遠めの行路に印をつけて

テキサスウェディング(1)

ニューヨークでの生活を楽しむ友人でゲイのトミー。誘われるまま、彼の妹・アンディの結婚式に出席することになった。行先は、トミーの故郷、保守の地盤で名高いテキサスだった。

明日はヒューストンへ旅立つというのに、トミーは明け方にアパートに戻って来て、なにやら楽しそうに携帯をポチポチしている。今別れてきた相手なのか、次のデートの相手なのか。決まったパートナーがいない境遇を目いっぱい謳歌していて、ちょっと羨しくなる。

半地下のアパートは、朝になってもうす暗い。ブルックリンの中という好立地の割には信じられないくらい割安の家賃なんだそうだ。おかげで近所を歩くだけでニューヨーク観光ができた。

トミーはドクターコースにいる学生で、研究の関係上アメリカだけでなく東京など世界各地に住んでは引っ越しを繰り返していた。

「いろいろ住んだ中でもニューヨークは本当にぼくたちゲイにとって特別なんだよ」と目を輝かせる。

え、同性愛者の権利が一番進んでいるところってサンフランシスコなんじゃないの?

「そうだけど、ニューヨークはどんな人間でもそのまま受け入れてくれる。性別も人種も全く気にする必要がないんだ」

たしかに外に出れば人種の坩堝(るつぼ)って言われる通り、いろんな人種や個性的な人たちばかりだ。ほぼヘテロセクシャルで日本で日本人として多数派を享受し生まれ育って来た私ですらも、ニューヨークの意思的な自由を強烈に感じる。でもトミーが味わっている解放感を共有できるかというと、難しいだろう。

明日トミーと二人で向かうヒューストンは、テキサス州だ。ニューヨークとは対極で保守層が多いところだ。トミーはテキサスの片田舎で生まれ育っている。今回はトミーの妹アンディが結婚するので式や披露宴のために帰郷するのだった。

私がアメリカ旅行中にトミーに会う計画を立てていたら、日程が近いからぜひジュンコも来てほしいとアンディから招待を受けたため、トミーの住むニューヨークだけでなくヒューストンにも寄って結婚式にお邪魔することにしたのだった。

 

「結婚式に来るいとこたちにメールを出して、僕がゲイであることを知らせてみたんだ」

壁に寄りかかってノートパソコンを開きながら、トミーが呟いた。アンディの新居のリビングにソファはあったけど、私もトミーも互いのバックパックの横に足を伸ばして座っていた。アメリカの一軒家らしく全館完全冷房でとても涼しい。ニューヨークでは冷房が無くても問題なかったが、ヒューストンに着いた途端に猛烈な暑さで冷房がなければどうにもならない。

トミーの声の調子はごく穏やかで冷静で、深刻そうでもない。けれども、結婚式に向けていろいろ気を遣っていることは読み取れた。

みんなの反応はどう? あまり深刻にならないように明るく聞いてみた。

「喜んでくれてるよ。若い世代は大丈夫」

そりゃそうだろう。トミーが慎重になっていることが意外だった。ニューヨークでのキラッキラの笑顔はなりを潜めている。やっぱり親族相手となるといろいろ難しいのか、それとも「テキサスだから」なのか。もしくはその両方なのか。トミーの妹アンディの結婚式まではあと四日ある。

テキサス州にはアンディやご両親だけでなく一族が住んでいる。もちろんトミー以外にもテキサスの外に出て行った親戚もいて、アンディの結婚式で久しぶりに? 里帰りするようだ。結婚式の前日、前々日ともに親族たちとのディナー会もあるという。

もしかして私、これからそのディナー会も全部出るの? 親族でもないのに参加して大丈夫なの? できれば式と披露宴以外は遠慮したいんだけど……。

「だって車の運転もできないジュンコを置いていくわけにもいかないでしょう」そうなのだ。アンディの新居はヒューストン郊外にあるいわゆるゲーテッドシティで、ドラマにでてくるような小綺麗な一軒家が並ぶエリア。歩いていける距離に店やレストランはない。私だけ今からホテルをとって泊まるとしても、車の運転ができないとピックアップなどの手間をかけさせてしまう。ただでさえ人生の一大イベントを前にしてアンディはピリピリしている。まあもう来ちゃったものはしょうがない。彼らがやりやすいようにお任せでついていくしかないか。

トミーとの付き合いは遡ること四年前、テキサス州のある施設を案内してくれたことがはじまりだ。トミーは日本に留学していたので日本語がとても流暢で案内と通訳を兼ねてくれた。初対面にもかかわらず、実家に泊まらせてもらったので自然に家族ぐるみでの付き合いとなり、話も面白く意気投合して親友になった。

会った初日には僕はゲイですと言われていた。ご両親にもカムアウト済みで受け入れてもらっていて僕はとてもラッキーなんだとも。

私はそれまでアジアや中東は旅してきたけれど、アメリカ大陸に来たのは初めてで、アメリカのことは映画や本で知った気になっていたことも手伝い、彼に正面切って言われたことに驚きも違和感もなく、むしろアメリカっぽいなあ、くらいの感覚で受け止めた。

日本でのゲイの友達は、なんとなくそうなのかなと長い期間思いながらこちらから聞くわけにはいかないしで、言い出してくれるのをひたすら待つことが多い。あくまでも私の周りの場合だが。

トミーの自己紹介や両親との関係があまりにもスマートだったので、それがアメリカのスタンダードなのだと思いかけた私に対して、トミーは何度も何度も僕の両親のようにすぐに認めてくれる親はテキサスではとても例外的で、ここはゲイ差別がとても激しく根強い土地なのだと説明してくれた。パパは僕がカムアウトしたら殺されるかもしれないと心配しているとまで言われて戸惑った。え、殺されるってまさか。

「いや、ほんとうにそういうところなんだよ」

日本人には理解を超える激しさだと慄(おのの)きつつ、私のはじめてのアメリカ―テキサス滞在は、トミーもアジア人である私も直接的には恐ろしい目どころか嫌な目にすら遭うことなく(トミーは白人男性なのだからゲイだと名乗らなければ差別を受ける立場でないのだが)無事に終えていた。

もしかして、トミーがゲイであることをまだ知らせていない親族の人たちが沢山いるってことだよね? どこまで知らせているのか聞いてもいい?

「まずパパとママとアンディともう一人の妹メアリー。家族には話してるし、わかってもらってる。それからアンディの結婚相手であるスティーブもわかってくれてる。彼はとてもいいひとなんだ」

スティーブのご両親は?

「それがアンディに知らせないでほしいって言われて、以前に会ったときにも話してない……」

そうかあ……。難しいね。

トミーとアンディは仲の良い兄妹で、トミーがゲイであることをアンディはしっかり受け止め応援してくれているそうなので、アンディにとっても苦渋の選択なのだろう。

そんな具合で年配の親族のほとんどは、トミーがゲイであることを知らないというのだ。なるほど。普段はニューヨークでイキイキとゲイライフを楽しんでいるトミーだけに、思うところもあるだろうけれど、なにより今回のパーティーの主役はアンディなのである。ここは彼女のためにも騒がず静かにやり過ごすしかないと思っているようだった。どう思う? と聞かれたけれど、そうするのが無難だろうねと答えるしかなかった。

もし日本で同じような場面になったとして、当事者の家族になったつもりでしばし考えてみたのだが、情けないけど大人しくやり過ごす以外になんにも思い浮かばない。