世の中ラボ

【第167回】
少女が天下を取りにいく、今年の本屋大賞候補作

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2024年4月号より転載。

 2004年に創設され、今年で二一回目を迎える本屋大賞。歴代受賞作のリストを眺めていて、ふと気がついた。本屋大賞受賞作って少年少女がらみの小説が多くない?
 第一回受賞作(04年)の小川洋子『博士の愛した数式』は10歳の少年と60代の数学者の交友譚。第二回(05年)の恩田陸『夜のピクニック』は学校行事で高校生が夜通し歩く話。第三回(06年)のリリー・フランキー『東京タワー ―― オカンとボクと、時々、オトン』は作者の自伝的小説だが、前半は九州ですごした少年時代の物語である。直近の三作も同様で、第一八回(21年)の町田その子『52ヘルツのクジラたち』は母親から逃れてきた女性と少年の再生譚。第一九回(22年)の逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』は独ソ戦を舞台にした作品だが、主人公は親を亡くした少女の狙撃兵。第二〇回(23年)の凪良ゆう『汝、星のごとく』は親の恋愛に翻弄された少女と少年の物語だ。
 全部がそうだとはいわないが、少年少女率高し。最近は特に毒親からのサバイバー小説が目立つ。本屋大賞は「売り場からベストセラーをつくる!」というコンセプトの下、全国の書店員の投票で決まる賞である。その受賞作が少年少女物に傾く理由は不明だが、受賞作がベストセラーになりやすいのは事実で、その影響力はいまや芥川賞・直木賞をしのぐほどだ。今年のノミネート作も、一〇作中少なくとも六作が少年少女がらみの物語(うち一冊は児童書)である。ではその内容は? 有力候補と目される三作を読んでみた。

娘が母を捨てる物語
 まず、津村記久子『水車小屋のネネ』(23年3月刊)。これは家を出て新しい生活をはじめた姉妹の物語である。
 時は1981年、語り手(視点人物)の山下理佐は18歳。高校を出て、短大に進学する予定だったが、入学金として貯めてあった金をシングルマザーの母が勝手に自分の男に渡したことで絶望。進学を諦め、10歳下の妹、律を連れて家を出た。律もまた母の婚約者と称するその男に虐待を受けていると知ったからだった。
 二人は特急で一時間ほど行った先の山あいの町に落ち着く。理佐が職安に通って見つけた住み込み可のそば屋で働くためだった。浪子さんと守さんという中年夫婦が経営するそば屋は挽き立ての粉を使うのが売りで、近くの水車小屋には、粉挽きの番をする一羽の鳥が飼われていた。ネネという名のヨウム(アフリカ原産の大型インコの仲間で、3歳児程度の知能を持ち、言葉を操る。飼育下での寿命は平均50年)である。二人は浪子さんの亡き父が住んでいたアパートの部屋で暮らし、理佐はそば屋で働き、律もネネの世話を手伝って、四月に入ると律は地元の小学校の三年生に編入した。
 シリアスなのかメルヘンなのか判断に迷う設定ながら、この小説の最大のポイントは、世間的に見れば尋常ならざる姉妹の生活を周囲の大人が絶妙な距離感で支えていく点だろう。
〈「大丈夫なの? 山下さんまだ十八歳でしょう?」〉と心配する浪子さんに〈「わかってます。でも家にいると、律は母親の恋人に暴力を振るわれるかもしれないので」〉と答える理佐。近所に住む画家の杉子さんも、律の担任になった藤沢先生も、律の同級生の寛美ちゃんとその父も、彼女らの事情を理解し、さりげなく姉妹をサポートする。加えて律のずば抜けた賢さと、当意即妙な言葉を発するネネの存在が、重くなりそうな空気を救う。
 物語はこの後、語り手(視点人物)を成長した律に変えて1991年から10年刻みで進行、最後は2021年まで行くのだが、短大の被服科に進むつもりだった理佐の裁縫の腕が、周囲に溶け込む強力なツールとなる。芸は身を助く、である、
 川上未映子『黄色い家』(23年2月刊)の主人公も十代の少女である。物語は大人になった彼女の回想形式で進む。
 時は90年代末。父が家を出ていった後、「わたし」こと伊藤花は母と二人、東村山市の外れの文化住宅で暮らしていたが、スナック勤めの母は子どもに関心を持たない人だった。15歳の夏休み、母が恋人の家に入り浸っている間、彼女は母の友人だという黄美子さんとはじめて人の生活らしい生活を体験する。〈花ちゃんほんとは淋しいよね。愛ちゃんは面白いけど、でも子どもにこんな思いさせちゃだめだよね〉と黄美子さんはいった。花はもっとまともな家に住みたいのだといった。〈「でも、母さん、お金、べつのとこに使っちゃうんだよね。服とかね。お酒とか」〉。
 二人の生活は夏休みが終わった日、黄美子さんが突然消えたことで一旦終わりを告げた。花はやがて高校二年になり、バイトで進学資金を貯めていたが、一年半でようやく貯めた七二万六千円がある日帰ると消えていた。母の恋人が盗んだのだと思った。バイトを辞め、自暴自棄になっていた花を再び救ったのは、偶然再会した黄美子さんだった。〈「わたしと一緒にくる?」/「いく」わたしは言った。/「黄美子さんと、一緒にいく」〉。
 こうして花は、黄美子さんが三軒茶屋に開店したスナック「れもん」で働きながら一緒に暮らし、やがてここに花と同じく親元から出たがっていた同世代の少女二人(加藤蘭と玉森桃子)が加わって楽しい日々がはじまった。だが、れもんの火災で事態は一変する。働く場所を失った花は、知恵も気力もない他の三人には頼れないと悟り、れもんを再建して元の生活を取り戻すべく、カード詐欺という犯罪行為に手を染めて、引き返せないところまで行くのだ。
『水車小屋のネネ』は毎日新聞、『黄色い家』は読売新聞で同じ時期(21年7月)に連載がスタートし、前者は23年の谷崎潤一郎賞を、後者は同年の読売文学賞を受賞。ともに力作長編だ。という点を別にしても、この二作にはいくつかの共通点がある。
 主人公が母子家庭の子どもで、母親が子どもより恋人との関係を優先していること。母の恋人だという男が子どもの貯金を当てにするような最低の人物であること。こうした物語の背景には、ひとり親家庭の貧困率の高さ(21年の調査で約45%。母子家庭の平均年収は二七二万円)が横たわっていよう。
 だが重要なのは、二作の主人公、理佐と花がそれぞれ母親に見切りを付け、自らの意思で家を出ることだろう。突然現れて〈「家出に妹を巻き込むなんて」〉となじる母親に、『水車小屋』の理佐は言い返す。〈「家出じゃない。独立って言ってよ」〉。右の二作は子ども(娘)が親(母)を捨てる物語なのだ。
 外の世界で彼女らが築くのは、血縁のない人々との疑似家族ともいうべき新たな人間関係だ。その意味では女性同士の共生、シスターフッド小説ともいえるだろう。家を出た娘たちは強く賢く逞しい。妹を学校に通わせ、六月には冷蔵庫、七月には扇風機を買おうと算段する理佐の経済観念も、カード詐欺を仕事と称し、最終的には二千万円超を貯める花もあっぱれというしかない。

シスターフッドと過酷な現実
 もう一編、宮島未奈の話題のデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』(23年3月刊)を読んでみよう。
 舞台は滋賀県大津市で、少し脱線すると、本書が出た際、私は一瞬、地団駄を踏んだ。朝日新聞の読書欄で月に一度、私は四七都道府県の作品を紹介する記事(「旅する文学」)を書いているのだが、滋賀県を取り上げたのは23年1月。『成瀬』の出版は3月。発売日か掲載日かがズレていれば間に合ったのに、悔しい!
 語り手の「わたし」こと島崎みゆきが中学二年の夏から物語ははじまる。大津市の同じマンションに住む幼なじみの成瀬あかりはかなり変わった子で、勉強も他の面の能力もずば抜けている半面、学校の中では浮いていた。その成瀬が一学期の最終日にいったのだ。〈「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」〉。
 時は2020年。大津市唯一のデパート西武大津店が八月三一日に営業を終了する。地元愛の強い成瀬は地元ローカル局が情報番組で西武大津店から行う生中継に、毎日映るつもりだという。
 彼女はその約束を実行し、やがて島崎も参加するが、最終日の三一日、成瀬は来なかった。この日、祖母が死んだのだ。それでも成瀬はいった。〈「将来、わたしが大津にデパートを建てる」〉。
 この小説の勝因は、やはり成瀬という少女の特異なキャラクターだろう。天才肌でマイペース。相手を呼び捨てにし、戦国武将みたいなぶっきらぼうな話し方をする、突拍子もない目標を掲げ、ある程度までそれを達成する成瀬の、島崎は見守り役である。
 九月に入り成瀬はいった。〈「島崎、わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」〉。M-1グランプリに出るというのだ。漫才の相方は島崎で、最寄り駅「膳所」にちなんで名づけたコンビ名はゼゼカラ。かくてにわか漫才コンビの快進撃がはじまる……わけはなく、二人は一回戦で敗退するが、ゼゼカラは四年連続でM-1に出場、物語は二人が高校三年生になるまで続くのだ。
 一見これは前二作とは風合いの異なる青春小説だ。とはいえ成瀬の強さ賢さ逞しさは、理佐や花とも重なる点がある。成瀬は精神的にはとうに親から自立しており、飄々と世間を渡り、新しい人間関係を築いていく。が、そんな成瀬でさえ、島崎が一家で東京に引っ越すと聞いた時には心身に失調をきたす。そこではじめて彼女は気づくのだ。島崎にいかに支えられていたかを。
 少女を主役にした小説は、『赤毛のアン』の時代から親を亡くした「みなし子」が自らの居場所を確保するサバイバルの物語として描かれてきた。右の三作はこの系譜を思い出させる。ただし令和の少女小説は少女自らの意思が優先だ。頼もしい半面、現代社会は少女に強引な自立を強いるほど過酷なのだともいえるだろう。さて、この中から天下を取る作品は出るか。本屋大賞の発表は四月一〇日。

【この記事で紹介された本】

『水車小屋のネネ』
津村記久子、毎日新聞出版、2023年、1980円(税込)

 

〈誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ。〉(帯より)。高校を出てすぐ、8歳になった妹の律と家を出て、地方都市のそば屋で働きはじめた理佐。そこには水車小屋を守る一羽の鳥と親切な人々がいた。物語は語り手を変えながら、助けられる側だった姉妹がやがて助ける側になるまでの40年を追う。ファンタジーにならないギリギリの線でリアリティを追求した手腕はさすが。

『黄色い家』
川上未映子、中央公論新社、2023年、2090円(税込)

 

〈あんたが貧乏だったことに、なにか理由がある?〉(帯より)。2020年、花は新聞で20年前にともに暮らし、今は60歳になった黄美子が若い女性への監禁・傷害の容疑で逮捕されたことを知る。かつて高校生だった花は彼女に助けられ、波乱の日々を送ったのだ。夢のような疑似家族の生活から「シノギ」に明け暮れる日々へ。四人の関係が金銭ゆえに崩壊するまでの後半は、ことに迫力満点だ。

『成瀬は天下を取りにいく』
宮島未奈、新潮社、2023年、1705円(税込)

 

〈かつてなく最高の主人公、現る!〉(帯より)。「女による女のためのRー18文学賞」受賞作(第一話「ありがとう西武大津店」)を含むデビュー作。将来の夢は200歳まで生きることだといい、成績は抜群、何をやっても一番になる成瀬はしかし、突飛な挑戦をすぐに始める奴だった。発売半年で10万部を売り、すでに続編(『成瀬は信じた道をいく』)も出版されているベストセラー。

PR誌ちくま2024年4月号