遠めの行路に印をつけて

ピックアップ・アレクサンドリア(3) 
上陸

アレクサンドリアで下船してオイレたちのキャンピングカーでカイロへ。そこで明らかになった、突然の同乗がゆるされた理由とは。

 船がアレクサンドリアに接岸したときはまだ明るかったので、日没前に入国できるのかと思ったのだが、そこからが長かった。本当に長かった。入国審査の役人が船に乗り込んでくるまでに夜となり、それから一つ一つの車の積荷を詳細に調べているらしく、私とユーシフは荷物を持ってオイレたちと一緒にキャンピングカーに乗せてもらって待ち続けたのだが途中で待ちきれずに眠ってしまった。車が動く振動で目を覚ましたら深夜0時だった。車はすぐに停車した。外を見るとまだ港なのだった。徒歩でエジプト上陸する乗客が数名、エジプト人の役人と思われる人の前に並んでいる。キャンピングカーに誘ってもらってなかったら、あの人たちと一緒に並んでいたはずだ。ホテルの予約もないまま深夜の入国は、相当厳しいものとなっていただろう。オイレたちに感謝しなければ。やっとのことで車の検査が終わったら夜中の1時を回っていた。明るくなるまで港の駐車場に停車して眠ることになった。

 キャンピングカーの中は本当に広かった。キャンプと名のつくものだから大きいと言ってもコンパクトサイズなんじゃないかという予想を大きく外した。インテリアも古びた雰囲気がとてもいい感じだった。ベンツ、すごいもの作るんだな。大人二人が手足を伸ばして寝られるダブルサイズのベッドが二つあって、そのうちの一つを私がひとりで使わせてもらい、三人がもう一つのベッドで横になった。

 次に目を覚ました時には車は白っぽい道を走っていた。ベッドから起き出してソファに座って外の景色を見ると、奇妙な形をした塔がポツポツと並んでいた。

 「鳩舎だよ」とユーシフが窓を見たまま淡々とエジプトでは鳩を食べるんだと説明してくれた。エジプトに帰ってきて嬉しいのか嬉しくないのか、表情が乏しくてよくわからない。

 ドライブインのようなところでサンドイッチを食べて、昼前にはもうカイロに入っていた。なんて快適な旅だろう。このままずっとキャンピングカーの隅っこに置いてもらって旅したら楽しいだろうか。いやいや。分かりやすいところで降ろしてもらおう。安宿をいくつか回ってみるとしても、日が高いうちに決められるだろう。運転席に行くと、ユーシフが助手席で道を教えている。

「どこに向かってるの?」

「カイロに住む友達の家だ。そこでランチを食べよう。もう連絡してある」

 ああ、まあそれもいいかとそのままカイロの中でもくすんだ街路で降ろされて、連れられるままに古いビルの3階に上がった。そこにはユーシフの親友イヘブと妹夫婦や子供などごちゃごちゃとたくさん人がいて、誰かがエジプトピザを買ってきてみんなで分けて食べて、気がついたら私はその家に泊めていただくことになっていたのだった。

「明日は私がカイロで一番大きい書店に連れて行くよ。アメリカン大学の中にあるんだ。あそこなら英語のガイドブックが手に入るだろう」とイヘブ。

 え?  そうなの??  オイレたちとユーシフがどうやら私の状況をイヘブたちに説明したらしい。長くて早口のグループ英会話になるとさっぱりわからないのでポカンとするばかり。私はどうやら助けが必要な困った旅人としてこの家に連れてこられたようなのだった。ありがたいやら情けないやら。

「じゃあジュンコ、僕らは車に帰るよ。気をつけて。良い旅を」

「これでお別れ?」

「いや、これからモガンマアで在留許可をとってからシナイ半島の方を回るんだ。その後カイロに戻ってくるよ。その時にはここに来るよ。その頃君がまだカイロにいたら会えるかもしれない」

「わかった。あのね、素敵な車に乗せてくれて、ここまで連れてきてくれて、本当にありがとう。でもなんで、私を乗せてくれたの?」

 二人とユーシフは一緒に旅してもおかしくないけど、私は、彼らほど浮世離れもしてないし、旅慣れてもいない。英語も下手だし。なんで助けてくれたんだろう。

「ヨーヨーとヤマがそうしようって言ったからだよ。彼女たちはすごく獰猛で知らない人に懐かないんだ。あのフェリーの甲板で初めて会った時、ヨーヨーとヤマが君に向かって駆け出すのを止められなくて、どうしよう! と思った。なのに君は全く怖がらず彼女たちを手なずけてしまっただろう? それに君が車の中に入ってきた時も、全く吠えなかった。びっくりしたよ」

「そうだったの。ヨーヨーとヤマにピックアップしてもらったんだね、私」

 犬に助けてもらって、初対面の人たちにも助けてもらって、私は一体何をやっているんだろう。でも、まあ、ここまで来てしまったのだから、今は助けてもらってでも進むしかないか。ヴェネツィアを彷徨っていた日々がずいぶん昔のことのように思えてきた。