有馬トモユキ

#8.箸を使わずに豆を拾う

ウェブやスマートデバイスの普及にともなう「科学と芸術の融合」がもたらす環境の変化は、デザインをどう変えたのか。最先端の話題を紐解きながら、ゼロからデザインを定義する革新的なコラム連載第8回!

コンピュータを使うには「箸」が必要だった

今回のタイトルは同僚たちで話している際に誰かが言った言葉の一つで、タッチディスプレイ全盛の現在のコンピューティングについて示した比喩の言葉である。ちょっと想像すると、豆を拾うのは手でも簡単に行える。もちろん一つずつ摘むことも人間の指ならたやすいわけで、そこまで正鵠を得ている比喩ではないように思う。しかしなぜか私の頭に残るフレーズだった。条件つきの同意とでもいうべきか、たとえば煎りたての、熱々に熱された豆や、大豆よりもはるかに小さい豆なら当てはまるかもしれない。もしくは精密に一粒ずつを検分するには、指が邪魔にならないので良いかもしれない。そうした「人間と豆の間に中間媒質たる道具が存在することで、可能なことが増える」というのが彼が言いたかった言葉に思えた。

何回かこのコラムでも触れたように、それがコンピュータを操作していると気づかないのがコンピューティングの理想形に思う。その話をしてくれたのは、10年ほど前にコンピューティングを研究していた友人だった。彼は「ぬいぐるみコンピューティング」なるものを真剣に研究していた。握ったり抱いたりすることでセンサーがそれを読み取り、操作につなげる。なるほど私たちがPCを操作しているものとは、ほど遠い、親しみを感じる動作である。

タッチパネルのコンピューティングは確かに一つの栄光だと考えている。人間がコンピュータを使うようになってから、これをどう操作するかについての研究は常に進められてきた。人間は常に、一つの媒質をはさんで研究をしてきたのだ。最初期は紙と鉛筆(信じられないかもしれないが、マークシートとパンチカードであった)、あるときはツマミ、あるときはキーボード……。そうした連綿と続く操作の進化において、指や音声コマンドで操作できるようになり、ついに媒質が不要になったのが昨今の状況だ。個人的には「役者が出揃った」という表現を使うようになった。ここで改めて、コンピュータとどう触れるかについて考えてみたい。

 

現実にもう一つの層が追加される

思考のきっかけは、先日、限定的な環境ながらMicrosoft Hololensというホログラフィック・コンピュータを体験することができたからだ。これはよく話題にされる、ゴーグル状になっているVRデバイスとも違い、MR(Mixed Reality)と呼ばれている。実在の空間にもう1つの層を追加することで、机に置いた3Dモデルを操作したり、壁に掛けた(もちろん仮想の)カレンダーを操作したりできるようになる。

 

 

 

 

Microsoft Hololensについてはこちらの記事に詳しい。Microsoftは創業者のビル・ゲイツやその同僚だったスティーブ・バルマーを経て、サティア・ナデラがCEOになってから、かなり挑戦的なプロジェクトも進めているように感じる。

 

実際に試してみると、視界にいつも画面で見ていたようなウィンドウやアイコンが広がるのは新鮮な感覚だ。自分には、同じ部屋に居る他人には見えないものが見えている。アニメーション作品『電脳コイル』の世界が現実になったようだ。キーボードやマウスも存在しない。操作は目の前に伸ばした手のジェスチャーで主に行い、指でつまむとウィンドウも動く。デバイスの前面にあるセンサーが部屋の中にある机や椅子などの凹凸を読み取るので、展開したホログラムが床にめり込むなど、奇妙なことも起こらない。これが普段の仕事の代替となるか、と言われると方向性が違うとは思うが、新しいコンピュータとの関係性を感じさせてくれるには十分な機会だった。いくつか事例も出てきていて、たとえば日本航空では操縦や整備のトレーニングのための補助デバイスとして開発を進めているようだ。

 

次の箸は擬似的に振る舞う

わかりやすい形で将来を感じさせる要素を落とし込んでいるHololensだが、それでもいくつかの疑問を感じた。その一つに、物理的なデバイスを触っているわけではなく空中で操作しているので、本当に押したかどうか(そしてそれがきちんと認識されているか)不安に感じてしまうということがある。興味深いことにHololensには「クリッカー」と呼ばれるプレゼンテーションで話者が使用するようなデバイスが付属している。これにはジャイロやカーソルを動かすための仕組みは入っていない。純然と「クリックするため」の機械であり、物理的な「押した感じ」を追加するためだけに用意されたものである(画像1)

画像1 クリッカー

 

実はコンピュータの操作において、現在ふたたび課題となっているのが「物理フィードバックの補填」である。時系列順に整理すると、

・かつてはマウスのように、ディスプレイ上の要素を操作するための媒質が必要とされた

・センサーとグラフィック性能が十分に進化し、タッチディスプレイによる操作が一般にも受け入れられるようになった

・タッチディスプレイで行う操作が広範になり、物理的な媒質では考慮する必要がなかった「物理的な反応」が求められるようになった

と考えることができる。ゲームのコントローラーや携帯電話では90年代から、モーターを回転させ振動を作る「バイブレータ」として登場していた物理フィードバックは、専門用語でハプティクス(Haptics。擬似的なフィードバック)とも呼ばれている。ハプティクスはここに来て再び一般向けの実装例が増えてきていて、インターフェースを作る立場としては興味深い局面に差し掛かっている。

ハプティクスは人間の五感をうまく「だます」技術である。身近な例では、最近のスマートフォンの多くは画面を押すとそれに応じて内部の電磁石が擬似的な「カチッ」とでも表現したくなる触感を返してくる。これらは物理的なボタンとは違い、パーツ数を減らしやすく、継ぎ目をなくして防水にもしやすいという利点も存在する。振動だけではなく音で実現することもできる。Appleは以前からiPodのクリックホイールや2世代前の「Mighty Mouse」で、これを実装していた。実際には回転していない(タッチセンサーのみ)のホイールに指をなぞると「カチカチ」という音が鳴り、Mighty Mouseに至ってはその音を出すためだけにスピーカーを内蔵していた(画像2)。

画像2 Mighty Mouse

 

これらのハプティクスには、物理的なボタンとは違ったもうひとつの利点がある。触感をソフトウェア側が作ることができるのだ。軽く押す、深く押すを判別したり、将来的には独自の押し心地を作ることができるかもしれない。私は、デザイナーがこの分野にもっと関わることができればと思っている。それは今までデジタル領域のデザイナーがほとんどの場合、視覚 / 聴覚しか制御できず、触感は擬似的に再現するしか方法がなかったからである。グラフィックデザイナーがデザインした印刷物の紙質や手触りに気を配っていたように、デジタルのデザイナーも物理的な触感に気を配ることができるようになる時期が、すぐそこまで来ているように感じる。

そうしたハプティクスをHololensにも実装できたら、また違ってくるかもしれないという感想を抱いた。人間は必ず行いに対しての返答を求めてしまう。前述した箸のような、フィードバックを行う媒質が必要なのだ。ホログラム・コンピューティングというべきものを普及させることができるとしたら、そうした擬似的なフィードバックに掛かっているように思う。

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