いづみさん

横溢する「いま」を刻む言葉と身体
『いづみさん』刊行記念トーク

PR誌『ちくま』の好評連載であった『いづみさん』(今日マチ子:マンガ、青柳いづみ:文)が5月にめでたく書籍化されました。そこで、連載時から読まれていて、青柳さんやマームとジプシーとのコラボもされている穂村弘さんに、読者代表として、あらためて通して読んだ感想など青柳さんとお話しいただきました。

■演劇でも文章でも演じたりできない!?
―― 『いづみさん』のマンガと文章が並行して進む構成はどう思いましたか?
穂村 すごく難しいことをしていると思うんだけど、今日さんはさすがに鮮やかだよね。青柳さんを十分に取り込んだ上で、ちゃんと自分の表現にして描ききっている。その距離感が絶妙だから、『いづみさん』が成り立ってるのかな。或る意味では青柳さんの文章の読み方を今日さんのマンガが教えてくれているような。
―― 青柳さんは基本的に出来上がったあとで、今日さんのマンガを読むという流れだったわけですけど、今日さんのマンガはどうでしたか?
青柳 毎回楽しく読みましたよ。
―― 特に好きな回とかありますか?
青柳 「本番」の回で、舞台の上でいずみが無数の矢になったお客さんの視線に貫かれるんですけど、そんなこと今日さんに言ったことないのによくわかったなと思いました。あと重たい鞄や棺桶を引きずっているところも。それとやっぱり顔が似てます。
―― 書籍化にあたって撮り下ろした巻頭グラビアはいかがでした?
穂村 とてもよかった。必要な微妙さがちゃんと残ってるあたり。
―― たとえばどのあたりですか。
穂村 2、3ページめのピンクのワンピースを着て茂みの中にいる写真がコロボックルのように見えきらない感じとか。文章にしてもそうなんだけど、常にそれそのものじゃないという揺らぎがある気がするんだよね。
 6ページめの浜辺で夜だか朝だかわからない写真の服も、なんか乙姫様みたいにたなびいていてどうなってるかわからない(笑)。

『いづみさん』p2より(撮影:川島小鳥)

 

『いづみさん』p6より(撮影:川島小鳥)

 

青柳 それは単に強風にあおられているだけだから(笑)。その日は天気が悪くて、久高島でも写真を撮ったんですけど、あまりに風が強すぎて、結局一枚も使わなかった。みんなで自転車一生懸命漕いだのに。同じ日に、絶対撮りたいと言っていた水着写真も撮ったんですけど、帰ってきて見返してみると、必要がない気がして使いませんでした。写真全部がそうなんですけど。
穂村 作中に出てくる大人の女の人からもらった服がぜんぜん合わないというエピソードの「ぜんぜん合わなさ」もすごく好きですね。ちょっと似合わないとか頑張れば着られるという感じがまったくないのが――さっきの暖炉の話じゃないけど――良くて、全体にとてもこれでは生きていけないという感じに満ちているのがいい。
 僕だったら、その「ぜんぜんだめ感」を広げて面白くするような書き方をすると思うんだけど、それがないところが動物みたいなんだよね。まわりは、「だめだこりゃ」と思いながら読むんだけど、本人は特にそう感じてなく見えるのがキュートで、別の言い方をすれば、読者を意識していないというか、もっと面白く読ませたいという気持ちがたいていの書き手にはあると思うんだけど、その気持ちが特にないのを隠さないいさぎよさがいいと思う(笑)。
青柳 それってなんにもないってことでしょ(笑)。
穂村 そのなにもなさが素敵なんだと思う。
青柳 演劇をやっていても、気持ちとか技術とか特にないですね。一生懸命演技しているひとを見ると可笑しくなっちゃう。だから、文章も演じたりできないんだと思う。
穂村 そういうふうに文章を書けるのは、ある意味ですごいことというか、昔の文人みたいなタイプの書き手に通じるような気もする。
 ただ、物書きにしても俳優にしても、執筆する、演技するというときに、じつはひとりひとりけっこう違うことをやっているんじゃないかと思うんだよね。青柳さんは、みんな違うアプローチをしているなかでのかなり極端なタイプの典型なんじゃないかと。
青柳 どういうことですか?
穂村 つまり、青柳さんはこれまでほとんど藤田くんや岡田利規さんというそれぞれに才能があって、青柳さんのことをよくわかっている演出家と仕事をしてきたわけだけど、たとえば相性の合わない演出家と組んだ場合に、舞台が成立しないくらいに、「演劇」とか「演技」について違う理解をしているような気がするんだよね。ふつうはそこまでじゃないような。
青柳 ふつうの役者さんはそうなんじゃないの。
穂村 格闘技でも、ベースが打撃のひとと組み技のひとだと、ぜんぜん試合へのアプローチが違うわけじゃない。総合格闘技は、まともに噛み合うはずもない二人をいろいろルールを決めて闘わせるわけで、あらためて考えるとすごく不思議なことをしてるんだけど、演劇とかの世界でもじつは似たようなことはひそかに起こっているんじゃないか。青柳さんが舞台上でなにをしているのかというのは、むしろ同業者のほうがわからなかったりするんじゃないかと思う。
青柳 わたしもいつもたぶんひとと違うことやってるんだろうなって思うよ。ひとと比べたときに、自分がやっていることが演劇なのかがよくわからない。あ、でもこないだの『CITY』で共演した柳楽(優弥)くんは、近い感じでやっているんじゃないかという気がしました。
―― そういうタイプの才能じゃないと、藤田さんの舞台の主役は務まらないのかもしれないですね。

2019年7月17日更新

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青柳 いづみ(あおやぎ いづみ)

青柳 いづみ

東京都出身。二〇〇七年、マームとジプシーの旗揚げに参加。二〇〇八年、『三月の5日間』ザルツブルグ公演よりチェルフィッチュに参加、以降両劇団を並行し国内外で活動。近年は演出家・飴屋法水や彫刻家・金氏徹平との活動、音楽家・青葉市子とのユニット、またナレーション、文筆活動なども行う。主な出演作に『現在地』、『部屋に流れる時間の旅』(以上チェルフィッチュ)、『cocoon』、『カタチノチガウ』、『sheep sleep sharp』、『BOAT』、「マームと誰かさん」シリーズや小説家・川上未映子との共作『まえのひ』『みえるわ』など(以上マームとジプシー/藤田貴大作品)。

穂村 弘(ほむら ひろし)

穂村 弘

1962年5月21日北海道生まれ。歌人。1990年に歌集『シンジケート』でデビュー。短歌のみならず、評論、エッセイ、絵本翻訳など広い分野で活躍。2008年に『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、『楽しい一日』で第44回短歌研究賞を、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『整形前夜』『現実入門』『本当はちがうんだ日記』『きっとあの人は眠っているんだよ』『これから泳ぎに行きませんか』『図書館の外は嵐』など。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『水中翼船炎上中』など。

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