ちくま新書

和辻倫理学、もうひとつの思想的源泉

『和辻哲郎 建築と風土』「はじめに」

唐招提寺、薬師寺、法隆寺から、ヨーロッパの名建築を経めぐり、そして桂離宮へ――。これまであまり顧みられなかった和辻哲郎の建築論を読み解く『和辻哲郎 建築と風土』より、「はじめに」を公開いたします。

 哲学者、和辻哲郎(一八八九〜一九六〇)についてはすでに幾多の書物と論文が書かれているが、そのほとんどは倫理学に関するものであり、建築論について言えば、桂離宮論を取り上げたものは若干あるものの、建築論全体を主題的に取り上げた論考は管見の限り皆に近いように思われる。
 ところが読者は、その独立した建築論である『桂離宮』のみならず、『古寺巡礼』や『イタリア古寺巡礼』においても意外なほど多くの建築についての精緻な観察と分析に出会うのである。
 しかし翻って考えてみれば、和辻がその哲学的出世作にして代表作とも言うべき『風土』においてすでに、同い歳のハイデガーへの対抗意識と批判から、時間性に対して空間性を対峙させ、具体的人間存在にとっての後者の枢要性を力説するとともに、「ウチ」と「ソト」という概念を手がかりとして、間柄と建築の相関を鮮やかに析出して見せたことを思えば、意外に思う方が迂闊なのかもしれない。そして実際、倫理学者の無関心ぶりとは対照的に、後にみるように、我が国を代表する建築家、建築史家は、和辻の風土論と建築論に一方ならぬ関心を示してきたのである。
 以下の論考の目的は、従来、哲学プロパーの研究者たちによって顧みられることのあまりにも少なかった和辻の建築論に焦点を合わせ、それが内包する人間学的・建築学的な射程を、その広がりと深さにおいて示すことにある。
 しかし本論に入る前にここで暫し足を止め、先ず和辻のプロフィールを簡単に紹介することとしたい。その上で、これから我々が和辻とともに出発する建築と風土を訪ねての旅の旅程の概略を示すことにする。
 和辻哲郎は一八八九年に兵庫県の医者の息子として生まれた。中学卒業後、上京して第一高等学校、東京帝国大学を卒業し、弱冠二十四歳で『ニイチェ研究』を刊行する。その後、東洋大学、法政大学教授を歴任後、一九二五年に京都帝国大学に赴任。一九二七年から二八年にかけてドイツに留学、本書にもあるように、その間にドイツのみならずフランス、イタリアなどを旅行し、その風土と建築ならびに美術作品に直接触れる機会を得た。
主要著作としては、本書で取り上げるものの他に、『人間の学としての倫理学』『倫理学(上・下)』『日本倫理思想史(上・下)』などがある。
 さて、建築と風土を訪ねての我々の旅の旅程を示せば、以下の通りである。
 我々は先ず、若き和辻とともに大和路に足を運び、新薬師寺を皮切りに、唐招提寺、法隆寺などの名刹を訪ね、和辻の案内のもと、その建築の醍醐味を味わう。次いで留学先のドイツからフランスを経てイタリアを旅した和辻一行に従って、ジェノアからローマ、さらにはペストゥームやシシリーのタオルミーナ、シラクーサ、アグリジェントの古代遺跡を巡る。
 アルプスの南を旅した後に、我々は和辻の本来の滞在地であるドイツに戻って、アルプスの北の建築と風土、さらには人と人の間柄の独自性に目を向けることにする。世界的に有名なイタリアの観光名所に比べれば地味ではあるものの、ドイツの小都市の建築もまた捨て難い魅力を具えていることが読者にもお分りいただけるのではないかと思う。
 我々の旅は大和路に始まったが、ヨーロッパの旅を経て最後に訪れるのは、再び日本、そう、桂離宮である。我々は和辻が著した三つの桂論、すなわち、「桂離宮 印象記」『桂離宮――製作過程の考察』『桂離宮――様式の背後を探る』の三冊をガイドに、和辻の立論に対する批判と応答も参照しつつ、この日本を代表する名建築の生成と美の秘密に迫ることとしよう。
 

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