四国遍路は、四国一円に広がる弘法大師空海ゆかりの八十八ヶ所霊場を巡る全長1400キロメートルにも及ぶ壮大な回遊型巡礼である。その原型は、1200年以上前に空海が行ったような厳しい修行に由来し、長い歴史のなかで変容と発展を遂げ、今もなお多くの人々を四国へ誘い、地域の人々もお接待で迎える、生きた四国の文化である。
四国遍路の学術的研究は、歴史学・民俗学・宗教学・社会学・文学など多様な分野で行われ、この20年で飛躍的に進展した。それは、「四国霊場八十八箇所と遍路道」の世界遺産登録推進運動とも関係しており、時を同じくして誕生した愛媛大学「四国遍路と世界の巡礼」研究会が果たした役割も少なくない。
近年の研究において、四国遍路の成立過程は、平安時代に登場する僧侶などの「辺地修行(へじしゅぎょう)」をその原型とし、その延長線上に鎌倉・室町時代の「四国辺路」を捉え、八十八ヶ所の確立とともに庶民化した「四国遍路」の成立を見る、「辺地修行」から「四国遍路」へという二段階成立説が有力である。
江戸時代の高野聖真念は、初めての案内記『 四国辺路道指南』を刊行し、「辺路修行者」があえて選んだ険しい道とは異なる安全な道を推奨し、道標や宿も整え、「辺路」の庶民化を確立した。同書の刊行は、修行の「辺路」から巡礼の「遍路」への画期となった。
「八十八番の次第、いづれの世、誰の人の定めあへる、さだかならず、今は其番次によらず、誕生院ハ大師出生の霊跡にして、偏礼の事も是より起れるかし、故に今は此院を始めとす」
1689年(元禄2)に刊行された上記の『四国遍礼霊場記』は、現代につながる四国遍路を確立した真念から情報を得て、高野山学僧寂本が編集したものであるが、彼らをもってしても四国八十八ヶ所霊場の起源は不明であって、今日の四国遍路研究においても最大の課題と言ってよいであろう。
信仰の世界では、弘法大師が約千二百年前に四国霊場、あるいは八十八ヶ所を開創し、四国遍路が始まったとされる。四国八十八ヶ所霊場会や四国の自治体は、2014年(平成26)を四国遍路開創1200年と位置付け、記念行事を展開した。
弘法大師開創とされるのは、平安時代初期の815年(弘仁6)のことであるが、史料上では、この年の開創記録は見つけられない。この年の重要性は、大師42歳の厄除けに遍路を行い、翌年に高野山を拝領するという史実も混ざった伝承にある。江戸時代になると、高野山では42歳の大師が自作したという像が厄除け大師として人々の信仰を集めたという。同様の伝承は、四国各地にも伝わる。空海という人間の歴史的事実とは別に、宗教上の超人的な弘法大師信仰とその信仰を重視することで発展した四国遍路の歴史を語るうえで、同年が次第に重要な意味を持ってきたことは言うまでもない。
四国遍路の歴史は、多くの謎と魅力に包まれている ―― 。
開創1200年の翌2015年1月、ニューヨーク・タイムズ紙ホームページで、その年訪れるべき世界の52ヶ所が発表され、日本で唯一「四国」が選ばれて、「四国遍路の場所」として紹介された。以来、外国人遍路の姿は確実に増えている。彼らは必ず、遍路の白装束を着て歩いて遍路をする。彼らが日本の中で四国を選ぶのは、ロストジャパン ―― 失われた日本の自然や文化を四国の中に求めることが多く、遍路をした後の感想では、四国の自然や人々(「お接待」)への称賛が加わる。
この記事が紹介された年、四国遍路は、文化庁から日本遺産「四国遍路~回遊型巡礼路と独自の巡礼文化」に、観光庁から広域観光周遊ルート「スピリチュアルな島~四国遍路~」の認定を受けた。四国遍路に大きな注目が集まっていた同年には、愛媛大学でも、研究会を母体として、法文学部附属四国遍路・世界の巡礼研究センターが開設され、四国はもとより全国でも唯一の巡礼研究センターとして活動を始めた。センターでは、四国遍路の歴史や現代社会における遍路の実態を解明し、世界の巡礼との国際比較を行っている。
2016年8月8日、四国四県と関係58市町村は、「四国八十八箇所霊場と遍路道」を世界遺産暫定一覧表に掲載するように文化庁へ提案書を提出した。世界遺産化の条件には、「資産の文化財指定」と「普遍的価値の証明」があげられている。文化財指定のためには、霊場と遍路道の調査が、普遍的価値の証明には、四国遍路の特徴を日本や世界の巡礼と比較して明らかにする必要がある。これらの作業は、本センターの設立目的とも合致し、四国遍路の世界遺産化に向けて、学術面からの支援が期待されている。
本書は、センターに集う学内外の研究者が、多彩なテーマで四国遍路と世界の巡礼について叙述したものである。本書の最新研究によって、四国遍路と世界の巡礼の謎と魅力について、興味と理解が深まることができれば幸いである。
2020年4月刊、『四国遍路の世界』(愛媛大学四国遍路・世界の巡礼研究センター編)より「はじめに」を公開いたします。さまざまな分野で研究が行われ、今では海外の人々をも魅了している「四国遍路」。その世界に、本書を入り口に踏み入ってみてはいかがでしょうか?