ちくまプリマー新書

人はいつ数学嫌いになるのか――答えは「算数」の教え方にあった?!
『数学の苦手が好きに変わるとき』より本文の一部を公開します

「公式は覚えるだけでいい」と教える授業や「女子は数学が苦手でも構わない」という言葉など、数学嫌いを生むさまざまな要因が世の中にはあります。数学の本当の面白さと学び方を伝える『数学の苦手が好きに変わるとき』より本文の一部を公開します!

数学は積み重ねの教科である

 人はいつ「数学嫌い」になっていくのでしょうか? 私の見立てでは、算数段階に問題があるように思います。

 算数では整数から始まって、小数や分数までの範囲で四則計算を学びます。並行して、図形分野では様々な平面図形や空間図形を学びます。さらに、長さ、面積、体積、重さ、時間、速さなどの物理量を学び、同じ量同士を比べるものとして、比と割合(%)を学びます。

 中学数学で学ぶ√2 などの実数、方程式、図形の証明などは、当然、算数で学んだ内容の上に積み重ねられています。さらに、高校数学で学ぶ内容も、中学数学で学んだ内容の上に積み重ねられています。

 およそ建築を見ても分かるように、土台となる基礎工事が重要で、そこに手抜きがあると建物は傾いたり倒れたりします。算数、中学数学、高校数学と続く数学の学びも同じですが、その辺りの認識が不十分であるように感じることがあります。

 それは、「算数、中学数学、高校数学となるにしたがって重要性は増していくのであって、算数はあまり重要ではない」という見方です。要するに、基礎の部分を軽視しているのです。これは他の分野であれば、たとえば日本史のとくに現代史が大切だと思う人が「原始時代、古代、中世、近世、近代の順に重要度は増していく」という見方はあるかも知れません。どうも、その見方と重ね合わせているのではないかと感じます。

 私は桜美林大学に2023 年3 月まで勤めていたのですが、勤め始めて数年が経った頃から、大学の就職委員長を引き受けていました。当時、桜美林の学生の就職状況は芳しくなく、その原因のひとつが算数・数学に関係する非言語系の適性検査であることを知り、困っている学生のために「就活の算数」というボランティア授業を後期の木曜日の夜間に開講しました。そこで分かったことは、算数の内容が間違った方法で教えられていた学生さんがたくさんいたことです。ある意味では、「教育の犠牲者」ではないかと思いました。いくつかの事例を挙げましょう。

 皆さんもよく知っている九九に関して、たとえば「3×6=18(サブロクジュウハチ)」は「3+3+3+3+3+3=18」であることを学んでから、「サブロクジュウハチ」という言葉を覚えます。ところが、上の式を学ぶ前に「サブロクジュウハチ」という言葉を暗記させられたという学生さんに、何人も会いました。これでは、はじめて九九を習う小学生は混乱してしまいます。

 

それから下の図は、2008年度の全国学力テスト算数A(6 年生)で出題された、平行四辺形の面積を求める問題で、全国の小学生の正答率は85.3% でした。

 「平行四辺形の面積=底辺×高さ」という公式の言葉自体は、大概の生徒さんは覚えていたのです。しかし同じ問題でも、次の図で出題したところ、間違って「7×8=56(cm²)」と答えた生徒さんが結構いたのです。その人達に共通していたことは、公式の言葉だけ覚えさせられて、底辺に対する高さの意味をほとんど教えられていなかったのです。

 余談ですが、かつて私の友人が小学生の子どもさんの授業参観に行ったところ、先生は「3 つの角度が違う二等辺三角形がある」と生徒の前で間違った発言をされていたので、呆れてその問題を写メールにして見せてもらいました。このような“授業”もあるので、上の平行四辺形の話題は仕方がないかも知れません。

 

 また、読者の皆様で「は・じ・き」を知っている方は少なくないでしょう。さらに、「く・も・わ」も知っている方もいるでしょう。昔の人でこのような奇妙なものを知っている人は、ほとんどいないはずです。「は・じ・き」は「は(速さ)・じ(時間)・き(距離)」のことで、「く・も・わ」は「く(比べられる量)・も(もとにする量)・わ(割合)」のことで、次のように図で表します。

 これはそれぞれ、速さ×時間= 距離もとにする量×割合= 比べられる量を表しているので、下の2つを掛けることによって真ん中の横線の上のものになります。それゆえ、「き」を「は」で割ると「じ」、「き」を「じ」で割ると「は」、「く」を「も」で割ると「わ」、「く」を「わ」で割ると「も」、などの関係も図示しています。

 そもそも動いている物の「速さ」とは、単位時間あたりどのくらいの距離を進むかを表すもので、たとえば「時速50 km」とは、1 時間に50 km 進むことです。そこで、時速50 km で走行している車は4 時間に200km 進みます。

 いま、上で述べたことをきちんと頭に入れておけば、何も「は・じ・き」などに頼って「速さ」に関する問題を解く必要はありません。夜間に行っていた「就活の算数」ボランティア授業でも「速さ・時間・距離」に関する演習問題を行ったとき、間違った学生の解答の横にはなぜか必ずと言っていいほど「は・じ・き」の図が書いてあったのです。しかし、その用法を間違っていたのです。理解なき学びの結末でしょう。



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