脇田玲

第2回:マインドセットを変える組織

いま「ラボ」や「リサーチ」を冠した組織が、アフターインターネット時代のビジョンを作りあげつつある。彼らはスピード感と軽やかさを武器に、新しい技術の可能性を社会に問い続けているのだ。ラボやリサーチをイノベーションの駆動力とする「ラボドリブン社会」とはどのようなものか。ビジネスからアートまで、最先端の現場からラボの新しい姿を解き明かす。

アート&サイエンスの事例

同様の流れはアート&サイエンスの世界でも起きている。電子芸術の国際的な祭典として知られるアルス・エレクトロニカ・フェスティバルは毎年夏の終わり頃オーストリアのリンツで開催される。今年も9/8〜9/12まで開催され、デジタルミュージック、インタラクティブアート、アニメーションなど様々な分野の作品が発表された(筆者も小室哲哉さんとの共作による8Kの映像音響インスタレーションを発表したのだが、スペースの関係から振り返りインタビューのリンクだけお伝えしたい。

・インタビューその1 http://www.sensors.jp/post/1016125.html

・インタビューその2 http://www.sensors.jp/post/tetsuya-komuro-akira-wakita-ars.html

このフェスティバルでは賞も授与される。受賞作品には既存の芸術の見方を大きく更新するようなものが多い。例えば、昨年度のデジタルミュージック部門では、日本人アーティストの赤松音呂さんの作品「Chijikinkutsu」がグランプリを受賞した。デジタルミュージックという言葉からは、PCで動作する作曲アプリやそれによって作られた楽曲、その配信環境などを思い浮かべるのが一般的だろう。しかし、赤松さんの受賞作はその概念を覆すもので、地球の地磁気によって水琴窟を構築するという壮大なシステムなのだ。ミュージシャンがアプリのスライダーを操作して楽曲を作るという一般的なイメージは微塵もない。地球に流れる地磁気を感じ取る装置、それを音に変換するカラクリ、そして水琴窟という文化的文脈が一体となり、壮大な音響空間を構築している。音を聞きながら地球を感じ取る、もしくは地球を聴くための楽器とも言える。

あるグループ展で赤松さんとご一緒する機会があり、ご本人に伺ってみたところ、赤松さんは現代アートの世界で活動してきた作家であり、アルスには初めて作品応募したそうだ。この作品であれば、インタラクティブアート部門やハイブリッドアート部門の受賞がふさわしく感じるが、そこに(おそらくあえて)デジタルミュージック部門として賞を与えるところにアルス・エレクトロニカの面白さがある。赤松さんの受賞は、デジタル音楽とは何か、人類にとって楽器とはどのような存在なのかといった本質的な問いを巻き起こし、デジタル音楽に対する人々のマインドセットを変える出来事だったのだ。

アルス・エレクトロニカのビジョン

前回のコラムで少し触れたが、アルス・エレクトロニカにはフューチャーラボという研究機関がある。展示と教育をカバーするミュージアム部門、賞と祭典を取り扱うフェスティバル部門、そして研究開発を担うフューチャーラボという3つのフレームでアルス・エレクトロニカという組織は構成されている。このラボは展示技術の開発や外部組織との共同研究を実施しており、クライアントには日本企業も多い。ちょうど先日、フューチャーラボの友人2人が来日したので、横浜中華街で食事をした。ラボに関するコラムを書いているので、フューチャーラボの研究目的を教えて欲しいとお願いしたところ、帰ってきた答えは「人々のマインドセットを変えること」だった。彼らにとって重要なのは、収益を上げることでもなく、論文を執筆してビジョンを後世に伝えることでもなく、特許を出願することでもない。世界中の人々のマインドセットを変え、社会を良い方向にシェイプすることだという。恐らくこのビジョンはフューチャーラボのみならず、アルス・エレクトロニカの組織全体で共有されたものであり、フェスティバルの受賞作の選考にも良い影響を与えていると思う。

二次的創作と社会進化

スウェーデン・アカデミーとアルス・エレクトロニカのもう一つの共通点は権威ある組織であることだ。賞を授与できる立場だからこそ、人々のマインドセットを変えることができる。世の中を見回してみると、残念ながら権威と実験マインドの双方を具備した組織は稀である。大方は権威により価値を固着せしめ、世の中を停滞させているように思えてならない。

革新的な研究成果や芸術作品の創出を一次的な創作とすれば、それらへの賞の授与は二次的な創作と言えるだろう(二次的創作については外山滋比古『思考の整理学』を参照されたい)。どのような枠組みとして取り上げるか、どのような解釈を与えるかによって、人々の認識は変化する。そして、人々の認識を変えることは、世の中を変えるということに他ならない。二次的創作を通して社会をシェイプする、そのようなラボドリブンな方法は今後もっと増えていくだろう。

ボブ・ディランと赤松さんの受賞から、スウェーデン・アカデミーとアルス・エレクトロニカに通底する実験マインドを勝手に推察してみた訳だが、もちろん選考にまつわる本当のところは関係者のみが知るところであり、以上は筆者の僅かな経験と浅薄な知識に基づく身勝手な想像でしかない。

文学も音楽も素人当然である筆者がノーベル文学賞について意見を述べるのは分不相応であることは承知の上なのだが、一方で、科学と芸術の双方の世界で仕事をしている一身分としての私見も全く無意味というほどでもないだろうと考え、拙い文章をまたも執筆してしまった旨、ご容赦いただければ幸いである。

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