――7月10日の参院選の、18歳、19歳の投票率45.45%で、大騒ぎした割には伸びませんでしたが、この結果をどう思いますか?
林 どうですかね。場所によってかなり違っていて、世田谷区はその世代の投票率が63%以上で世田谷区全体の投票率59%よりも高い。区長の保坂展人さんがtwitterでうれしがっていました。
斎藤 世田谷区では政治教育や主権者教育が功を奏したのでしょうか?
林 いや、じっさいのところはわかりません。ただ、都内でしたし、候補者やいろんな人が来ていたので、そこで注目が集まったことはあったかもしれません。
斎藤 興味が上がったということですね。
林 いっぽうで鳥取・島根は、合区になったじゃないですか。で、18-19歳代の投票率は約39%と極端に低かった。なにしろあそこは端から端まで200キロ以上ということでほとんど候補者を見かけない。実物にぜんぜん出会えないと、いくら学ぼうとしてもそれでは現実のものにならないですよね。
模擬選挙ってどうやるの?
斎藤 今度の参院選に向けてどんな選挙教育があったんですか。
林 昨年の9月末に『私たちが拓く日本の未来』という副教材を文科省と総務省が出して、私もその製作に関わったんですが、すべての高校生に配りました。配り終わったのが12月ぐらい。なので、おもに高校3年生向けにこれを使った授業をやったところはけっこうあると思います。
斎藤 これはすべての高校生に向けて?
林 そうです。公立も私立もすべての高校生に配りました。もともと政治や選挙については、高校3年生の政治経済や1年生の現代社会などで学ぶので、内容はそれと重ならないようにしています。前半に説明なんかはあるんですが、真ん中にワークシートを入れ、生の政治を扱う実践的なものにしました。この、文科省と総務省が作った教材に、私がずっとやってきている、実際の選挙を使った模擬選挙を、やっていいですよ、それも、選挙期間中にやっていいですよ、と書かれていることは、すごく画期的なことだと私は思っているんです。そこまで踏み込んだ判断を文科省がやった。ところが一方で、昨年の4月から、自民党は罰則規定なんてことを言っていて……。
斎藤 そっちばかり報道されている感はありますね。
林 でもまあそこは、もともと公務員は選挙活動をしてはいけないなど中立性の規定がありますから、そこにさらに罰則を科すのは、屋上屋を重ねることになるのでおかしいでしょ、と文科省の官僚が押し戻しているんです。そこはきちんと評価したいですね。
斎藤 模擬選挙って具体的にはどうやるんですか?
林 実際の選挙期間中に、実際の選挙に立候補している候補者や政党のどれがいいかを自分たちで選んで投票するだけのことです。
斎藤 高校生が自分たちそれぞれの選挙区の中で、じっさいの選挙権はないけれど、誰を選ぶかやってみるってことですね。
林 アメリカやスウェーデンなど海外ではポピュラーなんです。たとえばいま、アメリカは大統領選挙がありますから、この10月後半ぐらいから、いろんな学校で模擬選挙をやります。ヒラリーかトランプかという投票ですね。最終的には投票をするだけですが、その前に勉強をして、生徒がヒラリーとトランプに別れて立ち会い演説をやるんです。みんな真似をしたりして熱演しますよ。体育館でやったりクラスの中でやったり、あるいは放送で流したり、いろいろやり方はあるんですが、そういうのをやった上で、投票をします。
斎藤 開票もする?
林 します。それを全国集計します。私はオバマが登場したとき見に行きましたが、そのときは全米で700万人が投票しています。
斎藤 今回の参院選で、そんなふうに模擬選挙をやった学校はどれくらいあるんですか。
林 私が知っている数では50ぐらいです。
斎藤 けっこう多いじゃないですか。
林 いやでも、私としては3ケタぐらいはほしかったんですが。ただそれでも、神奈川県はすべての県立高校で模擬選挙をやっているんです。それは、前の知事だった松沢成文さんが二期目の選挙のマニフェストで「政治教育をやる」と謳っていたので、今回で3回目ぐらいになりますね。3万人ぐらいが参加しています。ただそういう自治体が新たに増えたかというと、宮崎県で66校のうち19校がやった、ぐらいですかね。
斎藤 そうか。たしかに全国って考えると50は少ないですね。
林 政治的中立を先生方が気にせざるを得ないので、とくに今回は注目されたが故に、すごくやりにくかったようです。
現場の先生をビビらせるな
斎藤 どうやって説明したらいいんですかね。自民党はこういう政党ですよ、で、野党はこんなですよ、みたいな感じですか。説明がむずかしそうですが。
林 いや、自民党だけを説明したり、民進党だけを説明したり、あるいは自民党だけを批判したりしてはいけない、というだけですよ。だから多様な政党があることがわかればいい。もうひとつは、教員が、私は自民党がいいと思いますとか共産党を支持しますとか、民進党はダメですとかは言ってはいけない。特定の政党や政治家を応援したり批判したりしないでくださいね、ということです。
斎藤 とはいえ、それを中立的に説明しろと言われると、意外にむずかしくないですか。
林 新聞記事とかを持ってくればいいんです、先生が説明しなくても。ただ新聞も、朝日と読売の二紙だけじゃダメとか、じゃあ三紙めはどこを入れるのか、とか(笑)。そういう細かなところで躓くんです。くだらないところで文句を言う変な議員とかいっぱいいるんで。昨年7月に話題になったのは、山口県の県議会で自民党系の議員がそこをやり玉に挙げたんです。ある県立高校で、40人のクラスを8個ぐらいのグループに分けて、安保法案について模擬選挙をやったんです。賛成か反対か自分たちのグループで決め、なぜ賛成かなぜ反対かを考えて論を立てて、各グループがプレゼンをし、どのグループがよかったかを投票した。配った新聞は朝日と日経。それを、安保法案が国会で議論されているときにそんなことを取り上げるのはどうなんだ、偏っているんじゃないかとか、新聞を二紙しか使っていないのはどうなんだ、とか(笑)。
斎藤 五紙見ろとか?(笑)
林 なんかそんなくだらないことを議会で質問して。
斎藤 まあ、日経ってのがなんかよく分からないですけどね。読売ぐらい入れておけば。
林 たぶん日経にいい記事があったんだと思うんですよ。で、教育庁が、配慮が欠けていましたと謝った。
斎藤 謝ったんですか。
林 はい。私はそれをやった先生を知っていますし、ほかからも聞いていますが、偏っているわけじゃないんです。先生も安保法案に賛成とも反対とも言っていない。生徒が出した考えを、生徒が投票するっていう話です。偏りもなにもないはずです。現場も見ずにそうやってやり玉に挙げてしまうということが、ネットを含めて話題になっていたので、そうなると他の学校の先生にしてみれば、そんな、議会でやり玉に挙がるようなことはやりたくないですよ。
斎藤 そうですよね。目をつけられたくはない。
林 ある意味、ペケが付く。そういうところで教員が評価されてしまう。グループのディスカッションすらだめなの、ということになる。昔だって、原発の是非をディベートするとか、よくやっていたじゃないですか。それすら、いまはやりづらい。
斎藤 ディベートは一時流行しましたものね。だって、安保法案なんて、選挙で特定の党を選ぶというわけでもなく、ひとつの出来事についてどう思うか、ということでしょう。
林 そうなんです。でも、そこで教員や管理職がビビると、なにもやれなくなってしまう。
斎藤 まあ、めんどくさいですからね。
林 めんどくさいことはやらない。今回、模擬選挙をやっていた学校でも、教員が政党名を挙げて説明すると、あの政党しか言っていなかったなんて言われてもいやなので、教員は選挙公報を配って、あとは自分たちで考えて投票してね、と言うだけというところもありました。結局考えさせるようでいて考えさせていないんですよ。
模擬選挙にはいろんな影響力がある
斎藤 それで、そういう模擬選挙の開票の結果はどうだったんでしょう。
林 どうなんでしょう。同じようなものだとは思いますね。実際の選挙とあまり変わることはないんです。国選についていえば、ですが。まあ子どもたちには組織票がないので、公明党が少ないとかはありますが。
斎藤 子どもたちには組織票はない(笑)。なるほど。
林 けっこう地域性は出ます。北海道では新党大地が、共産党が強い京都だと共産党が票を取る。ただそこは、レッテルを貼られてしまうのがいやなので、私たちは学校名での選挙結果の公表はしないんですが。
斎藤 それは身近だってことなんじゃないですか。参院選は、若い世代で自民党の得票率が多かったじゃないですか。それは、「知ってる」ってことなのかな、と。民進党なんて選挙の直前に党名を変えたのは大失敗だと思うんですが、自民党は、テレビのニュースでもいちばん報道されるわけですし、あ、知ってる、となるんじゃないかと。
林 それはあります。知っている。それと、変わることへの不安ですよね。民進党は頼りにならないよね、安定しているのは自民党だよね、ということでの自民党支持は多いです。
斎藤 現職強しということですね。
林 だからこそ、模擬選挙をやると全政党のマニフェスト、といっても主要政党の7か8ぐらいにしかなりませんが、それを集めて学校に配ったり、あるいはネットにあがっている政策比較表とかボードマッチとかを生徒に見せたりする。そうすると、政党名は知らなくても、判断はできますよね。自分は公明党に近いとか共産党に近いとか、けっこう福祉政策が充実していたりするので、あと、幸福実現党は、名前がいいのでそれにする、とか、そういうこともありますね。
斎藤 実際の投票よりも、予習することになるわけですね。
林 します、します。むしろ大人のほうがしない。
斎藤 しませんよね。
林 大人は、せいぜい自分の支持政党のマニフェストを手に入れるぐらいでしょう。
斎藤 それすらやらないんじゃないですか。投票場に行ってポスターを見て、それで決めるとか。
林 選挙公報も学校で配って見比べます。そういうことを、選挙権を得る前の段階でやって慣れて練習しておくと、また3年後に参院選がありますから、じゃああのときの政党どうなったかとか、実際に有権者になったときにそれが生きてくるんじゃないかと思うんです。
斎藤 継続的に見ていくわけですね。模擬選挙を体験した生徒たちは、じっさいに18になったとき選挙に行く率は上がりますかね。
林 どうでしょう。ただ、いままでで言えば、模擬選挙を体験した子たちが20歳になって選挙権を得たときに、後追いで聞くと、けっこう高校時代にやったことが実際に選挙に行くきっかけにはなったと答えていますね。模擬選挙をやると新聞やテレビ報道を見るようになるんですよ。学校帰りに演説を聴いたりビラをもらったりして、意識が一気に変わっている。自分事(じぶんごと)になるんですね。
斎藤 演説に出会うと興奮したりしますよね。候補者もいるし。で、握手なんかされちゃった日には、ねえ。
林 小泉進次郎さんが秋田で演説したときに、18歳になった高校生いるか、と呼びかけて選挙カーの上に上げたりしてしてましたよね。あれは、うまいです。
斎藤 そうか。うまいな。いろんな手があるってことですね。そのときのイメージがこの先その子たちがどこに投票するかってことに、直結しますものね。
林 子どもが政治家にいいイメージをもつ、または悪いイメージをもつと、それが親に伝わるので、実際の有権者にも影響を与えます。
斎藤 なるほど。あの候補者はこうだったよ、とか。
林 だから模擬選挙は実際の選挙にも影響力はあるんです。昔よく、制服姿の子どもがチラシをもらおうとすると手を引っ込める陣営があって、それを家に帰って親に言ったりするんですね。で、負のイメージが親に伝わる。18歳選挙権になる以前から、けっこう子どもがどう思うかは大事なんですよ。
色のない教育ではなく、いろんな色のある教育を
林 斎藤さんの本を読んでいて、タイトルは「学校では教えない」ですが、こうやって学校で教えてくれればいいのにと思いました。日本史にしても世界史にしても、知識としてこういうことが起きたとか、なんとか一揆が起きたとか覚えるだけなんですよね。それがなんのためだったのかとか、自分に置き換えて考えることをしないじゃないですか。そう考えるようには、教えていない。でもこれを読むと、ぜんぶ自分事ですよね。
斎藤 ちょっと無理やりですが(笑)。
林 いえいえ。でも、これって実在の人たちの動きじゃないですか。これを読むと、なかなかみんな政治的に考えて動いてるじゃないか、と思いますよね。それがわかる。体制派と反体制派、みたいなことも含めて、こういうことを教えたいし話したい先生は、きっとたくさんいます。先生方も、いろいろ工夫されてやってるっちゃあやっているんですが、そういう教育実践は埋もれているんですね。
斎藤 工夫が必要ですよね。リアルな政治には党派性がつきものだけれど、自分の党派を生徒に押しつけてはいけないわけですから。
林 じっさい、どうしても先生は教えたがりなので、自分の考えを言っちゃうんですね。生徒に考えさせるというよりも、結論があってそこに生徒を誘導するみたいなことになりがちな先生もいます。
斎藤 子どもたちが自分が教えたかった通りの意見にならずにがっかりした、という例が林さんの本の中に出てきますよね。
林 そういう先生もいるんです。
斎藤 そううまくは行きませんよ。
林 もっと言うと、そうならなかった結果が今の世の中じゃないですか、ある意味。自民党支持の人ばかりを作ろうと思って教えてるのではないはずなのに、結果的にそうなっている。
斎藤 ほんとだ。まったくその通りですね。
林 憲法改正もそう。私は憲法改正そのものは否定はしません。憲法にも憲法は変えていいと書いてある。アメリカによる押しつけ憲法と言われているのであれば、いまの憲法を自分たちが選んだんだと、この機会にちゃんと判断すれば、押しつけではなくなるじゃないですか。なんでそういうことを教えようとしないのか。たんに、憲法を変えちゃいけないんだとか9条が素晴らしいんだということしか言わない。押しつけ憲法と言われることに対して、どうやって向き合うのか考えるようにしないと。
斎藤 押しつけ憲法と言う人もいます、自分で選んだと言う人もいます、というふうに教えればいいんですよね。なのにそこが、対照になっていない。
林 そうなんです。押しつけっていうのは間違っています、と言うだけだから、それこそ中立的でないと言われてしまう。多様な考え方、いろんな立場の考え方をきちんと提示すればいいじゃないですか。中立なんて時代時代で違うし、あるいはメンバーによって中立の位置は違うのだから、そのなかでどれだけいろんな考え方を見せて、自分で選んだよね、考えたよね、というふうにすることが、本当に大切だと思うんです。小さい頃からいろんな場面場面で自分で選択させていくことが大事なんじゃないか。
斎藤 そうですね。まったく政治的な色はありません、ということだけを学校で習ってきて、そうしていきなり、これは押しつけ憲法なんだよ、という非常に角度のある、色のついた意見を言われると、そうだったのか!と思いますよね。それまで、憲法がいいだの悪いだの一回も考えたことがないところに、これはね、問題があるんだよ、なぜならば……と言われると、目から鱗がはらはらと落ちました、いままで私たちは間違った教育を受けてきたことがわかりました、まったく左翼は困ったもんです、ということになってしまう。
林 考えさせない教育というものを、結果的にはしていた。そこに気づいてほしいなと思うんです。だから18歳選挙権がらみで言うと、教員が自分の考えを言ってはいけないということに過剰な反応をする教員がいっぱいいますけれども、そもそも先生の考えを教える場が学校ではないんですよ。大事なのは、生徒自身がどう考えて感じとって自分の意見を言えるようになるのか。そこです。そのために学ぶ、そのための知識としていろんな考え方があって、そのひとつに先生の考えがあってもいい。