年々低下する投票率を立て直すべく、これまで様々な取り組みが行われてきました。投票呼びかけのキャンペーン、模擬投票の実施、若者をターゲットにしたキャラクターやグッズ展開……。確かにそのようなことも行うに越したことはないのでしょう。けれども昨今の投票率の惨状は、そうした取り組みの効果の乏しさを物語っています。
これらの取り組みはどうして効果を発揮してこなかったのでしょうか。それは、なぜ多くの人が選挙に行かなくなっているのかという原因に踏み込まず、投票率という数字ばかりに目を向けてきたからにほかなりません。
投票率の低下は、社会のあり方が背景にある問題です。どのような教育が行われ、新しく社会に出てくる人たちがどのような人間関係を築き、政治に期待し、社会と関わっているかということの反映であるわけです。
そうした本質を置き去りにしたまま数字ばかりを引き上げようとしたところで、そこからは場当たり的な解決策しか生まれません。そこで、今回は投票率の実態を考察するとともに、今の政治の閉塞を打開することについて考えてみましょう。
1.投票率の崩壊
投票率の低下について考えていくためには、まず、それがどのように落ちてきたのかを知ることが必要です。そこで、図1に衆院選の投票率の推移を、図2に参院選の投票率の推移をそれぞれ示しました。
これらの図からは、衆院選や参院選の投票率はこれまで一貫して下落してきたわけではなく、1990年までは低い時でも一定の水準が維持されてきたことがうかがえます(①)。状況が一変したのは1990年から1996年の間でした。この時期は文字通り、投票率の崩壊が起きています(②)。その後、投票率は2000年頃にやや持ち直しているものの、現在に至るまで緩やかな下落が続く状況となっています(③)。
① 最低水準の維持(1990年まで)
② 投票率の崩壊(1990~1996年頃)
③ 長期低落傾向(2000年頃~)
もっとも、投票率の崩壊の後でも、郵政選挙(2005年)と民主党が圧勝したとき(2009年)の衆院選では投票率の上昇がみられます。けれどもこの2回の選挙でも70%には達しておらず、①の時期の最低水準と並ぶ程度でした。この2回の選挙は小泉旋風や政権交代ムードといったその時々の事情による面が大きく、20年間のトレンドで見れば緩やかな下落は明らかといえるでしょう。①から③までの流れは、衆院選においても参院選においても同様であるわけです。
このように投票率は1990年代を境に大きく変化しているため、この時期に何が起きたのかということに目を向けるのは重要です。
2.投票率の崩壊の地域特性
なぜ1990年代に投票率は崩壊したのでしょうか。なぜ2000年以降の投票率は長期低落傾向となったのでしょうか。これらの疑問に答える前に、投票率の崩壊を地理的な面から検討してみましょう。
図3には、投票率の崩壊が起こる直前の選挙として第15回参院選(1989年)の投票率の分布を、図4には直後の選挙として第17回参院選(1995年)の投票率の分布をそれぞれ示しました。
また、この2回の選挙での投票率の変化を図5に示しました。第15回参院選(1989年)から第17回参院選(1995年)までの間には、複数の自治体の合併が起きています。そこで図5は、この6年間に境界線の変更がされなかった最小単位(3365区域)で塗り分けをしました。つまり6年の間に自治体の合併があった場合、第15回参院選(1989年)の有権者数と投票者数を後に合併されることになる区域で集計し、その区域の投票率を計算した後に、第17回参院選(1995年)の投票率との差を取っています。
図5は、投票率の低下がみられない地域を白色で、低下が大きくなるにしたがって濃い青色で塗りました。都市部や平野部で特に低下が著しいことがうかがえます。北海道は例外的にほぼ一様に低下していますが、ここは社会党の有数の地盤にあたるので、6年間で社会党が勢力を後退させたことが反映したのでしょう。
以上から、投票率の崩壊が1990年代におきていたことと、それが相対的に都市化された地域を中心とした現象であることが明らかになりました。