルに挑み、勝利することはないと言えます。

 ワクワク感が多少そがれてしまいそうですが、この点はノンフィクションなので仕方ありません。それでも、いったい何が宇宙最強なのか、あなたはすでに知りたいと思い始めていませんか。ぜひ壮大な宇宙バトルの物語を楽しんでください。

アインシュタインの方程式

 宇宙全体を見たときに、前述の4つの指標のうち、宇宙最強であるとは一体どのようなことで説明されるべきでしょうか。それに答えるには、この方程式がカギになります。

 H 2 = 8πG 3 ρ

 これは、かの有名なアインシュタインが導いたアインシュタイン方程式のうち、宇宙を司る「フリードマン方程式」と呼ばれる数式です。これこそ、まさに宇宙において「重力を制するものが覇者となる」を表現した数式といえます。

 左辺のHが宇宙の膨張率を表しており、右辺のρは、物質の密度です。宇宙全体を見たときの物質は、その総質量同士で比べるにはあまりにも広大な体積を扱うことになります。そこで、単位体積あたりにおける質量である「密度」という量で比べます。さらに正確に言うと、ρは、宇宙全体における「エネルギー密度」を意味しています。

 さきほど4つの指標を挙げましたが、実は「重さ」と「速度」も「エネルギー」という概念においては同じ尺度で考えることができるようになります。たとえば、重い星の重力エネルギーと、高速度のジェットの運動エネルギーとが同じ土俵で競い合うことになります。「電気」も広い意味でいえば電気エネルギーとして同じエネルギーに括れますが、右の2つとは異なるエネルギーです。また、「大きさ」は基本的に同じ密度である星を想定すれば「大きさ」と「重さ」が比例してくるので、「重さ」に含まれます。

 そういったエネルギー密度の指標で比べて初めて、宇宙全体における物質の総量が見えてきます。その内訳には、主に次の4つの物質が登場します。「ダークエネルギー」「ダークマター」「バリオン」そして「光」です。これらが宇宙全体における物質のカテゴリーであるといえます。この内、第2章までのお話は主にバリオンが主役です。

 私たちの身のまわりにある全ての物質は、「原子」で構成されています。「陽子」「中性子」「電子」の3つが織りなす世界で、これらの組み合わせによって、よく知られている周期表が成り立っています。そこに登場する元素を用いると、私たちの身のまわりの全ての物質が作られる仕組みです。これらを総称して、「バリオン」と呼びます。

 正確には、「3つのクォークで構成された結合粒子」を意味するので、陽子、中性子などを指しますが、広い意味では全ての元素はバリオンであると言って差し支えありません。私たち生物はもちろん、地球も太陽も、身の回りにある普通の物質は、このカテゴリーに属しています。そんなバリオン世界の宇宙における代表的な存在が「星」です。

 そこで、まずは星同士のローカルな戦いから、コマを進めていくことにしましょう。

【書籍につづく】



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