有馬トモユキ

#5. 適応する道具

ウェブやスマートデバイスの普及にともなう「科学と芸術の融合」がもたらす環境の変化は、デザインをどう変えたのか。最先端の話題を紐解きながら、ゼロからデザインを定義する革新的なコラム連載第5回!

ゴーヤとゴジラの結びつき

映画「シン・ゴジラ」が公開されたが、テレビで放映されていたメイキングが興味深かった。能楽師の野村萬斎氏が動きを演じたという、あの新しくデザインされたゴジラのおどろおどろしい表面は、野菜の「ゴーヤ」を取り入れているとのことだ。怪獣とゴーヤを結びつける担当デザイナーのアイデアにも感銘を受けるが、実はもう一つ腑に落ちた点がある。複雑そうに見えるゴーヤのディテールを、現在はとても作りやすくなったからだ。

デザインの対象としての映画やゲームは、技術が日進月歩というのは当然ながらも、技術がわかりやすく私たちの前に示されるという点が特徴的だ。スマートデバイスなどの伝達性が高いスクリーンメディアが存在する領域では、くまなく遊ぶ / 見ることができるというプレゼンテーションの機会が与えられているからだ。「映像が豪華になった」「より細かな描写ができるようになった」という私たちにも理解できる進化は、単にコンピュータの性能が進化したからだけではなく、それを実現させるツールの進化がむしろ大きな理由の一つで、どちらも相互的な関係を作っている。

だからこの領域ではメイキングを見ていると興味深い。作成中の画面に映り込んでいるツールで、何を目指しているかがより深く伝わるからだ。「ゴーヤのゴジラ」の話に戻ると、ゴジラのデザインにPixologic社のZbrush (ズィーブラシ)というソフトウェアが使用されているようだ。リンク先の紹介記事に詳しいが、これは今までの3Dグラフィックスとは違い、粘土をこねたり削ったりするような「スカルプト」という直感的な操作で立体を作ることができる。建築やプロダクトのように寸法を定義しなければならない領域では不向きかもしれないが、こうした「厳密ではないが複雑なディテールと密度を同時に求められる有機体」の生成にはうってつけだ。まさにコンピュータでより細かな絵を描けるようになった技術の要請に、そしてより観客に豪華な驚きを与えたいエンターテインメントの世界からの要請にも同時に応えている。

 画像1 ZBrush

なぜテキストエディタがたくさんあるのか

このようにデザインに使用するツールの進化に終わりはない。「道具」と日本語で言い換えるととてもフィジカルなものを連想しがちだが、デジタルの領域に創作の環境が移行した時、ツールは物理的なものとは段違いのサイクルで改良されるようになった。トレンドがあり、それに適応するための道具が発生するという循環は、目的に応じて最適なツールを常に更新することができるということであり、制作者としてはエキサイティングな状況だ。

私たちのPCに入っている、もっともシンプルなツールである「テキストエディタ」にもそれは存在する。なぜ文章を書くというプリミティブな行為に対して「メモ帳」だけではいけないのか、ほとんどのオフィスワーカーに「Microsoft Word」が必要なのかに思いをはせると理解しやすい。「テキストを書きたい」という目的と、「求めている機能」や「トレンド」は執筆時においては一致しているようで、実は分けて考えることができるからだ。このコラムで何回か言及している「デジタルはものごとを冷静に分割する」という原則がここでも適用できる。完全に無味な水が存在しないように、テキストエディタにも指向性がある。(余談だが、だから論争も起きる。「エディタ戦争 - Wikipedia」)

小説家・藤井太洋氏が愛用していることで日本でも知名度を得てきたエディタ「Scrivener」(スクリブナー)は、テキストを書くことに極端ともいえる指向性をもたせたソフトウェアだ。小説家や研究者が長文を書く際のアシストがとても充実していて、文章の構造がきちんと階層化されているか確認できるコルクボード機能や、リサーチした画像を格納しておける領域、脚註機能など、テキストだけではなくそれを書くための環境を、本来他のソフトウェアが担うものと思われた領域までサポートした例である。

これは、長文を書く人間は実は集中できていないのではないか=今までのテキストエディタでは頻繁にアプリケーションを切り替える必要があり、生産性が最大化されていないのではないかという知見を私たちに与えてくれる。文章執筆という人類が続けてきた営みが、いまだに進化の余地が残されているという例である。iOS版が先日リリースされたことも話題になった。 

画像2 Scrivener

スマートデバイス後のツール

私がよく使う領域のツールでも、トレンドへの適応は常に起きている。最近感心したのは、Photoshop、Premiereなどのクリエイティブツールで有名なAdobeがProject Cometとして開発した「Adobe Experience Design」である。これはスマートデバイス全盛の現在に対応するために、Adobeとしては久しぶりに0から開発されたツールである。特徴的なのは「見た目」と「挙動」を同時に設計できるように配慮されている点にある。今までは静止画でデザインを起こし、アニメーションを別のソフトウェアで作成せざるを得なかったが、1〜2ステップの操作でスマートフォン上のボタンが押された際に何が起きるか……行き先はどこか、どういうアニメーションでそこに到達するのかを定義することができ、実際に動作を確認することができる。
デザイナーがケアできる領域を格段に広げつつ、プログラマーもデザイナーの意図を理解しやすい共同作業の仕組みも施されている。

 画像3 Adobe Experience Design

驚くべきは、環境適応へのスピードだ。Adobeはこのソフトウェアを毎月改良している。このサイクルが必要な理由は明らかで、例えばAppleやGoogleは新しいスマートデバイス向けのOSを毎年発表している。そしてその外観やデザイン要件が更新された場合には、Adobeにもツールを供給する側として更新が求められるからだ。ついに道具が毎月すこしずつかたちを変えていく時代に到達してしまったと感じている。

先述したように、ツールを選ぶという行為は目的地への姿勢だ。私たちは「使い慣れている」という思考のトリックによって、毎回同じものをついつい使いがちだが、漠とした捉え方ではなく、細分化したタスクを認識できるときに最良のやり方を選べるような気がしている。確かに慌ただしい昨今である(いろいろなソフトウェアを入れていると、アップデートの通知はほぼ毎日だ)。だが、たとえばより明瞭に / より楽しくなど、デザインとしての仕事の目的は変わらないとはいえ、ゴールが毎回微妙に異なる現在を楽しめたらと思う。

そして他の作品を見ている際、つまり受け手となっている時にもそうしたことに注意できると面白い。もしスマートフォンなどのアプリがアップデートされた際、格段に使いやすくなった、とあなたが感じた場合、その理由のいくつかに作る側の道具が良くなったという背景があるからだ。

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