こうして、出版社から本を出してもらうのは四年ぶり、七冊目になります。四年間はまるまるコロナ禍と重なるもので、その間には自費出版で本を何冊か出していました。基本的に自分のことを書くのは苦ではなく、ライフワークのように続けているのが日記です。
これまで、身のまわりの関係の近い人たちについて書いてきました。それは遠く離れた場所に住む実の家族だったり、いつも私を助けてくれる大事な友人だったり、大切な子どもたちとパートナーだったり。写真家を主な肩書きとしている自分にとって、撮ることと同じように、書くことで自分の人生を記録してきたように思います。
おそらく、これまでの本を通して、まるで私の人生を並走していたように感じている人も少なくないのではないでしょうか。
四年前に夫が病気で亡くなりました。
夫が亡くなってからの一年間の記録を終えたところで、継続していた日記を一旦やめることにしました。夫との結婚、そして子どもたちが小さい頃の育児については、十分書いた、という思いがあります。
とはいえ、やはり記録することは私にとって必要で、この四年の間も、ときどきは日記を書き、それを自費出版という形で発表してきました。
同時に、そのあと出会ったパートナーとのことを、現在進行形で書くのが、なんだか難しくも感じていました。パートナーの存在は、自分を写し出す鏡のようなもので、彼とのことは、いずれちゃんと書くことになるだろう、書かなければいけない、とも思っていました。
今回、夫が亡くなる直前に通い始めたカウンセリングセンターで、トラウマ治療を行いました。
夫しかり、パートナーしかり、私は一番近くにいる相手と、うまく関係を築くことができず、何度も自分の手で壊してきました。そのたびに新しい人間関係を作り、寂しさからは逃げてきましたが、結婚という形をとった夫との関係では、そう簡単に離れることはできませんでした。自分と向き合わざるをえない状況で、かなり苦しい思いを、夫も同様、お互いにしていたと思います。
もう結婚なんてこりごり、私は一人で生きていくんだ、と意気込んだのも束の間、目の前に現れたのが今のパートナーでした。
お互いの間に子どもがいて、結婚をしている一〇年と、相手は自分よりもひとまわり若く、何にも縛られることのない関係の四年は、まったく別ものですが、相手と安定した関係を築くことが難しい私にとっては、どちらも綱渡りのようでした。
歩ける道は狭くて暗く、心細い。一緒にいるのにいつも不安で、常に何かに怯えている。自分に向けられている愛が、見えない、わからない。
誰といてもそうなることを知っていて、心のどこかで、諦めていたような気がします。安定した関係性を、一対一の誰かと作ることは、私にはできないと。
それでもこの四年間、なんとか向き合い続けてくれたパートナーがいたから、私も変わろうと思えたのだと思います。「誰といても一緒なら、僕でいいでしょ」といつの日か言ってくれたことも、これを書いている今、思い出しました。
なんとか変わりたい、でもどうしていいのか、もはやわからない。そんなときに相談したのが、長年通っていた原宿カウンセリングセンターの中野葉子先生でした。私が夫への気持ちを整理できたのも、パートナーと今現在も関係を続けられているのも、先生との時間なくしてありえませんでした。
途切れ途切れに通い続け、カウンセリングでは変えられなかった強固な面を持つ私の前に、ふいに、いま思えばプレゼントのように差し出されたのが、先生の取り組んでいる「EMDR」といわれるトラウマ治療法でした。
存在自体は知っていましたが、「トラウマ治療」という響きから、私なんかがやっていいものではない、と決めつけていました。これはもっと大変な経験をしている人のためにあるもので、私のつらさは取るに足らないはず。
でも、自分のことは自分で決めていいのだと思います。
誰かのつらさに、大きいも小さいもない。
私には私の生きづらさが確実にあって、それはこれまでの経験によって作られている。トラウマという言葉が当てはまらなければ、傷と呼んでもいい。外からは見えない傷が、癒えることのないまま、今の自分に影響を及ぼし続けている。
私にとって治療は、これからも生きていくために必要で、取り組まざるをえなかったものだと思います。それは、いつの日か奪われ、ねじれていた力を取り戻す作業でもありました。
私の力は、誰にねじまげられ、何を奪われてきたのだろう。
治療を始めてすぐ、これは記録しておかなければ、と思いました。まるで人生の総ざらいのような時間。自分がどんな人生を歩んできて、傷つき、こうなったのか。
状況は違えど、きっと似たような境遇の人がいるかもしれません。その人のためにも、こんな方法があるのだということを知らせなければ。そのために書かなければ。
書くということは、自分のためであり、それ以上に誰かのため、いま読んでくれているあなたのためなのだと、今回強く実感したのです。
新刊『愛は時間がかかる』から、まえがきにあたる文章を転載します。