PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

少年表象と靴下留め
“トーマ”の末裔たち・2

PR誌「ちくま」6月号より嵯峨景子さんのエッセイを掲載します

 少年の創作イラストを検索すると、足に靴下留めを描いた作品を目にする機会が増えた。少女マンガが少年表象に与えた影響については前回のコラムで触れたが、靴下留めというアイテムに関しては他ジャンルにルーツがあると思われる。マニアックでややフェティッシュな内容だが、現在靴下留めはさまざまな形でポピュラーカルチャーのなかに登場しており、何より二十年ほどその受容状況を観察してきた人間としては語らずにはいられない。
 靴下留め(ソックスガーター)とは文字通り靴下がずり落ちないように留めるアイテムで、イギリスのガーター勲章にも名を刻んでいるようにその歴史は古い。現在主流の形状は近代紳士服と靴下の誕生とともに生まれたものであり、見える形で身に着けるものではなく、長ズボンのなかで靴下を留めるという用途で使用されていた。ある時期までの靴下は履き口にゴムが入っておらず、落ちないように押さえる必要があったため、靴下留めが実用品として使われていた。
 本来は紳士アイテムだった靴下留めを、少年という表象に結びつけた早い事例として一九七二年に発表された四谷シモンの人形「ドイツの少年」が挙げられる。裸体の少年人形は靴と靴下、そして靴下留めのみを身に着けている。裸体であるため必然的に見える形で装着された靴下留めは、実用的な機能を離れ、オブジェめいた装飾性と拘束感が際立っている。「ドイツの少年」が生み出した靴下留めを着ける少年というイマジナリーな表象は、映画「1999年の夏休み」で決定的なアイコンとなる。
 金子修介の映画「1999年の夏休み」(一九八八年公開)は、萩尾望都の『トーマの心臓』を原案とした作品である。”トーマ”から少年たちの愛と死というモチーフを引き継ぎつつ、登場する少年は少女キャストが演じ、声は声優の吹き替えを当てる独自の仕掛けで虚構の「少年」が創出されている。制服として設定されている半ズボンと靴下留めは、懐古的な寄宿舎の建物と近未来的なガジェット感あふれる小道具とともに忘れられないイメージを残す。二〇〇五年頃までの少年表象と靴下留めといえば「1999年の夏休み」であり、私自身もこの作品がきっかけで靴下留めを蒐集し、やがては好きが高じて手掛けているブランドから発売してロングセラー商品となっている。
 一部の好事家が愛好していた靴下留めは、近年では漫画やゲームのさまざまな二次元キャラクターが身に着けるほど一般化した。二〇〇六年から連載中の枢やな『黒執事』のシエルは靴下留めを身に着けた二次元キャラクターの先駆けとなった。二〇一五年にはゲーム「刀剣乱舞」で蛍丸が、『刀剣乱舞図録』ではへし切長谷部が靴下留めをつけ、人気コンテンツで用いられたことにより認知度が高まり、現在はさまざまなキャラクターやイラストで目にするほどメジャーなアイテムとなっている。
 半ズボンと靴下留めという少年的なファッションの様式美を愛でつつ、使い方がこれだけのイメージに限定されてしまうのは惜しいと思う。コレクションへの登場回数から無類の靴下留め好きだと思われるトム・ブラウンのように、または八〇年代の『Olive』でソックスガーターがデコラティブにスタイリングされていたように、足を彩る自由なファッションアイテムとして広まっていくことを願っている。

 

PR誌「ちくま」6月号

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