単行本

「半分降りる」ゆるやかなつながり

『人間関係を半分降りる――気楽なつながりの作り方』書評

「刷り込まれてきた価値観を一気にベリッと剥がすような爽快感がある」という、こだまさん(『夫のちんぽが入らない』『縁もゆかりもあったのだ』著者)の思わず引き込まれる書評です。 本書は、鶴見済さん(『完全自殺マニュアル』著者)が、生きづらさの最終的な解決法を伝授したものです。

 この本、私のためにあるのかな。そう思わずにいられなかった。
 子どもの頃から周囲とうまく付き合えないことに悩んでいた。仲間外れにされて孤立していたわけではない。むしろ、そうならないよう気を張っていた。登校前には必ず体調を崩した。当時は、ただ気が弱いのだと思っていたけれど、大人になって心身の調子を崩して心療内科を訪れたところ鬱病と診断され、社交不安障害を抱えていたこともわかった。人付き合いに過剰なほど緊張していたのはそのせいだったのだ。
 筆者の鶴見済さんも高校時代に社交不安障害を患っていたという。人の視線が気になる。まわりの評価に振り回され、自分を見失ってしまう。通院するほどではなくても、こういった対人関係の悩みは多くの人が経験しているのではないだろうか。
 本書は学校、家庭、職場などのつらい人間関係から離脱したとしても、外部とのつながりによって孤立することなく、自分らしく生きるための視野を広げてくれる。苦しい関係からは距離を置き、外に居場所をつくる。「半分降りる」というゆるやかな関係性に希望を感じた。
 冒頭から心を掴まれる。「人間には醜い面があるのだから、少し離れてつながろう」。気持ちが軽くなる一文だった。家庭や友人関係がうまくいっているほうが奇跡なのかもしれない。そう思えてくる。
 兄の家庭内暴力を受けて育った鶴見さんは「家族とは、たまたま至近距離に居あわせた特殊な人たちでしかない」と実感を込めて語る。家族で食卓を囲むのをやめ、兄弟がそれぞれの部屋で食事を摂るようにしてから喧嘩や暴力が明らかに減ったという。距離を置くことで平穏を得られることもある。「孤食」を悪と決め付ける前に、その人や家族にしかわからない事情があると知ったほうがいい。そんな印象的なエピソードだった。
 ほんの一面しか見ずに判断していることが世の中にもっとたくさんあるのではないか。「友だちがいない時があってもいい」「嫌な相手とは「心の距離」を置けばいい」「家族は寄りそわなくていい」「子どもがいなくてもいい」「セックスも無理にしなくていい」。これらは目次に連なる見出しの一部。刷り込まれてきた価値観を一気にベリッと剥がすような爽快感がある。
 多様性の時代といわれているにもかかわらず、結婚や子どもにまつわる話になると未だに周囲の圧力を感じる。我が家は子のいない夫婦を二十年ほど続けているが、どうして産まないの? とダイレクトに聞かれることが多かった。そのたびに存在を否定されているような気持ちになった。私も鶴見さんと同じように子どもを持ちたくないと思っていた。子どもをかわいいと思えなかった。でも、それは言ってはいけない言葉だと思っていた。ずっと口にできなかった。そういう人たちもいるのだと、この本を手に取る人に伝わってほしい。
 鶴見さんは身近な関係に縛られない流動的なつながりの場として「不適応者の居場所」を主宰している。「ひきこもりがち、フリーランス、労働週四以下、心の病、社内ぼっちなど、様々な理由でつながりをなくしがちな人」を対象に(厳密ではない)、レンタルスペースや公園などの一角で飲食をしながら集まる場を設けている。名称も秀逸だ。上も下もない、みな何かしらの不適応者。そう思ったら開き直れる。
 鶴見さんのツイッターでこの告知を目にして、すごく惹かれた。二〇一八年十一月から月に一回続けているという。息の長い活動だからこそ「居場所」になっているのだ。見知らぬ者同士が、ただ集まって自由に話す。本当にそれだけでいい。それだけで楽しい。孤立しがちな人にとって、ふらりと足を運べる場が定期的にあったら、どれだけ心強いだろう。
 こんな思いを抱えていたのは自分だけではなかった。そう思える人がひとりでもいたら、ずいぶん楽に生きられる。外部との交流が少ない身だからこそ、そのありがたみがわかる。

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