電話が鳴った。
「雛が届きましたよ。見に来ませんか。」
何日もあんなに迷っていたのに、電話を切ったとたん、「飼わない」という決心が一瞬で固まった。雛を見には行こう、だが、見るだけで満足することにしよう。それが正解だ。
仲間内で「班長」と呼ばれて愛されている友人がいる。無欲と率直という貴重な組み合わせの個性の持ち主で、たとえば買い物に行った先で、連れが、ちょっと目をひく新奇な物を衝動買いしそうになると、「そんなん、いま欲しいだけで、明日になったらゴミになるわ。後悔するに決まってる。やめとき、やめとき」と冷や水を浴びせ、何度も友人たちを救ってきている。この班長に同行してもらって、カフェに行くことにした。こういう人選ができるようになった自分を褒めたい。
「ケーキセットでも、ランチでも、なんでもご馳走するから、私を止めてね。飼わないことに決めたんだから。雛かわいさに、もしうっかりふらふらしたら、どんなにひどいこと言ってもいいから、目を醒まさせて。」
「わかってる。大事な任務はぜったい忘れへんわ。フクロウなんか飼わんでええねん。シンプルな暮らしが一番やわ。」
「よろしくお願いします。」
こうしてストッパー同道で乗り込んだ私を、笑顔のミワさんはこっちこっちと手招きして、床に置いた段ボール箱を示した。しゃがんで覗き込むと、ところどころ糞で汚れた古新聞の上に立って、思い切り顔を上げて、真っ黒な目玉でひたと私を見た二羽のフクロウの雛たち。体格に大小があって、何日か違いで生まれたきょうだいたちかと思われた。大きいほうの雛が箱から出たがってしきりにばたつき、箱の側面めがけてジャンプを繰り返していた。その大騒ぎを避けて、ちびさんの方は隅できょとんとした顔をしておとなしくしている。
箱のそばのテーブルに陣取り、ちびっこたちを眺めていると、ミワさんがタオルを私の膝に広げ「どっちの子を見る?」と聞くので、やんちゃさに惹かれて「大きいほうの子」と答えた。
「大きいほうの子」は、そっと私の膝の上に置かれた。ぽっと温かさが伝わってきた。箱から出してもらってうれしいのか、すっかり落ち着いてちんまりと座り、あたりを見回し、私を見上げる。頭のぽわぽわとした産毛をなでると、とろりとした柔らかさが頼りないほどだ。しきりにぴいぴいと鳴く。

ミワさんが小さなガラスの器に餌のウズラ肉を入れ、ピンセットと一緒にもってきた。「この鳴き方はちょうどお腹がすいてきているしるしだから、やってみて。」
この店に出入りするようになって一年経つが、餌やりをさせてもらったことはない。かなりうれしい。
小指の爪ほどの大きさに切った肉片をピンセットでつまみ上げ、おそるおそるくちばしの前にもっていく。と、「大きいほうの子」は、なんの躊躇もなく口を大きく開け、その瞬間、目をつぶった。まぶたが閉じる寸前、その内側を、半透明の「瞬膜」が目頭から横にすっと眼球を覆った。そうやって薄目をつむって、「大きいほうの子」はあーむと肉片を受けとった。くちばしがピンセットの先もいっしょに銜え、コツッと軽いプラスチックのような感触が私の指に伝わってきた。そして、今度は思い切り大きく目を見開いて、私を見つめながら、待望の食事をごくりと飲み込んだ。
私のどこかでカチリとスイッチが入った。
ストッパーの班長のことばは、耳に入っていたような、いなかったような。確かな覚えがない。
帰り道、班長が穏やかな声で言った。
「ごめんね。ケーキセットご馳走になったけど、止められへんかったわ。かなりがんばったつもりやったけど、途中で、もうこれは無理やなと思ったわ。任務は失敗やった。……ていうか、もう止めんでええ、って感じやったよねえ。違う?」
そうだ。誰にも止められない。班長は無欲で率直なだけでなく、察しがいい。あんなに固く決心したのに、「飼わない」という選択肢はいとも簡単に蒸発してしまっていた。
……………
ぽーがうちに来て、さてどんな生活が始まったのか。
続きは単行本にてお楽しみください。
※単行本オビの応募券をお送りいただいた
先着200名様にぽーの羽根をプレゼント中です!(2017年8月末〆切)
詳細は単行本の帯のソデをご覧ください。