武器としての世論調査

【対談】菅野完×三春充希「選挙は最大の世論調査である――2019年参院選をどう見るか」
『武器としての世論調査』発売記念対談

参議院選挙が公示され、日本全国で各陣営が選挙戦を戦っています。
目下選挙活動の現場での取材を行っている著述家・菅野完さんと、各紙の世論調査結果をもとに最新の選挙情勢を発表し続けている『武器としての世論調査』著者・三春充希さんが、今回の参議院選挙の見方を語ります。
(2019年7月6日収録)

『武器としての世論調査』を読んで

菅野 『武器としての世論調査』、めちゃめちゃ面白かったです。まずは、これまで選挙をやってきた人――政治家本人、自民党なら各種業界団体、民主系なら労働組合の人――がなんとなく経験則として知っていたことが図表化されている、数値化されているというのが新しい。でもなによりも、三春くんが本職の社会学者じゃないってところがすごく斬新だと思った。これは本来は、新書で本職の社会学者ないしは政治学者がやっておかなきゃいけなかった話なんですよ。そこに本職の人たちが手を出してこなかったというのが、日本の社会学はあさってを向いてて、政治学は象牙の塔に入りすぎてることの象徴のような本だなと思います。巻を措く能(あた)わずの勢いで読みました。
三春 ありがとうございます。
菅野 どうして本にしようと思ったの?
三春 ぼくはWEBで市区町村ごとの得票率の地図を公開しているんですが、ちくま新書の方がそれに関心を持たれて、依頼をしてくださったんだったと思います。
――三春さんは菅野さんが責任編集をつとめる月刊誌『Gesellschaft(ゲゼルシャフト)』で創刊号からご執筆されていますが、菅野さんはどのような経緯で三春さんに執筆依頼をされたんですか?
菅野 一方的に、俺がこの人をおもしろいと思ったからです。三春くんは、いい加減なことを言ってるやつに喧嘩をきっちり売る。
三春 ええ~。
菅野 うちって、誰かに喧嘩を売っている人にしか原稿を依頼しないんですよ。
三春 そういえばそうですね。
菅野 そこしか基本コンセプトがなくて。人物でもいいし、事象でもいいんだけど、誰か・なにかに喧嘩を売ってる人でないと執筆してほしいと僕は思わない。三春くんは数字に足を置いて、おそらくは三春くんと政治的な立場が同じであろう人でも、いい加減なことを言うと「こら! ワレェ! しばき倒すぞ!」ってしばきに行く。
三春 世論警察とか、裏で言われてるのを聞いたような(笑)。
菅野 思想的に真逆な人でも、数字の読み方が正しければ「そう、そのとおり」って言ってみたり。それは、表現者としてあるべき姿だと思う。
三春 データ、ファクトを大事にするというのは基本ですね。

なぜ世論分析を始めたのか

菅野 そもそも、数字に足を置いた研究をしようと思ったのはどうして?
三春 ぼくはもともと理科系なんですよ。天体の物理学を研究していたので、コンピューターでいろんな数式を計算するような、数字に強いほうだったんです。ですが、2011年に原発事故が起こって、科学が政治によって歪められてしまうという現実にすごく複雑な思いをしました。原発が爆発した後、避難や被害の補償という当然すべきことを前にして、本来合理的であるはずの科学が不合理として使われてしまった。それで、科学を去るんです。
菅野 あ、去ったんだ。
三春 それで大学院を卒業するとき、学生課に出す進路調査票に書いたのが「詩人」でした(笑)。それから詩や小説を書く訓練をずっとやったんですけど、そうやって社会からいわばドロップアウトした状態というのを1年か1年半くらい続けました。それから特定秘密保護法とかが問題になってきて、政治にコミットするようになったんです。同世代では、SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会。後のSEALDs)が官邸前に立っていた時期です。それで政治に関わるとなった時、ぼくの強みを活かせるのが数字だったんです。
菅野 そこで世論調査の分析を始めた。
三春 はい。世論調査結果のグラフをつくり、補正をしたりというようなことは、当時は自分以外にやってる人がいなかったし、自分しかできないかもしれないと思いました。そこから「数字」なんです。
 でも実際のところは、そんなに数字ばかりに意識があるわけでもないという面もあります。例えば、世論調査をいくら分析しても、世論のなかのとらえきれないものは必ずあると思うんです。
菅野 おっしゃる通り。
三春 『武器としての世論調査』も、実は世論調査や選挙というものを、データで語っている面もあれば……
菅野 定性的な言葉で語っているところもあるよね。
三春 結局世論っていうのは人の心ですから、データでは扱いきれないところがある。でもそれが、得票率や議席数といったデータになるのが選挙結果なんです。そういう微妙な領域をやっているんだと思っています。

数字と現場の肌感覚は必ずズレる

菅野 現場で選挙を見ていると、やっぱり数字通りだなと思うことと、うーんそうでもないなって思うことがあるのよ、肌感覚としてね。
三春 そのズレはすごく大事ですよね。
菅野 「やっぱそうだな」率と、「いやちょっと違うな」率を比べると、7:3くらい。その3割になにかあるんだよ。
三春 そのズレには必ず意味があると思います。先ほども言いましたが、ぼくは、市区町村ごとの各政党の得票率を細かく地図にして発表しています。書籍では通常の日本地図上に表示していたのですが(図1)、最近では地域ごとの有権者数に応じて市区町村の面積を操作した地図上に、得票率を表示したものも公開しています(図2)。

 図2が、第24回参院選(2016年)比例代表の与党(自民党と公明党の合計)の得票率を、地域ごとの有権者数に応じて面積を操作した地図上に表示したもの。
 いずれも黄色から赤の配色で示された自治体は与党の方が強く、水色から青で示された自治体は野党の方が強い。図2では人口の多い都市部が拡大され、人口の少ない地方は圧縮される。図1で見られる与党の強い地域は図2では潰されてしまっているのがわかる。
 こうしたことを各選挙区の候補者に対して行えば、地盤と票田を同時に可視化することができる。
(解説・三春充希)

三春 これを情勢調査と比べてみてください。その比較に必ず意味があります。それを一番見てほしいと思っています。
菅野 情勢調査とって、どう比べるの?
三春 情勢調査で地域分布がある程度、粗くても分かれば、「この地域では本来◯%の支持率がとれるはずなのに、これくらいしかとれていない」とか、「意外な地域で食い込まれている」とか、そういうのが警報としてわかるんです。
菅野 『武器としての世論調査』でやっていたように(第9章)、「A候補は都市部の票を6割固めた」とかいう表現を、新聞で拾っていけと。
三春 はい。あとは、選対の内部ではより詳細なデータが手に入ったりもするはずです。どうしても、サンプル数の問題はありますが。
菅野 今の段階だと、情勢調査はサンプル数が少ないからね。
三春 そうやって得票率と現在の情勢を照らし合わせたとき、もしもずれていたら、そこにはなにか理由があるはずです。それをデータから解釈して探っていくというのが重要ではないかと思います。
菅野 やっぱりその時の選挙戦略で、手当が厚いところと薄いところが如実に数字に出てくるよね。
三春 例えば知事選でも、票田となる政令指定都市で、意外と相手候補に食い込まれて、開票してみれば逆転されて負けてしまったっていうこともあるんですよね。そういうことが事前に察知できれば、都市部に集中して対処できるかもしれません。
 もちろん選対の外部にいる人は、なかなか詳細な生のデータを得ることができませんが、そういう場合も、過去の選挙結果と今の情勢報道を比較することで多くのことが見えてきます。その手助けとしての可視化を、ぼくは今やっているのだと思います。